王太子殿下は責任の意味を知る


「え?」


ユリアは驚いた顔をしている。


「貴女にとっては些細な嘘だったかもしれません。注意や指導を受けた事を虐められたと言い、持ち物を隠された時は、誰がやったか定かで無いのにもしかしたら…と匂わせるような事を言う。

何かあると、ある特定の人物のせいになるように周囲の人間を誑かし、陥れたのです」


「そ、そんな…!」


「貴女が誑かし陥れた人達がどうなったかご存知?」


「そんな事してない!」


ユリアがそう叫んだが、母上は構わず続ける。


「アランの側近候補の一人は、今回アランを止められ無かった責任を取り、将来を約束された側近候補を辞退して次期当主の座は弟に譲り、幼馴染のご令嬢との婚約も解消になりました。

本人は辺境の警備隊に送られたそうですよ」


側近達が苦い顔をする。

自分達だってそうなったかもしれないのだ。


「ローゼリア嬢は何もしていないのに、婚約者だったアランに責められ暴力を受けました。ローゼリア嬢の左眼は、叩かれた後遺症で見えにくくなってしまったそうです」


「!!!」


これには私が衝撃を受けた。

そんな事誰も教えてくれなかった。

…いや、私に叩かれた怪我はどうなったとは聞けなかった。


「そんな…そんなのあたしのせいじゃない!」


「そうね、直接の原因は貴女ではないわ。でもそうなったそもそもの原因は何でしょう。考えてご覧なさい」


「知らない!あたしのせいじゃない!」


蹲り耳を塞ぐユリアを母上が冷たい目で見下ろす。


「そうして何も知らないふりをして、自分の引き起こした事から目を背けるのはお止めなさい」


母上はユリアの前に立つと、呼吸を整え背筋を伸ばし、凛とした声で言った。


「貴女にはふたつの選択肢があります。

王妃教育を受け王太子であるアランの妃となりこの国を支える王妃となるか、北の修道院で純潔と清貧を誓い修道女として一生を過ごすか」


執務室の窓がビリビリ震えている。

耳を塞いでも聞こえているのだろう。

ユリアは驚愕の面持ちで王妃を見ている。


「選びなさい。ユリア・ブレッド。

人は誰しも、自分のした事の責任は取らねばなりません!」


ビリビリビリッと窓が大きく震えた。

王妃の王妃たる貫禄に、思わず膝をつき頭を下げていた。

気付くと周囲の者は皆同じように膝をついていた。


どのくらいの時間が経ったのか、ふうっと母上が息を吐く声がして、その場の緊張が解けたのを感じた。


「本当に、困った子」


母上の目線の先には、王妃の威圧に耐えきれず気を失って倒れるユリアの姿があった。


「この子に王妃は無理ね」


分かりきった事を呟き、騎士達にユリアを部屋に連れて行くよう指示を出す。


「貴方達は、いつまで跪いているの?」


私は同じように跪いていた側近達と顔を見合わせ立ち上がり、運ばれるユリアを唖然として見送った。


嘘だったのか?


確かに思い返してみれば、ユリアはローゼリアがやったと明言はしていなかった。

でも、そう思わせるような口ぶりで、時に涙を流しながら私に縋り付いて来たのだ。


私は誑かされていたのか?


だとしたら、真実を見抜けなかった私にも責任がある。

まともに調べる事もせず、何の罪もないローゼリアを責めて傷付けてしまったのだから。


「母上…」


私が小さく呼ぶと、母上が優しく微笑みながら側に来て、私の頬をそっと撫でた。


「わたくし怒っているのよ。わたくしのアランが王となった時に、アランを支え共に苦難を乗り越える事の出来る伴侶を、手塩にかけて育ててきたのに。あんな小娘に全て壊されてしまったわ」


温かい眼差しに、自分の涙腺が緩むのを感じた。

久しく無かったその感覚に戸惑ってしまう。


「ローゼリアは…」


「アラン、貴方にも等分の責任を取ってもらいます」


優しい声のまま母上が言った。


「ローゼリアとの婚約は解消しておあげなさい。彼女は何も悪くないただの被害者です。彼女に申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、その手を離しておやりなさい」


まるで幼子に言い聞かせるように、ただただ優しい声。


「…っ、謝罪を…せめて、直接会って謝罪を…」


涙が……涙を流すのがこんなに苦しいなんて忘れていた。

私は、ローゼリアの事が好きだった。

彼女と結ばれ、共に過ごす未来を心待ちにしていたのに…。


「直接会ったら手離すのが辛くなるだけよ。謝罪がしたいのなら手紙を書きなさい。内容は改めなくてはならないけど、問題なければわたくしからバレット公爵にお願いしてあげます」



私は……

ローゼリアに謝罪の手紙を書き、婚約解消の書類にサインをした。


彼女の信頼を裏切り、心と体を傷つけた私に出来る事は、もうそれしか残されていなかった。

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