第34話 開墾計画②

 飛竜ってすごい!

 人間は、某ゲームみたいな竜騎士みたいなかっこいい職業はなくて、竜を従える能力を持つ者はいない。

 だから、私は初めて竜に乗って空を飛んでいるの!

 多分、馬よりは早いと思う。だけれど、変に空気抵抗を受けて話もできないというほどの速度でもなく、陛下とリリスの操る飛竜が、目的の開墾地を目指して飛んでいく。


 青い空、雲は、飛竜が飛ぶ速度に追い抜かれてどんどん流れていく。

「陛下」

 私は、共に乗る陛下に声をかける。

「どうした、ユリア」

「とても、気持ちがいいです! なんて爽快な空の旅なんでしょう!」

 その圧倒的な開放感からくる感動を、陛下に言葉で伝える。


「そうか、気に入ったか?」

 背後にいて、陛下の顔は見えなくても、その声色で機嫌が良いのがわかる。

「はい!」

「じゃあ、もっと爽快にしてやろう! 舌を噛むなよ!」

 そう言って陛下が飛龍に命じると、その速度が一気に上がったのだった。


 そうして、空の旅を終えて、第一の目的地に到着する。

 まずは北の荒地だ。

 貧相な、と言っては失礼なのかも知れないが、簡素な木の杭で村である事を主張しているだけの囲いに覆われた、小さな村。その粗末な小屋から、わらわらと住人が姿を表した。

 コボルトである。

 コボルトとは、小型の犬型生物とも妖精とも言われる存在だ。

「……本当に陛下が来てくださった」

「食べ物に困っているのを解決してくれるってほんとかな?」

 彼らはヒソヒソこそこそ口々に期待と不安の入り混じった会話をしている。


「あら。みんな半信半疑ね? じゃあ、種子生成! じゃがいもと玉ねぎ!」

 すると、地面にゴロゴロと、じゃがいもが転がり、手のひらには玉ねぎの種が残った。

 なんで突然玉ねぎも出すのかって?

 実は、じゃがいもって連作ができないから、ネギ科のものと交互に育てる必要があるの。

「じゃがいも? 玉ねぎ? 食べられる?」

「お腹すいた」

 わらわらと寄ってくるコボルト達が、それらを手に取って、まじまじと眺めている。


「みんなよく聞いて〜!」

 ざわざわしていたその場がしぃんとなる。

「これは、こっちが『じゃがいも』、こっちが『玉ねぎのたね』です。『じゃがいも』は続けて育てると、育ちが悪くなるので、畑を半分に割ります!」

 一人のコボルトくんを指名し、耕した畑の中央を、木の枝で線を引いてもらった。

「はい! みんなで右はじゃがいも、左は玉ねぎのたねを植えてね〜!」

 わらわらとコボルト達が集まってきて、じゃがいもと玉ねぎの種を、区画別に植えていく。

 悪戯好きな個体が、時々逆に植えてやろうと試みるが、オディーがチョップをかまして制裁していた。


「この二つのお野菜は、痩せた土地でも育ちやすい野菜です。一回、育ててみるから、見ててね! 成長促進!」

 私が魔法をかけると、ニョキニョキと畑の上に、じゃがいもの茎と、玉ねぎの芽が伸びてきた。

「「「おおー! 育ったぞ!」」」

 コボルトが一様に驚いて歓声をあげる。何せ、今までどんな野菜を植えてもダメだったらしいのだ。

「じゃあ、収穫よ! みんな、収穫するよー! 玉ねぎに、頭がついているのは、タネをとる個体だから、残してね!」

 私の号令で、コボルド達が、わーっと畑の中へ駆け込んでいく。

「あ、引っ張ったらじゃがいもがいっぱい出てきたぞ!」

 力一杯地上に生えているじゃがいもの茎を握って引っ張って、尻餅をつくコボルト達。

「お前、引っ張る力強すぎて、土の中の根っこ切っただろ。ほら、まだ、芋が残ってるじゃないか!」

 フォローするように、兄貴分らしい子が、土を掘って、まだ残っているじゃがいもを探す。

 玉ねぎ組もわいわいと成長した玉ねぎを引き抜いている。


 ――あれ。なんか骨が捨ててある。

 私は、地面に捨ててあるゴミは何かと、近くにいたコボルトの老人に聞いてみた。

「あれは昨日食べた鳥の骨じゃ。ゴミじゃよ」

 なんと、コンソメのない世界で骨を捨てようとしているらしい!

