第41話 やられてもやり返さないということ
「ユリアの書いた謎の字が利いたのか、ユリアの言った通りになったのじゃ」
遠見の水晶を覗き込みながら、リリスが、言った。勇者は、ゴブリンの村以降も、魔族の者達に敬意を払い、友好的に魔王城へと向かっている、と。
魔王領の被害者はなし、勇者達にもなし、だ。
「良かったわ」
私は、ほっと胸を撫で下ろした。
私が座るソファの横に陛下も腰を下ろしており、笑顔を浮かべる私を見て怪訝そうな顔をした。
「ユリア。それで良かったのか? 其方は、勇者はともかく、残りの二人にはひどい目に遭わされたと聞いているが……」
ーーそういえば、殿下には婚約破棄されて、エリ……なんとかさんには、婚約者を奪われたんだっけ。
じゃあ、恨む?
でもね。
日本人だった時の大好きだったおばあちゃんが、よく言っていたのよね。
◆
『千花。意地悪されたのかい?』
泣いて帰った私に、祖母が優しく尋ねかけ、安楽いすに腰掛けるおばあちゃんのお膝においで、と誘ってくれた。
『うん……。うちのお家がボロだって、馬鹿にされたの』
私は、涙で濡れた目を手の甲で拭いながら、おばあちゃんのお膝に座る。
『そうかい、それは酷いねえ』
よしよし、と走って帰ってきて乱れた私の髪を指で梳いて直してくれる。
『紙に落書きして、授業中にぶつけてきたり、みんなで『ボロ屋!』って囃し立てるの』
初めて、いじめのことを伝えられたことへの安堵感なのか、ほっとして、また涙がポロポロとこぼれ落ちる。
『ねえ、おばあちゃん』
『なんだい、千花』
『やられたら、やり返したほうがいいのかしら? そうしたら、もうやられない?』
首を傾げて尋ねる私に、おばあちゃんは、意外にも賛成はしてくれず、首を横に振った。
『千花は、その子のその行動を尊敬しているかい?』
『そんなわけないわ!』
『でも、その子にやり返すってことは、その子と同じ土俵に立つってことだよ? 千花はその子と同じような人間になりたいかい?』
おばあちゃんのその言葉の意味が、幼い私にはすぐにはわからず、うーん、と暫く間が開く。その考える間、おばあちゃんはゆっくりと待っていてくれた。
『同じには、なりたくないわ。でも、嫌がらせされるのも嫌よ』
ようやく出た私の答えに、おばあちゃんはひとつ頷く。
『あなたは、毅然としていなさい。その子は、あなたが泣いたり反応するのが面白くて、意地悪するの。……それでもダメだったら、おばあちゃんが学校に言ってあげるから』
大人になって思ったが、ある意味、上から目線な対応なのかもしれない。でも、愚かな振る舞いに対して、同じように返す必要はないのだから。
◆
「人にされた愚かな行いを、同じ行いで報いようとは思いません。……それは、自ら自分のありようを下げる行為だと、私は思っています。それに、最近伝え聞く様子によると、あの方々も、目が覚めたというか、事実を知ったというか……、変わりましたから。むしろ、それを喜ばしく思います」
それを聞いて、陛下が意外だとでもいうように瞠目する。
「許す、というのか?」
「いいえ、少し違うかもしれません」
陛下の言葉に否定して、私は首を横に振る。
「人は、愚かな振る舞いをするものです。なかなか変われない人……人の王のように、そういう方はいます。でも、自分が変わろうと思えば、見聞を深め、学び、人は変われます。あの二人には、そうであって欲しいと、ただ願うだけなのです」
そう言って、私は俯いた。長く生きていらっしゃる陛下には、甘い考えと言われるだろうか。
「俺からしたら、其方の言葉は甘いと感じる。……だが、その甘さが、その優しさが、好きだ。ならば、そんなお前を害そうとするものがいれば、私が盾になり、剣になり、守るしかないな。ユリア」
名を呼ばれて、陛下に向けて顔を上げる。
そして、片手を彼の手に掬い取られる。そして、彼は、掬い取った私の手の甲に口づけをする。
「私の愛は其方にのみ注がれる。そして、我が力も其方のために振るおう。この件が落ち着いたら、正式に我が王妃となって欲しい」
「……はい!」
私は、陛下の手を握りしめて、初めて、自分から陛下に触れるだけの口づけをした。
リリスが、そんな私たちを満足そうに見守っていたのに気がついたのは、口付けが終わった後だった。
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