第32話 さつまいものプリン風ケーキ

 陛下は、既に陛下と聖女が婚約を交わしていることを理由に、ノインシュタット王国からの聖女返還要求は出来ないことを回答してくれた。

 懸念があるとすれば、『勇者召喚』の一報だけれど、今のところノインシュタット側に動きはないらしい。


 だから私は、今日もいつもの朝を離宮で送っている。

 朝、ルリが来てくれて、洗顔と口内を清める。

 ルリに手伝ってもらって、沢山のドレスの中から、その日の気分でドレスを選んで着替える。

 髪を整えてもらい、そして、陛下から贈られたネックレスとイヤリングを身につける。


 その間、オディーはちゃんといい子にして待っていて、それが終わると、待ってましたとばかりに、今日は何をするのか、何を食べさせてくれるのかと聞いてくるのだ。


「そういえば、食糧難の地域のことってどうなったのかしら?」

 陛下にじゃがいもとさつまいもが良いことをお伝えしたけれど、その後、お返事がなかったはず。

 それとも、私がそれぞれの料理を披露しますと約束したままにしていたせいなのかしら?

「確かに、あれ以来お話が止まっていますね。今日、陛下がいらした時にでも、お尋ねになってはいかがですか?」


 そう、婚約をしてから、陛下は午前中の政務が終わると、昼食を共に摂りに、離宮を訪ねてきてくれるようになったのだ。

 人間側からの返還要求をきっかけに、慌ただしく婚約を決めたこともあって、婚約指輪はまだ私の指には嵌っていない。宮廷鍛治師が陛下の命を受けて製作中だ。


「ユリア様、ユリア様」

 陛下のことを考えてぼうっとしていたら、ツンツン、とドレスの裾をオディーに引っ張られた。

「ユリア様は今日は何をするにゃん? ボクは美味しいものが食べたいにゃん。作ってほしいにゃん」

 今日のおねだりだったらしい。

 返事を待つオディーのふさふさしっぽは、期待からなのか、ゆらゆらと揺れている。


 そういえば、つい、じゃがいもばかりを使ってしまうから、さつまいもを使った料理……。たまには、デザートにしてみようかしら。

「今日は、さつまいもを使ったデザートにしましょうか」

 しゃがみこんでオディーの毛並みを撫でながら、提案してみる。

「デザートにゃん! じゃあ、リリスも呼ぶにゃん!」

 そう言ったかと思うと、四つ足でタタタと走っていったしまった。


「……オディーは困った子ですね。陛下とユリア様のお二人のお時間というものに、全く配慮がないのだから」

 ふう、とルリが頬に手を当てながらため息をつく。

「まあまあ。賑やかに食べるのも楽しいわ。また厨房に行きたいから、付き合ってちょうだい」

 そうして、二人で厨房に向かうのだった。


 スイートポテトもいいんだけれど、分量がわかりやすくて生クリームじゃなく牛乳で済むところも手軽で、千花時代に気に入っていたレシピだ。勿論、カボチャがあれば、カボチャでもいい。

 蒸しさつまいもを濾して滑らかにする。これは、日本だったらミキサーで良かったから楽だったのよね。そもそもあの頃は蒸さずにレンチンだったし。


 で、濾したさつまいもと牛乳を同じ重さぐらいと、鶏卵一個、小麦粉を大さじ1.5と砂糖を大さじ2(これは計量スプーンがないから似たような大きさのスプーンで代用する)。これを全部よく混ぜる(さつまいもを濾さない場合はここでミキサー)。

 と、ここは日本じゃないからミキサーはないので、さつまいもと小麦粉を混ぜてから、すこーしずつ液体のものを混ぜていって生地を緩めていく。

 そういえば、魔道具でミキサーって作れないかしら? 今度、技師さんに相談してみてもいいかもね。


 と、そうこうしているうちに、生地が均等になるので、四角い金属の焼き型に液体状の生地を流し入れる。

 これを、オーブンに入れて焼く。

 その間に、トッピング用の生クリームを氷で冷やしながらかき混ぜる。

 そうして焼き上がったら出来上がり。あ、勿論冷蔵庫で冷やしてね。

 結構簡単でしょう?

 まあ、本当は丸い型にクッキングシートを敷いて、丸いケーキにしたいところだけれど、そこは我慢。

 焼き上がった四角い焼き型から、大きい給仕用スプーンでスクープして、表面の焼き色と中の薄黄色い面がコントラストになるようにデザート皿に盛って、横に生クリームを添えてミントの葉を飾る。

 昼食後のデザートにしたいので、冷蔵庫にしまっておいてもらうことにした。


 そうして、陛下が離宮にやってくる。そして私は、慣例となった、昼の挨拶、額への口付けを受ける。

 そして、それが済むと、陛下は首の向きを変えて、中にいる者達をギロリと睨みつける。

「……なぜ、お前達がいる」

 それは、既にテーブルに着席をしているリリスとオディーに向けて、陛下から投げかけられた言葉だ。

「だってな、今日はユリアが『デザート』を作ったのじゃぞ! アタシも食べたいのじゃ!」

 そう言って、リリスがイヤイヤと首を横に振りながら、足をジタバタさせる。調子に乗ってオディーまでその仕草の真似をする。

 まずいわ、陛下のこめかみに青筋が浮かんでいるわ……!


「陛下、以前食料問題のある地域についてご相談いただいた件って、どうなっているのでしょう?」

 話題を逸らそうと、私は陛下に聞きたかった話を尋ねてみた。

「ああ、その件は内々に進めていたんだが、もう一度話をしようと思っていたんだが……」

 陛下も話そうと思っていたらしく、素直にこちらの話題に誘導されてくれた。

「では、お時間があるようでしたら、デザートの後に、二人で東屋ででも、ゆっくりお話ししてくださいませんか?」

 すると、穏やかな笑顔が陛下に戻ったのだった。

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