第39話 勇者の帰還方法は?

 テーブルの上には、いつの間にやらポテトチップスとクッキーと、遠見の水晶が置かれている。

 そして、主にリリスとどこから入り込んだのかオディーの手(前足)が時折伸びてくる。


 ーーシュールだわ。


「で、結論として、勇者達の扱いはどうする?」

 陛下が会議のまとめにかかる。

「社会勉強、させているんでしょ?」

 アスタロトが、くいっと赤い唇を片方あげて、楽しそうに笑む。

「あの国の惨状を、温室育ちの王子と娘に見せる。確かに有効な社会勉強でしょう」

 アドラメレクも、にっこりと笑いながら同意する。

「あの愚王自身はダメでも、まだ若く可能性のある息子を教育とはな。なかなか目の付け所が良い勇者なのじゃ。全く面白い」

 そう言って、リリスは、もう一枚クッキーを頬張った。


「我が領土に入った場合はどうする」

 陛下が、次のまとめに入る。

「社会勉強なら、本当の魔族領ってものを見させた方がいいんじゃなぁい?」

 アスタロトが髪の毛の先をクルクルといじりながら答える。

「ベルゼブブ、領民に危害を加えるような行動を見せたら、すぐ対応できるか?」

 陛下が問うと、ベルゼブブは、前髪をサラッと払って、キザっぽく答えた。

「当然です。その際には、我が配下の有能さをご覧に入れましょう」


 あの勇者は脅威ではない。

 強者か否かといえば前者だが、愚かではないからだ。

 安易に『打倒魔王』とは思ってはいないだろう、というのが四天王達の見解だった。

「確かに、私たち人間が、教会から教えられている『魔族』というものは、現実とは全く違いますから……」

 私が呟くと、「そうじゃろそうじゃろー!」と嬉しそうにリリスが私の元へ来て、腰に抱きついてきた。


「もーなー。『勇者たるもの魔王を倒せ』なんて、いつもの『勇者』は、我らを悪役みたいに言って襲撃しに来るがな、迷惑なのじゃ。ユリアは一緒に暮らして、小さな村人達にも会って、ここがどういうところか知っとるじゃろ?」

 嬉しそうに笑ってリリスが無邪気に戯れついてくる。

 そんな無邪気なリリスを見ていて、ふと気になったことを尋ねてみる。

「そういえば、いつもは襲撃に対してどうしているんですか?」

「ん? アタシが魔族領の入り口に行ってな。チョイッと魅了してやって、どこから来たのか聞き出して、ポイっと返してやっとるわ」

 ふふん、凄かろう、とリリスは鼻高々に言い放った。

「我が配下の魔道研究者達には、作れない転移陣はないのじゃー!」

 そう言って、バンザイしている。容姿が容姿だけに、可愛い。


 ーーえ! 帰る方法ってあるんだ!


 なかなか驚きだった。

 ファンタジーって、大体勇者は魔王を倒しに行って、戦って、どちらかが……、ってイメージだけど、まさかの『住所聞いてぽい』だなんて!


「無体なことしに来たのに、優しいのね」


 勇者達は、召喚した国には、『帰還不可能』って聞かされているはず。

 私のような転生者と違って、転移者は、元の世界に家族や仕事やいれば恋人を残してきているはずだ。

 そこを魔族がフォローしていただなんて。

 私は、魔族達の優しさに、改めて感動した。思わず、頬が紅潮してしまう。

「ユリア、そんなに顔を赤らめてどうした? 熱でも出したか?」

 陛下が、私の正面に立って膝でかがむと、私の額に陛下の額を当ててきた。


 ーー陛下、顔が近いですっ!!

 むしろ陛下のおかげで、頬だけで済んでいた赤らみは、耳にまで達していそうだ。


「……熱は、なさそうだな」

「むしろ、陛下のお顔が近すぎるせいで、熱が出そうです」

 その返事を聞いて、陛下はくっくと満足そうに笑う。

「其方は変わらず初心だな。……そこが良い」

 そういうと、私の赤らんだ頬を手の甲でさらりと撫でた。


 ーーもう、陛下のせいでクラクラします。

 私は、陛下のローブにもたれかかって、ため息をついてしまう。


「仲良くするなら、寝室ですればいいのではないのか?」

 そんな私達に、リリスがトンデモ発言をする。いや、婚約してたら、アリなの⁉︎

「これは、面白いほどに初心なのでな。そこは、少しずつだ」

 陛下が口の端をあげて笑む。

「……そういうことを、皆さんの前で言わないでください……」

 私は消え入りそうな声で抗議するのみだった。

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