第33話 開墾計画①

 賑やかに昼食と、食後のデザートまで終わった後、私と陛下は約束どおり東屋で二人きりで話をすることになった。

「アタシたちもじゃー!」

 と叫ぶリリスとオディーは、ルリと彼女が呼んだアドラメレクに阻止されて、魔王城でお留守番中だ。


 陛下に片手を差し出されて、その手に私の手を重ねて、東屋まで並んで歩いていく。

 当初せっかちな歩き方をされていた陛下は、今は私の歩く速度を把握済みで、私が遅れをとって慌てて後を小走りで追いかける必要も無くなった。

 二人の間に会話がなくても、その沈黙さえ愛おしい。


 ――隣で寄り添っているだけで、こんなにも安心できるなんて。

 陛下は、約束して下さったとおり、ゆっくりと二人の関係を進めてくださる。私は、安心して陛下に心を委ねることができていた。


 そうしているうちに、東屋について、陛下と並んで腰を下ろす。

「開墾の件だがな」

「はい」

 私は、膝を少し斜めにして、陛下の方へ向くように座る角度を変える。

「ユリアが薦めてくれた種芋を植えられるように、畑を耕すよう指示していてな。ようやく、ある程度の規模の畑が出来上がったという報告が上がってきたんだ」

 言われてみれば確かに、『痩せた土地』として遺棄されてきたのであれば、それなりに土地だって荒れていただろう。畑に変えるのにはそれなりに時間がかかるはずだ。

「なるほど。それで、お話を伺ってから、間があったんですね」

 私は、約束を忘れられたわけではないのだと、ホッとした。


「ユリア、其方は魔王城から外に出たことがないな?」

「……はい」

 何を急におっしゃるのだろうと、私は不思議に思い、首を傾げる。

「開墾地に、一緒に行かないか? 飛竜に乗って、空の旅だ。興味はないか?」

「空の旅! 素敵だわ!」

 陛下の提案に、私は、興奮して、つい、陛下の手を取ってしまった。

「あっ」

 私は、その、陛下の両手を包んだ自分の両手を見下ろして、真っ赤に赤面する。

 は、はしたない。

 私は、パッとその手を解放する。


「積極的にきてくれるのも歓迎するぞ? 何せ、婚約している間柄なんだからな」

 そう言って陛下は少し意地悪げにニヤリと笑うと、逃れた私の手の片方を掬い取って、手の甲にキスをする。

 そして、ぐいっと不意に引き寄せられて、私は簡単に陛下の腕の中に捕らえられてしまう。

「逃げるな。ああ、そういえばこの間はキスの間に呼吸ができなかったな」

 陛下が、つい、と私の頬を手の甲で撫でながら囁く。

「……練習が、必要だな」

 陛下が耳元に顔を寄せて囁くと、正面に戻ってきて、私の唇を優しく奪う。

何度も啄むように口付けを繰り返される。

「ん……、は」

 そのうち、呼吸をするタイミングがなんとなくわかってきた。重ねた唇を離して、小さく息を吸う。そして、離れた唇が寂しくて、吐く息と共に、再び唇を重ねる。

「……いい子だ」

 陛下は、満足そうに笑みを浮かべていた。


 ◆


 そして、開墾地へ向かう日がやってきた。

 飛竜が、赤と黒の二匹。

 陛下がやっぱり眉間に皺を寄せている。

「……なぜお前たちがいる」

 陛下の隣に私。

 そして、私達の前に、リリスとオディーがなぜかいるのだ。


「アタシは陛下の四天王にして将軍じゃ。御身を守るために同行するのは当然じゃろう?」

「そしてボクはユリア様の騎士にゃん! 同行するのは当然にゃん!」

 二人(一人と一匹?)で、揃ってふんぞり返っている。

 そう、陛下と二人で出かけるということになったので、『デートと言ったらピクニック!』と思って、私が料理をしだしたのが不味かった。

 何やらこの二人がかぎつけたので、慌てて作る量を増やし、私が持っていくバスケットの大きさはひとまわりも大きくなってしまった。

 慌ててやってきたアドラメレクがリリスの元へ駆けつけてきた。

「リリスちゃん! 陛下のデートの邪魔しちゃダメだろう!」

 だが、リリスは聞く耳を持たない。ぶんぶんと首を横に振っている。

「いやじゃ。ユリアは何やら美味そうな物を作っていたのじゃ! アタシも食べたいのじゃ!」

「にゃ〜!」

 オディーまでリリスに悪ノリしている。


「……もういい、勝手についてこい。邪魔はするなよ」

 そうして、赤い飛竜に乗った陛下に手招きされる。私はそれに応じて、差し出された手に手を重ねると、軽々と引き上げられて、陛下の前に座らされる。

「行くぞ」

 黒い飛竜にはリリスとオディーが乗る。

 ふわり、と、胃のあたりに浮上するときの独特の感覚を感じた。バサリ、バサリ、と飛竜が翼をはためかせる。

「……わぁ」

 どんどん地上のものが小さくなっていく。

「あまり下を大きく覗き込んでいると、落ちるぞ」

 あんまり、下の方を見入っていたら、陛下に注意されてしまった。

「は、はいっ」

 私は体を真っ直ぐにして、姿勢を正す。すると、陛下に抱き寄せられて私の背と陛下の胸が重なる。


 ――うわーん! ドキドキするんですけどっ!


 そんな私の思いとは関係なく、一行は空へ旅立つのだった。

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