第45話 エピローグ

 ノインシュタット王国は、無事に無血開城となり、王位は、王太子であったエドワードに譲位されることが、宣言された。

 そして、王弟となった、子供の頃から天才と名高かったユリシーズを宰相とし、前王の宰相の長男を宰相補佐として、中央の基盤を固めた。

 そして、開城戦でエドワードに従ったものを中心にして役職を埋めていき、各地の領主も、この改革に賛同したものから順に割り当てていった。

 彼は、王のみを主人とした監査部門を設立し、各領地の査察や、各貴族の動きを監査する制度を設けた。これにより、国の内外の腐敗も、もれなく中央、王の元に集まると言う仕組みだ。


 教会は、トップであった枢機卿に代わり、司祭トリスタンが枢機卿になった。

 彼は、新王の婚約者のエリアーデと協力し、スラムに住む、健康に問題があって働けないものに無償で回復魔法を提供した。

 スラムに住む子らを引き取り、養育するための孤児院を設けた。また、それを維持するために、新王から領地を賜り、ワインや畜産などを手がけることになる。そして、やがてそれは高額な寄付頼りだった、教会の慈善事業の資金となっていくのであった。


 そうして、新王の改革の方針が固まり、ある程度回るようになった頃、正式に、新王エドワードと、魔王ルシファーの間に、国家間の貿易を含む新たな和平条約が結ばれたのだった。


 そして、それらを見届けると、満足そうにユートは元の世界に帰っていった。


 ◆


 そうしてやっと今日は、私たちの結婚式だ。

 結婚式は、私の希望で、花々に彩られた私の離宮の庭で行うことになった。

 国交が正常化した、ノインシュタット王国からも、国王夫妻が来賓としていらしている。

 本当はユートにもいて欲しかったのだが、「これだけあっちを留守にしていると、仕事と彼女が心配」と、もっともなことを言って、リリスに頼んで帰ってしまったのだ。まあ、そりゃそうだろうと、彼の意思を尊重した。


 私は、陛下の色である漆黒の薄い絹地に細かなダイヤモンドを散りばめた細身のドレスを見に纏い、かつていただいたネックレスとイヤリングを身につけ、頭には、小さくはあるが繊細な細工の施されたキラキラと輝くティアラを乗せ、そして、限りなく薄い真っ白なヴェールを被っている。

「綺麗だ、ユリア」

 ヴェールと同じ素材の薄い長手袋をつけた私の手を掬い取り、その甲に陛下が唇を押し当てる。


「さあ、始めよう!」

 アドラメレクの声で、宴が始まる。

 四天王達を筆頭に、まずは、様々な贈り物を贈られる。

 アドラメレクは、私たち夫妻のための新しい衣装と、それに合う宝飾品。

 アスタロトは、私が強請らないことを気にしていたようで、私用の美しい靴やら、アクセサリーを山ほど。

 ベルゼブブは、「この先お子ができた時のために滋養の良いものを」と言って、眷属に集めさせたという、色々な食品やら薬品やらを。でも、集めたのが眷属って、蠅だよね?

 で、問題なのが、リリス。

「夜のお役に立つものなのじゃ〜! 普通のことに飽いたら使うのじゃ〜!」

 と、プレゼントの箱を、その場で開けようとするから、それはアドラメレクが必死に止めていた。


 い、一体何が入っているのかしら。それと、彼と彼女はすでに使っているのかしら。

 あの、謎夫婦の夜をちょっと想像しそうになった。


 ノインシュタットの国王夫妻からは、彼の国で採れた最も大きな宝石をいただいた。


 そうして宴は進み、次は婚姻の儀式である。

 魔族が人間を娶る場合、その寿命があまりにも違うことで不幸にならないように、魔族と同じ寿命を得られる妙薬を飲む必要があるのだそうだ。

「怖がらなくていい。ユリア、盃を取れ」

 言われるがままに、銀の盃を両手に持つ。

 そして、アスタロトが手に持った瓶から、とろりとした透明の液体が注がれる。

「これを飲めば、我々はずっと共にいられる」

 陛下の言葉に、私は神妙に頷いて、くいっと盃を傾ける。


 ーー体が、熱い?


