第38話 勇者達の動向

 ここは、魔王ルシファーの執務室。

 その一室に、アドラメレク、アスタロト、リリス、私が集まっていた。

 そして、多分ベルゼブブはどこかに潜んでいそう……。

「陛下、勇者が動き出しましたよ」

 やはり、影が実体化するかのようにベルゼブブが現れて、話題を切り出した。

「また性懲りも無く、魔王退治か? それとも平和的にユリアを奪還するつもりか?」


 部屋の中央には、遠見の水晶がある。

 そこに、ベルゼブブが歩いていき、水晶に触れる。

「我が眷属よ、勇者一行の姿を伝えよ」

 ベルゼブブがそう告げると、透明な水晶の中央が揺らいで見えて、やがて、三人の人間が馬で街道を進んでいる映像を映し出した。

 しかも。

『エドワード、ほらみろ、この村の貧困具合は、国が設定している税ゆえか?』

 これは、黒髪黒目の外見から推測するに、勇者だろうか?

『いや、国の税は基本民が生きていける設定になっているはず……』

 そう答えているのはエドワード。

『殿下、領主が国が定めた以上に徴収しているとしたら……』

 それは、見覚えのある娘、新聖女エリアーデだ。

『おい、ちょっと村に立ち寄って話を聞くぞ。お前達も、国の状況を知るには格好の機会だ、ついてこい』

『おい待て、ユート!』

 そう言って、勇者らしいユートという青年を先頭に馬を降りて、村に向かうようだった。


 ーーねえ、行動が完全に筒抜けってどうなの?


「ベルゼブブさん、これはどういう仕組みなの?」

 情報筒抜けの彼らの姿に、私はちょっと憐憫を感じて、ベルゼブブに尋ねてみた。

「ん?」

 ベルゼブブが片眉を上げて、私に視線を向ける。

「どうってことはない。我が配下の者達を奴らの乗っている馬に張り付かせている。我が眷属のコレは、眼も耳も優秀なのでな」

 そう言って、ベルゼブブが指先に乗せて見せたのは、一匹の蠅だった。


 ーーなるほど、蝿の王ってことか。


 その指先に止まった蠅が、ぽふんと擬人化した。

 少年の姿に、黒く透ける翅。髪は黒く、瞳は赤い。

「ユリア様、ベルゼブブ様の眷属の諜報部員です。お見知りおきを」

 そう言って礼を執る様は優雅だった。

 私も慌てて、少年に挨拶をする。


 ーー蠅だけど。


「ねえねえ、ベルゼブブ様! あの勇者、面白いですよ!」

 実体化したベルゼブブの腰回りにまとわりついて、蠅の少年が戯れついている。

「まあ、今見た時点でも、普通ではないな」

「うん! そうなんだ!」


 その蠅の少年によると、まず、必要以上に獣や、無抵抗なモンスターを殺さない。

「勇者以外の二人が、スライムを倒そうとしたら、怒鳴りつけてましたよ!」

 どうも彼にとっては、目新しく楽しい監視業務のようで、報告の合間に、ご機嫌な鼻歌混じりになる。


「勇者パーティーといえば、経験値取得のために、低レベルモンスターから虐殺するのが定番ですけどね」

 ふむ、と首を傾け、腕を組むアドラメレク。

「経験値稼ぎというより、必要最低限の食料確保のためだけに狩る、ってとこみたいですね。まあ、流石に敵対するものは勇者が軽々排除していましたが」

 その言葉に、陛下が反応する。

「勇者はそこそこ腕に覚えがあるってことか?」

「いえいえ。それどころか、オーガの群れを一撃で切り裂いて真っ二つにしていましたよ」


「「「……」」」

 皆で絶句した。

 ーーそれは、尋常ではない強者ですね。


「で、連れてきた二人をどうするつもりなんだ? あの勇者は」

 戦わせず、育てもしない、となると、連れ歩く意味がわからない。

「説教ばかりしてますねー。お前の国の現状を見ろ! とか、あとは人間の地にあえて住まう亜人なんかの集落を訪れて、話をさせたり。ああ、あとは、勝手に民家に入り込んで箪笥を開けたり壺は割ってないから!」


 ーーああ、某RPGの王道ゲーム的なことをするんだ、普通の勇者は。

 ちょっと、ルートは違っても、同じ世界からきた人間としては、過去の勇者が『それ』を本当にやっていたとは、恥ずかしいなぁ。


「まあ、それこそ魔王領にでも入れば、殺戮強奪は当たり前のやつもいるしねえ」

 リリスが、八重歯を見せながら、いーっ、として、中指を立てている。

「リリスちゃん、女の子なんだから、それはダメだって」

 そうして、保護者的な夫のアドラメレクに嗜められて、頬を膨らませていた。


「あの……」

 私は、少し思うところがあって、発言権を求めて声を出した。

「どしたの、ユリア?」

 むくれていたリリスから声がかかる。


「この勇者さん、多分、連れてきた二人に実際の国の現状を見せて、社会勉強をさせるために連れてきているだけのように見えるんですけど……」


「……それは、確かに理屈は通るけど」

 私の言葉に、リリスがうんうん、と同意してくれた。

「まあでも、変わった勇者さんねえ」

 うふふ、とアスタロトが目を細めて楽しそうに水晶の中の勇者を眺めていた。

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