待機編

 三〇分後──枝依中央警察署 刑事課取調室。



「つまり」

 動かしていたボールペンを止め、顔を上げる都築正義。

「今日の昼前に柳田探偵事務所に行く前に、あなたはSNSにこの書き込みをしたわけですね? もくさん」

 机の脇から中央へスライドして提示される、A4紙。そこに印字されているのは、SNSの投稿記事をスクリーンショットした画像。



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   【拡散】所有者募集【希望】


   親戚だからとオレが所有者にされた

   いらなさすぎて草

   なんかヤバいいわくつき? の杖

   欲しい人にあげてもいいよね

   気になる人DMダイレクトメールくれww


   〈写真 1〉〈写真 2〉



   [この投稿には返信できません]


──────────────────────



「あ、はぁ。だってボボボボクはいい要らないから、これ」

 肩を縮み上げ、頭を俯け、弱々しく声を発しているのは、もくという男性。柳田良二に『杖』の新たな持ち主を捜してほしいと依頼した、『杖』の元持ち主の遠縁親族。

「でも午前中は約束してくださったじゃないですか。『新しい持ち主が見つかるまでは、ご自身でお預かりいただく』と」

 眉を潜める都築正義は、その愛らしい瞳を疑念に揺らす。

「そのために、信頼のおける柳田探偵を紹介差し上げたんですがね?」

「だっ、だって。あああなた方は信頼しているかもしんないですけどっ、ボボボボクはその、見ず知らずの人ですしっ」

「いやいや。あなたも見ず知らずの人に渡してしまおうとしてますよね? だから、こんなダイレクトメールを受け取ってしまって、今に至るわけだ」

 もう一枚、スクリーンショットを印刷したA4紙が提示される。



──────────────────────


   我ら

   気弱な若人に

   助力せん者なり


   行く先不明の

   ともし御杖みつえ

   我らが新たな持ち主として

   名乗り出んとす

   ただちに貴殿の城へ

   受け取りに参上つかまつらん



              かたゆでたまご


──────────────────────



 そう。

 こともあろうか柳田探偵事務所に行っている間に、もく氏は、謎に包まれた怪盗集団『かたゆでたまご』からのダイレクトメールを受け取ってしまったのである。


       ♧  *


 警察署に呼ばれたもく氏は、署の入口で待ち構えていた都築正義と柳田良二に、くだんのダイレクトメールのスクリーンショットを一見させた。

「おい、なんでスクショだ。本物見せろ」

 柳田良二が睨みを効かすも、もく氏はフルフルと首を振るばかり。

「こっここ怖くなってっ、アカウント消しましたァ! こここのスクショだけ、残しただけでっ」

 ただちに刑事課長の土橋どばしに、一連の顛末を報告。該当投稿記事と予告ダイレクトメールのスクリーンショット画像を印刷し、確認したところで。


       ♧  *


「まぁともかく」

 冷めた口振りの都築正義。自らのひたいをコツコツ、とボールペンのノック部分で小突く。

「終わってしまったことを責めても話になりませんし? この件についてはもうぶっちゃけ安全の保証はしかねますけれども」

 耳の痛い、もく氏。ますます頭を垂れ下げていく。

「いかがしますか、もくさん。あなたが犯行予告の『被害届』を出すと決めてくだされば、こちらは踏み込んだ捜査が可能になります」

「で、でも、その」

 弱腰のもく氏は、モジモジと言葉を紡ぐ。

「ボボボボクは、誰でもいいから、もも貰って欲しいっていうか」

「はぁー、まだおわかりじゃない」

 頭を抱える都築正義。タン、とボールペンを卓上に置き、クシャクシャ、と彼自身の短髪を撫で回す。

「『かたゆでたまご』を名乗ってたあのアカウントも、警察の追尾から逃れるためか、あなたがアカウントを消してからすぐに消滅してしまってるんです。別にあなたのせいだと全部を責め立てるつもりはなかったんですがね、軽率な行動をこんなに繰り返されなければ、奴らの根本を叩くことができたかもしれないんですよ」

 いつものキンと通る雄々しい声は、じりじりと怒気どきまとい始める。

「わかりますかねもくさん? 被害届、お出しいただかないと、僕ら警察も柳田探偵もこれ以上何も出来ませんよ」

「おどっ、おど、脅し、だ」

「脅し? どうして。あなたのご自宅に奴らが押し掛けて、あの呪いどおりに何もかも『燃え尽きて』も構わないとでも?」

 取調室には、生憎都築正義ともく氏の二人きり。都築正義の圧に耐えきれなかったもく氏は、あらゆるのハラスメント行為についての反論弁を巡らせるも、二秒後にはシオシオと萎れるように断念した。