 喉から流れ落ちるその熱は胃の腑を温め、そして両手両足をめぐり、やがて、頭部までを温める。


 ーーそして。


 あれ、こめかみの上あたりが、ムズムズする?

 手で触ると、すべすべして少し硬いものにあたる。

 やがてそれは小ぶりなツノに変わる。手鏡を借りて、写してみると、他のどの魔族達とも違う、真珠のごとき白く光沢を放つツノだった。


「「「さすがは、聖女様。ツノまで聖女に相応しい美しさだ!」」」

 祝いに来てくれている観衆達も、口々に褒め称えてくれる。


「陛下、みなさんと違うようですが、これで大丈夫なのでしょうか?」

 褒めてもらえる言葉とは裏腹に、私は異質なツノであると言うことに不安を覚えてしまう。

「大丈夫だ。其方の清らかな魔力が影響したのだろう。実に美しい」

 そういうと、私の顔にかかっているヴェールを捲り上げ、誓いのキスを交わしたのだった。


 ◆


 そして、私は離宮の寝室のベッドの上に座って、薄い初夜用の夜着一枚で陛下を待っている。オディーも当然部屋にはいない。

 私は、着替える前に、散々ルリに体を磨かれ、香油を体に塗りたくられた。


 ーー所在ないなぁ。それに、私にとって、前世も含めた本当の初体験……。

 経験がないことで、不興を買ったりしないだろうかと、待てば待つほど、頭の中がぐるぐるする。


 そうしていると、部屋のドアがノックされ、陛下が来訪を告げる。

「ユリア、良いか?」

「……はい」

 陛下の問いに、かぼそく消え入りそうな声で答えると、なんとか聞こえたらしく、夜着の上にガウンを羽織った陛下が部屋に滑り込んだ。

 そして、ベッドに腰掛ける私の元に歩み寄り、私の隣に腰をかけた。


「怖いか?」

「……怖いと言うより、陛下にご満足いただけるかが不安で……」

 そう答えると、陛下がくっくと笑って耳朶に息がかかりそうな声で囁きかける。

「ようやく其方が名実共に俺のものになるのだ。これ以上の満足はないだろう」

 そうして、陛下がその位置でふうっと息を吹きかける。

「ーーん、っ」

 思わず声が漏れてしまって恥ずかしい。

「可愛い声で鳴くものよ」

 私の思いとは裏腹に、陛下は上機嫌そうだ。

「口付けの仕方は、覚えているな?」

「……は、はい」

「じゃあ、復習だ」

 そう告げられて、唇を押し付けられる。唇を重ねたり話したりする合間に息をする。

「上手になったな、じゃあ……」

 ついっ、と歯列を舌でなぞられた。陛下の舌はやがて、少しずつ少しずつ私の中に侵入してくる。

「ふ……ぁっ」

 深い口付けに翻弄されている間に、夜着の隙間から手が忍び込み、私の弱いところを探される。

 そうして気づいた時には私はベッドに優しく押し倒されていた。

 そして、陛下に翻弄されるがままに、その夜、私たちは一つになったのだった。


 ◆


 ふと、部屋の明るさに気がついて、瞼を開く。

「……へ!」

 陛下!と叫びそうになって、手で自分の口を塞ぐ。

 隣には、まだ眠っている陛下がいらっしゃったのだ。

 長く黒い髪はベッドの上に乱れ扇情的で、目元を飾る睫毛は長い。満足そうに微笑んでいる寝顔は、優しく、どこか愛らしさすら感じる。

 私は、その寝顔を眺めながら、この世の幸福をこの身で味わっていた。

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