第48話 誕生
安静期も無事に過ぎて、やがて、時々お腹がポコポコ動く感じがするようになった。
お腹の調子が悪いのかしら? と思っていたら、医師に胎動がはじまったんでしょうと教えてもらった。
ーー本当に、お腹の中にいるのね。
なんだか実感が湧いてきて、お腹がぽこりとするたびに、お腹を撫でて声をかける。
「そのまま元気に育ってね」
そう言って、お腹を撫でるのが日課だ。
辛い人生を二度送ってきて、初めて子供を持つという幸せを味わっているのだ。感動もひとしおというものである。
陛下も離宮に尋ねにきた折に、隣り合ってソファに座り、お腹に耳を当てたりしている。
オディーは、膝に丸まって寝るのは禁止されて、少し顎を乗せる程度で膝にもたれかかってくる。そんな時にちょうど胎動が起こると、そのたびに、耳がピクリとして面白い。
そうしてやがて、お腹もふっくらしてきたある日。
「あ、蹴ったわ!」
ポコポコっと明確に、連続してお腹を蹴られた感覚がした。
ちょっと元気すぎるのかしら?
まあ、元気に育ってくれているのならいいのだけれど……。
そう思っていたら、後日の医師の診断で、意外な事実が判明した。
「これは、お二人いらっしゃいますね」
なんと、双子!
「心音がはっきりお二人分確認できます。お二人で間違い無いでしょう」
まだ身内に限られるけれど、城内は大騒ぎだ。
双子となれば、出産時のリスクが跳ね上がる。
陛下が、出産時に備えて医師や助手の増員や、治癒魔法士を呼び寄せたりと、大騒ぎをしていた。
そんな中、陛下自身も、私の膨らんだお腹に耳を当て、中の子たちに声をかける。
「一度に二人もだなんて、喜ばしいが、早速世話を焼かすな」
言葉とは裏腹に、笑顔で陛下が言うと、それに抗議をするかのように、ポコポコとニ連続でお腹を蹴られた。
「あら。何かお父様のお言葉に不満があるようですね」
私が笑いながら、陛下を、『お父様』と呼んでみると、彼は、照れたようなはにかんだ笑顔を見せるのだった。
ーーそういえば、これくらいの頃から胎教ってするんだっけ?
この世界にはそんな知識はないのだけれど、前世の知識で思い出した。
胎教と言えばモーツァルト、だけど、そんなものもないしなあ……。
まず、レコードみたいな録音したものなどないから、もし音楽を聴かせるんだ! となると、生演奏会を毎日自室でやってもらうことになってしまう。
ーーそれじゃ、私が気が休まらなくて、逆効果のような気がする。
ああ、そうか。
私が歌を歌えばいいんじゃない!
そうして、お腹を撫でながら話しかけ、私の知っているフレーズで、言葉はこちらのもので子守唄や童謡を歌うことが日課になった。
「お子様達のために、歌ってらっしゃるんですか?」
侍女のルリは不思議そうに尋ねてくる。こちらには、あまりそういう風習がないらしい。
「そう。私の前の世界では、これくらいの頃から話しかけたり、音楽を聴かせたりするのは、子供の教育に良いって言われていたから。せめて、私がこの国の言葉で歌ったり話しかけたら、この子達のためになるんじゃないかと思って」
幸いにして、今世の私は音痴ではなかったらしく、オディーも私の歌を聴きながら丸まって眠っているし、陛下も私の歌う聴きなれない歌を興味深そうに静かに聞いていらっしゃった。
そうしてやがて、お腹はさらに大きくなり、臨月を迎えた。
「もう、いつお産まれになってもおかしくない時期ですね。そして、お二人とも元気なようです」
いつも診てくれてきた担当の医師にも太鼓判を押される。
そんな医師に、一つお願いをしてみることにした。
「先生、二人を無事に産むって、とても大変ですよね。特に、後の子が……」
「確かにそうですね。でも、我々も万全の体制で……」
医師が私を安心させようと思って言おうとした言葉を、私は途中で止める。
「赤ちゃんの出てくる出口を、最初から切っておいて欲しいんです。そうすれば、赤ちゃんが少しでも早く安全に外に出られると思うから……」
そう、この世界ではないであろう『会陰切開』をお願いしたのだ。
私の医師は、驚いて目を大きく見開いた。だが、すぐに、理解をしたのだろう。
「妃殿下のお体に傷をつけることになりますから、陛下の許可を受けてから返答させていただきます。ですが、なるべくご希望に添えるよう、努力いたします」
彼女は女医だったからか。異例の対応にも拘らず、我が子を安全に産みたいという母親の心に寄り添ってくれた。
出産当日。
陛下も、今か今かと、部屋の外をウロウロしながら待っていたそうだ。
私は、とうとうやってきた陣痛に耐えながら、医師の指示に従って、必要な時に力む。
もう、何時間経ったのだろう? 気が遠くなりそうになったその時。
「オギャー!」
「お一人目、お生まれになりました! 王子殿下です!」
そして、次に。
「オギャー!」
「お二人目は、王女殿下です! 王妃殿下もご無事です!」
「無事か!」
大きくドアの音を響かせて、陛下が部屋に入ってきて、早足に私の元へやってくる。
助手の手により私のお産用に用意されたベッドに横たわる私の横に、そっと、臍の緒を処理し、身を清められておくるみに包まれた二人の赤子が寝かされる。
「良く、元気に産まれてきてくれたわ」
私は、ようやく男女の双子と、対面することが叶ったのだった。
「ありがとう、ユリア」
そして、愛する夫から、感謝のキスを額に受けたのだ。
ちなみに、出産の傷は、自分でハイヒールをかけて治ったわよ。
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