「だめよ、これ、美味しいスープのお出汁になるのよ!」

 私は、それをかき集めて、水で綺麗に洗う。

「お鍋はある?」

 コボルトの女性に聞くと、「はっはい!」と厨房に案内された。


 鍋に洗った鶏ガラを入れて、さらにお水を追加して。コトコトと煮れば、鶏ガラスープの出来上がり。お塩を足すだけで美味しいわ。

「味見してみて」

 横で見学をしていたコボルトの女性に、小皿に取り分けたスープを少量渡す。

 もともとがゴミだったのを知っているから、女性は、かなりためらった後、意を決したように、エイッとスープを飲み込んだ。

「美味しい‼︎」

 女性の目が驚きでまんまるになる。その顔、犬っぽい外見だから可愛いわ。

 結局そのスープをベースにして、私はじゃがいもと玉ねぎのスープを作った。あとは、ふかしじゃがいもに、玉ねぎを輪切りにして焼いただけの玉ねぎステーキ、あとは、保存食として村にあった腸詰を使ったジャーマンポテトを、調理例として作って、村のみんなに振る舞った。

 調理中は、村の女性達がギャラリーになって私を囲んでいて、玉ねぎを切るときはみんなで一緒に涙を流した。

 そして、その外から、その様子を陛下達が微笑ましげに見守る。

 コボルトの男性陣は、畑を入れ違いにして、芋を植えたり種を蒔いたりしていた。


「スープも、骨がこんな美味しい材料になるなんて!」

「新しい野菜も、みんな美味しい!」

「僕は、じゃがいもがお腹がいっぱいになるから好き!」

「玉ねぎ、あまぁい!」

 みんなに味見をしてもらっているのを見守っていると、陛下が私の隣にやってきた。


「これで、この村の食糧事情は改善するな」

「そうですね。あ、そうだ、陛下」

 なんだ? と陛下が私の方を向いて見下ろしてくる。

「この村は、まだ、収穫が安定するまで時間がかかりますし、まだまだ貧しいです。だから、じゃがいもと玉ねぎの納税は、しばらく保留にしてあげてくれませんか?」

 私が、陛下に懇願する言葉を耳にして、食事を食べる手を止めて、グリンとみんながこちらを向く。


 すると、陛下が優しげにすうっと瞳を細める。

「ユリアは優しいな。確かにこの村は、今まで十分に食料にすらありつけなかったから、貧しい」

 そういうと、私の手を取って、その手を皆に向かって掲げて見せる。

「我が魔王の婚約者にして、聖女であるユリアの願いだ! 今後三年間はこの村は納税を免除する! そして、食べて余った収穫物は、自由に他の街や村に売買して構わんし、王宮に購入希望を出しても構わん!」

 陛下が、村の隅々にまで聞こえるよう、高らかに宣言をする。

 わぁぁっ!と村が歓喜の声で沸いたのは言うまでもない。

 あ、そうそう。コボルトは、コボルトであって、『犬』じゃないから、玉ねぎは大丈夫らしい、とオディーに教えてもらった。あと、『犬』って呼ぶと怒るってこともね。


 そして夜。

 私はふと思いついた。そう言えば毎晩ヒールしてたけど、豊作の魔法もかけちゃおっと。そうしたら、今年はコボルトくん達は大豊作で大喜びよね!

「エリアヒール! 緑の豊穣!」

 そうして、私は気持ちよく寝具に入るのだった。

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