第43話 会談

 どこかに潜んでいるのであろう、ベルゼブブを除き、広い客間のソファに、勇者達と魔族達が腰を下ろす。

 メイドは、それぞれに紅茶と、茶菓子に私考案のクッキーとポテトチップスとおさつチップスを出した。


「ポテトチップス!」

 それを見て、ユートが立ち上がった。

「ん? それはユリアが考えた美味くて手が止まらなくなる菓子じゃが? 知っとるのか」

 リリスが、ユートの驚きぶりに、訝しげに首を捻った。


「これは俺の故郷、ニホンの菓子なんだ! 食べてもいいか⁉︎」

 ユリアはクスリと笑って、どうぞ、とユートに勧めた。

 日本人の青年ならば、さぞこれが懐かしいだろうと思って用意させておいたのだもの。


「……ユリア」

 隣に座る陛下が私に顔を向けて、声をかけてくる。

「ユリアも召喚者なのか? ……帰りたい故郷があるのか?」

 不安に揺れるその陛下の言葉に、ユリアは、膝に置かれた陛下の手の上に彼女の手を重ねた。そして、首を横に振ってみせた。

「私は、前世の、ニホンで生きて死んだ記憶があるのです。おそらく、転生者というものではないかと思います。もうあの世界に戻る必要はございません」

 そう答えると、隣で陛下が安堵のため息を漏らすのが聞こえた。


「あのニホンゴの横断幕を見て、転生者だと思ったんだ!」

 そういうユートのポテトチップスを食べる手は止まらない。

「ユート様、流石に……」

 エリアーデが、食べてばかりいるユートに、流石に止めに入る。

「あ、済みません。あまりに懐かしくて……がっついちゃいました」

 頭をぽりぽりと掻いて、恥ずかしそうにする様は、そこらにいる青年と変わらない。


「ユートが失礼しました。本題に入らせていただいてよろしいでしょうか」

 エドワードが、話の切り出しに入る。

「ええ、そうしましょう」

 宰相たるアドラメレクがそれに応えた。


 エドワードは、見聞きしてきた国の有様を説明する。

 スラムという劣悪な環境で生きる事を余儀なくされた、貧しい民が放置されていること。

 貴族の治める領地にいけば、規定より多く徴税する者もいて、多くの民が重税で苦しんでいること。

 教会は、多額のお布施という名の料金が無ければ、民に回復魔法をかけることすらしないこと。

 その結果、四肢を欠損したものは職に溢れ、スラムに流れるという悪循環であること。

 中央は国王と枢機卿に実権を握られ、正当な意見すらあげられないこと。王太子である自分ですら廃嫡されかかったこと。


 そんな、救いようのない国の状況を、エドワードが伝える。

「私は、これを変えたいのです。父に対して謀反を起こそうとも。ただ、私には力が足りません」

 そう言って、エドワードは唇を噛んで首を垂れた。

「率直にいう。魔王領の力を貸してほしい。せめてまともな王になろうとしているものに、王位を移したい。だが、彼に、親を含めた血の粛清はさせたくないんだ」

 ユートは、悩ましげに爪を噛む。


「……自らの親兄弟に手をかけて王になったものに、幸福になった者はいませんからね」

 ユリアは、前に生きた世界の歴史を思い出す。

「血の粛清によって立った者は、当初の志を忘れ、狂王となりやすいのです。それは私達がいた世界の歴史が物語っています。自らが手にかけたものたちの亡霊(幻覚)に悩まされ心を壊すのです。それが、血の粛清によって王になったものの末路です」

 私の言葉に、ユートがはっきりと頷く。

「国をよくするために行動を起こすんだ。その結果、エドワードの心が壊れてしまっては意味がないんだ」

「そうじゃのう。無血進軍、無血開城か。ユートもユリアも、なかなか難しい事を言うのじゃ」

 魔王軍の将軍であるリリスが、腕を組んでうーんと唸る。そして、いい案がないかと助けを求めて、ちらちらと夫のアドラメレクに目配せをする様が可愛らしい。


 そこに、またオディーが、窓からするりと軟体動物のようにしなやかな動作で侵入してきた。

「ボクだけ仲間外れなんてずるいにゃん!」

 その姿を見て、リリスがオディーを指さす。

「お主じゃ!」

「うみゃ?」

 オディーが叱られるでもなく、なぜか指差をされて、キョトンと目を丸くして立ち尽くしていた。

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