公爵令嬢は熊さんと幸せな未来を思い描く


カーテンコールが終わり、完全に幕が下りる。

拍手が鳴り響く中、わたくしは隣りに座る夫の脇腹をくすぐった。


「うひゃあ!」


変な声を上げて飛び起きた夫は、周囲を見渡し状況に気付いたようだ。


「もう終わったのか?」


「よく寝ていらっしゃいました」


わたくしがそう言うと、気まずそうに顔を顰めた。


「きっと感想を求められますよ」


「面倒だな」


「熊兄様ったら」


「おや、また熊兄様になった。俺はいつになったらロゼに夫として認めて貰えるんだろう」


「もう!」


逞しい腕をパシンと叩き、そのまま自分の腕を絡めて寄りかかった。

わたくしが世界で一番安心出来る場所。


「ジェイクったら」


ちゃんと名前で呼び直すと、くしゃりと顔を皺だらけにして笑う。

熊のお兄様の頃から変わらない、わたくしの大好きな夫の笑顔に、つられてわたくしも笑顔になった。


今日夫と見に来たお芝居は、昨年ご結婚されたアラン王太子殿下と隣国の姫君を祝して各地で上演されているものだ。



平民から貴族になり慣れない生活に苦しむ少女を、不憫に思い優しく接する王太子。

少女を慰めている王太子を目撃して、二人が愛し合っていると勘違いする王太子の婚約者。

王太子の幸せを願い婚約者が自死してしまい、婚約者を愛していた王太子は悲しみにくれる。

悲しむ王太子を慰める隣国の姫君…。



現実とは大分違うけど、色々あった王太子殿下の評判を少しでも良くしようとしているのだろう。



学園に行かなくなったあの日から二ヶ月程経って、やっと婚約解消の知らせを受けた。


同時に王太子殿下から、長い長い手紙を頂いた。


幼い頃の思い出や、思い描いていたと言うわたくしとの未来について書かれたその手紙には、何度もわたくしへの謝罪が書き込まれていた。


一緒に届いた王妃様からの手紙に、息子の手紙が気持ち悪くてごめんなさいね、と書かれていて笑ってしまった。



「足下気を付けて」


夫に言われて下を見る。

劇場の灯りが薄暗くてよく見えない。

夫が手を伸ばし、わたくしの左手を取った。


わたくしの左眼は普段は殆ど気にならないけど、こういう薄暗い場所ではとても視界が悪くなる。

そんな時夫はいつもわたくしの左側にいてくれる。

こうした些細な事に夫からの愛情を深く感じるのだ。


「ありがとう、ジェイク」


「どういたしまして、可愛い奥様」


ボックス席から出ると、劇場の支配人が領主夫妻を待ち構えていた。

隣りでうぅ〜っと小さく唸る声が聞こえる。

暗い灯りの下に、ごわごわの黒髪の二メートルの大男。

そんな風に唸られると、本物の熊のようだ。


「ターナー辺境伯、辺境伯夫人。如何でしたでしょうか?」


支配人が感想を求めて来た。


「あぁ、とても面白かったよ」


支配人は満足そうに頷いた。


「今回の演目は王妃様の肝煎りで国中を廻って公演させて頂いておりますが、ターナー辺境伯領での公演は初めてでしたので、ご領主様にお楽しみ頂けて安心いたしました」


「また来てくれるなら今度は騎士の話しがいいな」


「おお!勿論喜んでまた来させて頂きます!騎士物語ですね!ターナー辺境伯領は武勲で知られる土地柄ですから、そちらの方が楽しんで頂けそうですね!」


支配人はほくほくしながら去って行った。


「また来たら、また感想を求められますよ」


「領民にも娯楽は必要だ。それに、騎士物語なら寝ないで観ていられるかもしれない」


「ふふふっ」


馬車に乗り込み屋敷へ向かう。

そう言えばと、夫が思い出したように言った。


「義父殿が、ロゼが気にしていた女性は平民に戻って逞しく生きているから、気にしなくていいと言ってたよ」


「まあ!」


夫は先日王都での式典に参加する為、わたくしの実家に泊まっていた。

その時に伝言を頼まれたのだと言う。


「ちゃんと詳しい事が知りたかったのに…」


随分中途半端な伝言だ。


「この子が生まれたら顔を見せに行くから、その時詳しい話を聞いたらいいだろう」


そう言ってまだ薄いわたくしのお腹をさする。


「その頃には公爵邸の木苺が実をつけてるだろうし、食べ放題だぞ」


わたくしのお腹にそう語りかける。


「この子はまだ木苺は食べられませんよ」


「じゃあその分ロゼが沢山食べられるな!」



初夏の庭で、愛しい熊の夫と、そっくりな黒髪の小さな赤ちゃんを抱いて、大好きな木苺を好きなだけ食べる。


わたくしはすぐ先の幸せな未来を思い描く。


心を寄せていた人との信頼を失い、そこにあった未来を見失ってしまったけど、

また心を寄せ信頼を築き合える人を見つけ、新しい未来を作る事が出来た。


あの時、全てを失ってしまったように感じたけれど、今の始まりはあの時だった。


わたくしは今の幸せと、これから訪れるだろう幸せを思う。


この先、また何かを失ったとしても、きっとまた新しい何かを見つける事が出来ると信じて。




fin

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