     ♧  *  ●



「おいおい、なんつー力業ちからわざだ。ご立派な警察官がいいのか? それで」

もくさんが黙っててくれれば大丈夫ですよ」

 「ねぇ?」と向けられる、バックミラー越しの後部座席への視線。縮こまり続けているもく氏は、ばつが悪そうに無言を貫く。

「まぁ、なんでもいいけどな、俺は」


 『もく氏のたっての希望』により、件の予告文が被害届として提出されると、土橋課長は柳田良二に預けられていた『杖』と共に、東区郊外のもく氏の自宅へと向かった。

 出動したのは二台。シルバーのワンボックスハイエースと黒の覆面パトカークラウンで、シルバーのそれには土橋課長と『ともし御杖みつえ』が乗り込んでいる。

 黒の覆面パトカークラウンを運転するのは当然、都築正義。運転席の後ろには柳田良二、そしてその隣にもく氏が大人しく座っていた。本当は『覆面パトカークラウン』には乗りたくねぇんだがな、な柳田良二のぼやきは、見事綺麗に無視された。


 そんな車内で、情報共有をした都築正義と柳田良二。柳田良二に情報を開示することは、ひとまず土橋課長の了承を得ている。

「じっじじ自宅には、い、いつ、来るでしょうね? ほ、ほんとにくく来るでしょうかね?」

 カタカタと震え始めたもく氏。横目で一瞥した柳田良二は、細長いその左脚を高く組む。

「まさかたァ思いますがね。アンタ、ご自宅の場所を教えたりしてませんよね?」

「しっ! してませんよ! スススクショだけ撮って、なんの返事もせずに、すぐにアカウント消しちゃったんですからッ!」

 震える声が何度も裏返る。柳田良二はフハァ、と大きく溜め息を挟んだ。

「奴らは魔法を使うみたいに、すぐに標的の在処ありかを探って、突き止めて、そして乗り込んでくる集団です。どっちみち遅かれ早かれ、『燈の御杖』は奴らに見つかり次第、狙われていたでしょう」

 グン、とハンドルを切る都築正義の発言を、柳田良二は鼻で嗤う。

「魔法ってなんだよ、あるわけねーモンで例えんな。絶対に人の手でやったことだろ、確実に証明できる」

 顔を上げるもく氏は、柳田良二の左横顔を眺めて小さく問う。

「じ、じゃあ『呪い』は?」

「あ?」

「ホントにあるんですかね? 呪い」

 不安に青褪めていく、もく氏。膝の上で握った拳をそれぞれガタガタと震わせている。

「おお伯父さんが、もも燃えたのだってきっと、きっ、きっとその、あの杖が原因でしょ」

「あの火事の原因は放火です」

 右折ウインカーを出し、都築正義は言う。

「ボヤ騒ぎ目的の連続放火犯を、あの時現行犯で逮捕しましたし、現在は調査中です。呪いのせいなんかじゃあないって、午前中に言ったでしょう」

「そそそれはそそそうですが」

「まさか。アレが放火犯を呼んだ、とかそんなこと考えてんじゃあねーでしょーね?」

「そおっ。そ、そんなァ」

 柳田良二の指摘にギクリなもく氏。十中八九図星のようで、誰とも目が合わない。

「ボボボクはもももう他にっ、し、親族も居な居なくてっ。押し付けられても困るんだ、呪いなんて!」

「だァらって、それを他の誰かに押し付けンのも違ぇだろーが」

 腕組みをする柳田良二。

「自分の災難誰かに押しやった結果が、こんな規模のヤベー事ンなってんだろ。身の振り方もっと考えろ。んでもっと予測しろ。それが二〇才ハタチ越えた人間の責務だろーが」

「…………」

 柳田良二の説得に、運転している都築正義はバックミラー越しに視線を向ける。

「なんか実感こもってません? 柳田探偵?」

「あ? こもってねーよ、テメーは運転に集中しろ」

 はいはい、と笑みを深くして、進行方向へ意識を戻す。

「たかがあんな古ぼけた杖に呪いだの魔法だのがあるとしたら、間違いなく人の手が原因に決まってンだよ」

 窓の縁に右肘をガツ、と置く柳田良二。頬杖にして、外を眺める。

「非科学的で、証明のしようもねぇモン恐がってどーする。不思議に見えるモンには、必ずウラがあんだよ」

 キ、と停車する黒の覆面パトカークラウン。信号待ちの先頭になる。

「どーせ全部マジックと同じなんだ。俺様が見極められねータネもシカケも、この世にありゃしねーよ」

「ま、マジック?」

「マジシャンの息子だからな、俺」

 悪そうに両目を細める柳田良二。もく氏は「カッコイ……」とかすかに呟いた。



     ♧  *  ●



「情報科によれば、『燈の御杖』は東区の幹線道路を北上中。五分もしないうちに自宅に着くみたいね」

all right了解。SNSのその後はどうなってる」

「保安科が抹消済み。いつもどおり、足跡そくせきも影もないわ」

be coolやるな。じゃあ、俺たちも負けてはいられないと」

「んふ、そゆことっ」

 黒いレザースーツに身を包む、二人の男女。妖しく笑む彼らに足音はない。

「今度こそ手に入れてみせる」

「もっちろん。土橋課長には負けないんだから」

 艶やかな長い黒髪のなびく、マンションの屋上。

「今回こそ、必ずやルイーズ様のために」

 かたゆでたまごは、未だ高い太陽を背景に、含みのある笑みを貼った。


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