第40話 勇者一行と魔王領
勇者一行は、ようやく魔族領の入り口に立った。
「なんだこれは……」
勇者があっけに取られて唖然とした顔をする。
最初の村には、デカデカと『日本語』で横断幕が張られていたからだ。
『いらっしゃい! 勇者様! 我々は戦いを望んでいません』
それは、万が一にでも、魔族領入り口付近に住まう、あまり武力や魔力を持たない民達が襲われないようにするための、私が書いたメッセージだった。
「ユート、この文字が読めるのか? これは見たこともない文字だが……」
エドワードが、あっけに取られてその横断幕を見つめるユートに尋ねた。
「俺の故郷の国の言葉だ。『ニホンゴ』だよ。ニホンゴで、俺たちを歓迎すると、敵意はないと書いてある」
彼ら三人が呆然と掲げられた横断幕を眺めていると、村の入り口に、屈強そうなホブゴブリンが一匹現れた。
「……俺は、ここの村長だ。ユリア様に、今度の勇者は襲ったりしないと聞かされているが……、本当か?」
そういう彼は後ろ手に何かを隠し持っている。
村を襲うなら自分が盾になってでも、と思い、武器でも隠し持っているのだろうか?
「無闇に襲う気はない。村長、この横断幕は誰が書いた?」
ユートが、身につけている武器をバラバラと地面に落として、襲う気がないことをアピールした。
「これは、ユリア様が、俺たちが襲われないようにと書いてくださった。……祝福の文字かなにかなのか?」
村長自身も、ユリアが書いたというニホンゴのメッセージの意味はわかっていないようだった。
「いや、俺たちを歓迎すると。戦う意思はないと書いてある」
ほお、と言って、村長だというホブゴブリンがその横断幕を見上げた。
そして、ユート達三人に向き直る。
「それで、あなた方はどうなさるおつもりですか? 我々ゴブリンは、まず人に駆除される対象です。ユリア様のお言葉と、我らを前に、どうするおつもりでしょう?」
村の奥には、村長を心配しているのだろう、大小様々なゴブリン達が家屋の影などから、こちらの様子を窺っていた。
「エドワード、エリアーデ。お前達に問う。これは、敵か?」
ユートが、背後で立ち尽くしている二人に尋ねた。
「……魔族は敵だと。父や教会に、和解の余地もない悪なるもの達だと教わってきました」
「うん、そうだろうな」
「でも、彼らは、知性を持ち、あなたときちんと会話をしている。そして、驚いたのは……、同じ人たる聖女ユリアが彼らを守ろうとしていることです」
そう、エドワードがユリアのことを『聖女』と口にすると、ホブゴブリンの顔がぱあっと明るくなった。
「あのかたは、慈悲深く、素晴らしい聖女様なんだ! 聞いてくれよ!」
ホブゴブリンは、エドワードの手をガシッと掴む。
「ここは、本当に何も実らない荒地だったんだ! それを憂えて、我々にサツマイモという新しい作物を与えてくださった! ほらこっち、見ろよ、芋畑だ!」
引っ張られていくと、そこには広々とした畑に、緑が生い茂っていた。
「粗末な家しかないが、休みたいなら一晩泊まるといい。食料がないなら、聖女様の贈り物である芋をやろう! 聖女様がおっしゃっていた。『戦う必要はない』と!」
ホブゴブリンは、聖女に、可能であれば友好的に接するように言われていたのかもしれない。ユート達に戦意がないとみると、急に態度を軟化させてきた。
「なあ、聖女ユリアって、召喚された者なのか?」
「いや、普通に男爵家の娘として生まれた者だが……」
ーーとすると、聖女としての生を与えられた転生者か?
そして、そのおそらく『元日本人』である彼女が、魔族領というものを知り、共生している。
「……なんだ、人間と魔族は戦う必要なんてないんじゃないか」
ユートは笑った。ほっとした。
いきなり『勇者』として無理矢理召喚されて、魔族領へ行けと命令された。
エドワードとエリアーデを焚き付けて、説教じみたことを言いながらここまでやってきた。
だが、彼にも一抹の不安はあったのだ。
ーー魔族が、対話不可能な種族だったら、と。
この横断幕と、ゴブリン村の様子をみる限り、それは、杞憂であったと知る。
「粗末でもなんでもいい。一晩、宿を借りられるか? あと、サツマイモとやらを食べてみたいんだが……」
エドワードとエリアーデは、同意を求めずにユートが決めてしまったことに、一瞬驚きを顔に出す。だが、この村に脅威はないことは、なぜか肌で感じた。
「勿論だとも! うちの村の、サツマイモ料理をたんと食べていくがいい!」
そうして、村長が三人を村に迎え入れると、他のゴブリン達もワラワラと集まってくる。
こうして、ユートは、懐かしい母国の『サツマイモ』を堪能したのだった。
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