第二章 聖女と魔王と勇者と王子
第30話 その頃の王国サイド④
勇者として召喚されたユートと、王太子エドワードとその婚約者聖女エリアーデが対峙している。
「突然、部屋に入り込んですまなかった。俺は勇者召喚で勝手に呼ばれてきたユートという」
ユートは、警戒心あらわな二人を前にして、まずは自ら自己紹介することで、警戒心を解くきっかけを得られないか試してみた。
「……父上は、勇者召喚をしたのか……! あれの代償を知っていながら!」
そういうと、エドワードがガックリと力をなくした人形のように床に膝をつく。
「……殿下、お気を確かに」
そんな彼を慰めるように、エリアーデはしゃがんで、エドワードを抱きしめる。
――この反応は、『勇者召喚』に否定的……。まともな感覚の人間の可能性アリか。
そんな二人を、ユートは冷静に分析する。そして、『勇者召喚』をきっかけに、共通の話題として持ってはいけないか、……試すか。
「『代償』とは、死んでいたローブを着た大勢の人間達のことか? 国王と教会の偉そうなやつは、彼らの遺体を見ても、顔色も変えず、むしろ、俺を喚べたことを歓喜して、聖女を奪還してこいと言っていたぞ」
あの非道な施政者を思われる男二人の態度を、ユートはありのまま伝えてみた。
ダン!
拳で床を殴りつけるエドワード。
「そもそも、ユリアを……聖女を『いらない』と言って魔族領に人質同然に引き渡したのは我々だろう!」
――エリアーデとやらは、聖女とはいえ、ここにいる。ということは、俺が奪還しろと言われたのは今の『ユリア』とやらのことか。
――まともな情報はここで聞けそうだな。
そう、ユートは判断した。
ユートは、部屋を見回してみる。
軟禁されているとはいえ、彼らは王太子とその婚約者。十分に広く豪華な内装の部屋であり、落ち着いて話をすることができそうな応接セットも備えている。
まぁ、ユートが気になったとすれば、広いベッドがひとつしかなく、『未婚の男女をベッドがひとつしかない部屋に押し込めておいて良いのか?』という、ややお節介気味な心配だけだったが。
「なあ、王太子様。俺は、死体がゴロゴロ転がる中に召喚された。俺は人としてまともな神経をしているつもり。だから、他人の命を犠牲にしてまで召喚出来たことを喜んでいる、俺に命令をしてくる人間に懐疑的だ。あんたは、さっき『勇者召喚』に否定的な発言をしていたと思う。……話、できないかな?」
ユートは、部屋の入り口のすぐ側から、部屋の奥にいる彼らの方へ、ゆっくりと歩みを進める。
「……殿下」
聖女の方は、王太子をその気にさせようという姿勢が見えて、割と話ができそうな気がする。
ユートは、再び一歩二歩と歩み寄る。
「なあ。俺は召喚されたばかりで、何も情報がない。右も左もわからないし、何が正しく間違いなのかの判断材料もないんだ。助けてくれないか」
ユートは、そう言って、また歩を進める。
「……殿下、私達はこの国に味方はおりません。私の実家も、相手が相手です。私達を庇いだてしきれるかどうか……。勇者様に、ありのままをご相談してみても、良いのではないでしょうか」
そういうと、エリアーデの下にぽとりと涙がこぼれ落ち、床の絨毯に染みを作る。
「エリアーデ」
その涙を見て、ようやくエドワードが顔を上げ、エリアーデと顔を見合わせる。
「このまま行けば、国王陛下に異議を申し立てたことで殿下は廃嫡、私も聖女として使い潰されるか、放逐されるかもしれません」
「……そう、だな」
エドワードは、父王と枢機卿の専横状態のこの国の国政を、間近で見て知っている。
エリアーデの言う事も、遠くない未来、起こり得る事態なのかもしれない。
所詮王太子と言えど、あの父にとって子は駒であり、その駒は一つではない。チェスの壊れた駒のように、あっさり取り替えられても、何ら不思議はないのだ。
「……話をしよう。勇者ユート殿。そして、出来れば、我々を助けてはくれないか」
ようやく、エドワードの心が開き、対話をする準備が整ったのだった。
三人は応接セットのソファに腰を下ろす。エドワードとエリアーデが並んで座り、それに向かい合う形でユートが座る。
「今の事態は、当時の私の婚約者聖女ユリアと、婚約破棄をするよう王と枢機卿に命じられ、私がそれを何も疑わずに実行した事から始まった」
――なんか、それもテンプレじゃね? まさかその聖女も転移者か転生者だったり?
ユートは、話が始まると同時に、無意識にため息が漏れたのだった。
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