cursed wand is so awkward

捜索編

 枝依えだより西区──柳田やなぎだ探偵事務所。



「さ、探してください、お、おおお願いします!」

 ヘコヘコと頭を下げる依頼人を目の前にした、探偵事務所のあるじ・柳田良二りょうじ。眼球をくるりと回し、首をゴキゴキ鳴らした後で、ふはあ、と大きな溜め息をひとつ中空に溶かした。

「まぁ、やれるだけやってはみますがね。あんま期待しないどいてくださいよ」

 気怠けだるげな声色の返答にもかかわらず、頭を上げた依頼人は、目を輝かせて黄色い謝辞を向ける。

「ありがとうございます! でではさっそく、依頼料の支払いと、『これ』をっ」



     ♧  *  ●



「──つーわけでだ」

 バン。テーブルが平手打ちされる音が、枝依中央警察署三階の一室に響く。

「これは警察テメーらに戻す」

「ちょっとちょっと、待ってくださいよ柳田探偵」

「待たねぇ」

 ガタン、と乱雑に立ち上がる柳田良二。低い声色はいつものことながら、やる気の失せた目元には怒気どきが滲んでいる。

「先にテメーが突飛なことやってきたんだ。こっちも同等にやらねぇと気が済まねぇ。それに──」

 よれよれのスラックスポケットにそれぞれ手を突っ込んで、対面の『ちっちゃゴツい』人物に横顔を向ける。

「──俺はあくまでも探偵だ。『何でも屋』じゃあねんだよ」

「やだなぁ。『何でも屋』だなんて思ってませんってばァ」

 へらり、そうして対面で柔軟に笑むのは、都築つづき正義まさよし。枝依中央警察署の盗犯係に所属する警察官。

「柳田探偵は人捜しがお得意でしょ? だから、紹介したまでであって」

 ニカリと爽やかに笑む都築正義は、柳田良二をなだめるため、テーブルを回り込んだ先のその左腕を、優しく引く。

「頼みますよう、持ち帰ってください。僕らはほら、遺留品の親族がわかったからには、そちらへ返さなければいけない責務があってですね」

「そりゃわーってっけど……」

 引かれた左腕を引き抜き逃れる、柳田良二。

「だからって、俺に後始末押し付けなくたっていいだろーが」


       ♧  *


 今回柳田良二が、警察署及び都築正義の元に乗り込んできたのは、一件の依頼が起因している。


 枝依東区のとある邸宅が火事になったのが、一週間前。その半焼跡から、一本の『杖』が発見された。

 何かの金属製の黒い杖身。それは、柳田良二の大きな掌と長い五指でもってしても、三分の一程度余るほど太い。

 最頂部には、炎を模したガラス細工。その中心に大粒のガーネットがめられており、都築正義は、芸術的価値も高いと推測した。

 嵌め込まれているガーネットは黒に近い色味をしているが、光に当たると真紅の瞬きを鈍く返してくる。まるでそれは、アイシャドウを妖艶ようえんに色付け、目尻を細めて一夜の色香へ誘う、妖しく麗しき美女のような。


       ♧  *


「後始末じゃありませんってばぁ」

 ヘラリ、人のよさそうな笑みで「まあまあ」となだめる都築正義。チッと大きく舌打ちをして、頭髪をガシガシ掻きむしった柳田良二は、仕方がなさそうにテーブルへ向き直る。

「邸宅の家主はとっくに逝去せいきょしていたので、僕たちだってその親族を必死に捜したんですよ。で、やっとこさ見つかったのが、その遠縁の甥っ子だったわけです」

 『遠縁の甥っ子』というのが、柳田探偵事務所に依頼を持ってきた彼。弱腰で頼りなさそうな声色の、都築正義と同い年の二七才だとか。

「ったく。こんな仰々しいモン『受け取りたくねぇ』とか、ナメてんのかチクショウ」

 テーブルへ置いておいた『仰々しいモン』──火事の遺留品の『杖』を、そっと手に取る柳田良二。もともとくるんで持ってきたサラシ様の長い布を、再度ぐるぐると巻き付けていく。


 長さは一五〇センチを超えている。ファンタジーRPGロールプレイングゲームに出てくる魔法の杖のような、錫杖しゃくじょうのような雰囲気。


「つーことでだ」

 ぐい、都築正義へ押しやられる『杖』。

「んななげぇモン事務所ウチに置いとけねーし、持ち歩けるわけもねーし、警察署ここに置いといた方が何千倍も安全ってこったから、テメーに預け返しに来た。今日の用件はそれだけだ」

