番外編 ヒロインは逞しく生きる
「ユリアー!三番テーブル料理上がったよー!」
「は〜い!」
あたしは緩んできた髪をギュッと結び直して、出来上がった料理を運ぶ。
「お待たせ〜、熱いから気を付けてね!」
「ユリアちゃんはいつも元気だねぇ」
「分けてあげようか?」
あたしがそう言うとお客さん達が笑う。
今日は海が時化ていて不漁だったせいか少し空気がピリついていたけど、笑った事で多少穏やかになったようだ。
「ユリアちゃんには敵わないな」
「取り敢えず飯でも食うか」
笑った事で幾分表情が明るくなったお客さん達が、ご飯をかき込む姿を見て安心する。
気性の荒いこの町の男達は、ちょっとした事で殴る蹴るの喧嘩になる事がある。
今日は喧嘩は無さそうだ。
結局あたしは、平民のユリアからユリア・ブレッド男爵令嬢になり、また平民のユリアに戻った。
貴族の生活は贅沢だけど窮屈で、勉強とかマナーとかやらなきゃいけない事が一杯だった。
貴族としての義務や責任について、学園でもお城での王妃教育でも散々言われたけど、あたしには関係ないと思っていた。
ここは前世でやってた乙女ゲームの世界で、ヒロインであるあたしは、そんな難しい事考えなくてもカッコいい攻略対象者の誰かと結婚して、幸せになれると思ってたから。
まあそんな勘違いは、王妃様にコテンパンに潰されたけど。
自分のした事の責任を取れと言われた時、耳がビリビリして目の前が真っ暗になり、次に気付いた時はベッドに寝かされていた。
すっかり暗くなった部屋で一人、ベッドに潜って王妃様に言われた事を考えた。
お城に来てからいろんな話しが聞こえて来た。
特によく耳にしたのはアラン様の事だった。
学園であたしにばかり構って、婚約者のローゼリア様を蔑ろにして暴力を振るったアラン様は、お城にいる人達の信頼をすっかり無くしていた。
それに、ローゼリア様側からの婚約解消の申し出は、バレット公爵家とその派閥の貴族達が、アラン様の後ろ盾では無くなる事を意味するらしい。
側近の人とローゼリア様だけじゃない。
あたしと関わったせいで、あんなに優しくしてくれたアラン様まで大変な事になっていた。
知らなかった。
知ろうともしていなかった。
乙女ゲームでは婚約破棄は定番で、その裏側に貴族の難しい事情があるなんて考えたりしないから。
嘘を吐いて人を陥れた…。
確かにその通りだ。
ローゼリア様があたしを気遣ってくれているのは分かってた。
教科書を隠したのもローゼリア様じゃないのを知っていた。
でも、ローゼリア様は悪役令嬢だからと、わざとローゼリア様が疑われるように仕向けてしまった。
ここはゲームの世界じゃない。
リセット出来ないと気付いていたのに、自分に都合のいい事しか考えていなかった。
後悔した。
涙が止まらなかった。
あたしはベッドの中で一晩中泣きながら考えた。
「ローゼリアに謝って、アランの婚約者に戻ってもらう?」
「はい」
一晩中考えて出した答えを王妃様に話した。
前日の事があったから、会って貰えないかと思ったけど、ちゃんと会って話しを聞いてくれた。
「貴女はどうするの?」
「あたしは修道院に行きます。あたしが悪い事をしてみんなを不幸にした事に変わりはないから」
王妃様はひとつ溜息をつくとあたしを見て言った。
「婚約解消はもう決定した事です。今更覆す事は出来ません」
「でも、王妃様になるのに相応しいのはローゼリア様です。優しくて頭が良くてちゃんとしてる。あたしには無理です」
「そうね、貴女には無理ね」
王妃様はそう言うと、控えていた侍女に何か紙を持って来させた。
「ブレッド男爵家からの絶縁状よ。貴女はもう貴族ではないわ。東の港町で人生をやり直しなさい」
「修道院じゃないんですか?」
「修道院の方がいいの?」
「ううん!平民に戻れるなら、その方が嬉しい!」
ここまで頑張っていたお行儀がすっ飛んだ。
貴族は贅沢出来るけど大変だった。
修道院は贅沢も出来ない上大変そうだ。
だったらもとの平民に戻った方がずっといい。
「あ、でも…謝りたいです。ローゼリア様やアラン様や、あたしが迷惑かけちゃった人達に」
「その必要はないわ。貴女に出来る事は、貴女が迷惑をかけた人達に報いる為に、これから先、人を陥れるような事をせず真っ当に生きる事よ」
そしてあたしは王妃様に言われた東の港町で、平民として暮らし始めた。
貴族として暮らした時と比べると贅沢は出来ないし、毎日クタクタになるまで働かなきゃいけないけど、こっちの方があたしには合ってると思う。
ゲームだと思っていた。
それがそもそもの間違いだった。
周りをよく見て考えれば分かった事なのに、何も見ていなかったし考えていなかった。
これからはちゃんと周りをよく見て考えて、誰かを少しでも幸せに出来たら嬉しい。
この小さな港町から、あたしが不幸にしてしまった人達の幸福を祈る。
あの人達にあたしが出来る事は、もうそれしかないから…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます