第37話 その頃の王国サイド⑥

「勇者ユートよ! そして我が息子エドワードとその婚約者エリアーデよ! 魔王領から聖女ユリアを奪還してくるのだ!」

 そんな国王の命はあっさりと下り、三人は相応の装備と準備金を持たされて、王国を旅立つことになった。

 まずは馬で、王都の門を目指して進んでいる。


 ――いや、俺が言い出した作戦だけどさ。

 ユートは思う。チョロすぎだろう、国王さんよ。

 確かに俺は学生の頃からインターンとして働いてきたし、ベンチャーだったから、様々な業務を一人で担当することもあった。交渉だって自らやった。だから、俺が弁が立つというのもあるんだけど……。


「お前の父親、アホすぎない?」

 思わず口に出てしまった。

 そんな国王を父に持つエドワードが、がっくりと肩を落としてため息をついている。

「……ちょっと、欺くにしても、簡単すぎましたね」

 エリアーデも、やんわりとした物言いをしながら、苦笑している。


 そうして、ようやく王都の外へと繋がる門に辿り着く、その少し手前。

「この匂い、なんでしょう?」

 その、踏み入れた一帯は、悪臭、異臭、そう言ったものに溢れていた。

「おお、お嬢様、少しで良いのでお恵みを」

 あるはずの歯が全くなく、髪もざんばらな、老婆のように衰えた女がまとわりついてくる。

「パンでいいから! 恵んでくれよ!」

 ぼろぼろの服に身を包んだ、痩せこけた少年が、馬上のユート達に手を伸ばそうと飛びつこうとする。

「こら、やめないか!」

「やめてください!」

 エドワードとエリアーデが困惑し、その差し出される汚れた手達から逃れようとする。

 そして、まとわりつく民衆に馬も次第に怯え始めた。


 ――貧困街スラム、ってとこか。

 ユートは、西欧史などで知った知識から、その場所のあたりをつける。


「二人とも、振り切れ。行くぞ」

 ユートの声に、二人はハッとして、鎧を蹴って、馬を走らせる。

 転倒するものもいたが、今は、三人の身が危なかった。


 ようやく王都の外に出る門に付き、警備兵に手続きをして、外へ出る。

「……あれは、あそこは一体」

 ようやく人混みから離れると、馬を止めてエドワードが呟いた。

「貧困街ってやつだろう。食にもありつけないほどに貧しく、だから施しを求めてきたんだろう」

 ユートの言葉に、エリアーデがハッとして門の中を振り返る。

「では、私達の手持ちから施しを……」

 そう言って戻ろうとする彼女を、ユートが止める。

「焼け石に水、って例え、知ってるか?」

 この国にはない言葉らしく、ユートを除いた二人は、互いに顔を見合わせて困惑顔をする。


「今日俺たちが施したとしよう。で、彼らの明日は誰が保証する?」

「「……」」

 一見ユートの言葉は冷たい。だが、明日も、その次も、その更にその次も。彼らには、貧しい民を救う術がないのだ。

「王太子エドワード、そしてその婚約者のエリアーデ。自国の民のあの様を憂う心はあるか?」


「それは……」

「術が有るのなら……」


 ――父親達ほど腐り切ってはいなかったか。

 まあ、そうだろうと思って連れ出したんだけどな。


「術はな。この国の施政者を変えるしかないだろう」

「なっ」

 ユートの言葉に、エドワードの形相が険しいものに変わる。

「父を、手にかけろというのかっ」

 エドワードの手が怒りに震える。


「それは、腐り切ったアイツら次第だろう。召喚されてすぐにわかったよ。多くの術者の命を粗末に扱い、外に少し外れてみればあの有り様だ。この国の今の施政者に、民を想う心はない。だったら、民を思いやることができる統治者に変えるしかない」

 エドワードは、ユートの言葉に反論する、一切の材料を持ち合わせていなかった。

 己の父というものを知りすぎていたから。


「お前がなれ、国王に。それとも代わりになるようなまともな兄弟でもいるのか?」

「――っ!」

「殿下……」

 唇を噛んで下を向くエドワードを労るように、エリアーデが馬を寄せて、彼の背に手のひらを添える。


「エドワード。お前がアイツらを救え。そのために善き王になれ。……神に使わされた勇者が命ずる。見ろ、真実を知れ、そして学べ。自分の国の本当の姿を見て、必要なことを学ぶんだ。そのために俺はお前達を連れ出した」


 ――芝居がかりすぎかな。しかもお節介だよな。

 大層芝居じみたセリフを述べてみせながら、ユートは心の中で思う。

 だけど、腐った国に、言われるがままに道化を演じるなんてゴメンだしな。

 どうせなら、こんな勇者がいたっていいだろ。


「手を取れ、エドワード。方法を、探ろう」

 そう言って、ユートはエドワードに手を差し出す。

「殿下、最善の道を探しましょう。私も微力ながらご助力いたします」

 迷うエドワードに、エリアーデが励ますように、労るように声をかける。


 エドワードが顔をあげる。さっきまでとは別人のように、表情には決意を感じさせる厳しさがある。

 そして、エドワードは、ユートの手を取ったのだった。

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