「いやいや、だからマズいですよう!」

 ぐいーっ、柳田良二の薄い胸元へ返ってくる『杖』。

土橋どばし課長に怒られるじゃねっすか!」

「怒られろ、テメーは一回怒られやがれ」

「柳田探偵だって怒られますよ。依頼主から預かってる貴重品を流したって」

「バカ、原因はテメーだろーがっ。俺様は被害者側だ、勝手に置いてかれたんだからなっ。テメーが依頼人説得し直せ」

「無理ですって。柳田探偵事務所の捜索ご依頼として、引き受けたでしょー? じゃあもう共犯ですっ」

「そもそも『犯行』じゃあねーっつーの!」

 押しては押し返されの、逆綱引き状態。誰の手にも渡りそうにない『杖』が虚しさをまといだす。

「しょうがないじゃないですか。呪いが恐くて、見ることすらもしたくないって言うんですからっ」

「あ? 呪いだァ?」

 一旦『杖』を手にする柳田良二。実に慎重に、わずかな音すら鳴らないように、それをテーブルへ置き直す。

「テメー、この前の美術館の一件でも『呪いが』うんたら、とか言ってなかったか?」

 いぶかしげに顔面を歪める、柳田良二。なんの躊躇いもなく「ええ」と首肯を返す、都築正義。

「これも同じものらしいんですよ。この『杖』には魅惑的なオーラがあり、それに取り憑かれたものは苦しみの果てに『燃え尽きる』──だとか」

「燃え尽きる、だと?」

「ええ。淑女のティアラの件ではぶっちゃけ半信半疑だったんですけど、さすがに同じ文句の付いたものがもうひとつ出てこられると……」

 顎に手をやる都築正義。苦笑いで、続きの言葉を濁した。

「火事ンなったっつーのも呪いのせいだ、とか言うんじゃねぇだろーな?」

「いやあ、僕はそんなこと!」

 ブンブンと首を振り否定を向ける都築正義だが、説得力はない。柳田良二はあからさまな溜め息をついて、赤茶けた天然パーマ気味の頭髪をガシガシとかき混ぜた。

「よーするにだ。テメーが燃えたくねーからっつー『ババ抜き』のババか、コレは」

 トントントン、と柳田良二の細長い左人指し指で小突かれる『杖』。

「ババ抜きだなんて! 僕はただ、受け取りを拒否なさるご遺族に、『新しい持ち主をお捜しになったらいかがですかー』て提案しただけですって!」

 愛らしい双眸そうぼうをくるりと丸くする都築正義。大袈裟なその反応リアクションに「ムカ」な柳田良二。

「『新しい持ち主が見つかるまでは、ご自身でお預かりいただくということで』とまで、僕はちゃんと説明しましたし、ご納得もいただきましたからねっ」

「で俺様を紹介してんじゃあなんの意味もねーじゃねーかッ! 俺様にババ廻ってきてンだよ巻き込んでくれてんじゃあねぇ!」

「だから冒頭に戻りますけど、柳田探偵なら新たな持ち主をお捜しくださるかなって思ったから!」

「俺の『捜索』は固定人物を捜す方だっつの! 不特定多数から一人とかは専門外だ」

「いやいやそこをなんとか! ねぇ! 柳田探偵!」

「ルセェ、俺は忙しいんだッ。わけわかんねー呪いだのに関わるなんざ御免だっての!」

 堂々巡りの押し問答は、いつまで経っても終わりが見えない。

 それに区切りを付けたのは、柳田良二の左スラックスポケットに捩じ込まれていたスマートフォン。

「……出ないんですか?」

「ウルセェ出りゃいーんだろ出りゃよ」

 たいして画面を見ることもなく、条件反射的に通話ボタンを押し、その右耳へ近付ける柳田良二。

「あん? 柳田ですけど?」

 露呈する不機嫌。睨み付けられている都築正義は、絶えず苦笑い。

「あぁ、先程は……あ? ちょ、何やってんだアンタ」

 ぎゅん、と寄る、柳田良二の細い眉と眉。

「困るんですよねそういうの。いや、だァら。……っつったってもうどうにもならねーじゃねぇですか」

 都築正義から顔を背ける柳田良二。

「ええ、ええ。……あーえぇ、まぁ。はい」

 あからさまな溜め息をひとつ吐いて、スマートフォンのマイクが拾わない程度の小さな舌打ちで、蓄積し続けるイライラの気持ちをわずかに発散。

「じゃ、今から枝依中央警察署にいらしてくださいますかね」

 ぐりん、と都築正義振り返る。ポカン、な都築正義は、『杖』をそっと抱え直し、ハテナを頭上に浮かべていて。

「面倒に面倒をかけ合わせたのはアンタですからね。何がなんでもお越しいただきます」

 威圧感の増していく声色は、言われている対象ではない都築正義すらも生唾を呑んでしまった。

「もうこうなっちまったら、俺一人じゃあどうにもなりません。警察の協力が一〇〇パー必要なんスよ」

 「わかったな?」を含ませた語尾で、都築正義も電話の向こうの相手と共にひとつ首肯をしてしまった。



     ♧  *  ●



「『ともし御杖みつえ』が?」

「なぜ、そんなところに」

 息を呑む、男女二人。

 対面しているのは、白髪混じりで恰幅のいい男性。彼は、低く響く落ち着いた男声で二人を諭す。

「盗品がオークションに出され行方知れずになることは、往々にしてあることだろう」

「クソ。だから四〇年近くも行方知れずになってたのか」

 奥歯をギリリとさせる、透明感だけはいっちょ前な男声。

「でも見つかったんだよ。随分な進展ですよねぇ?」

 その右横に並び立っている、甘い猫撫で声を出す女性は、ふわりばさりとつややかな長い黒髪を手櫛てぐしいた。

「ねぇ、司令長。スピード勝負じゃないですか?」

「お得意だもんな、お前たちは」

 低く響く落ち着いた男声は、つややかな長い黒髪の女性へそうして笑みを深くする。

「ただちに準備を整えろ。手筈は追って知らせる」

 瞳の輝きを取り戻す、男女。ピシリとその背筋を伸ばし、司令長の言葉を待つ。

「行ってこい、きょう瑠由るう!」


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