第28話 勇者召喚の一報

「勇者が召喚されただと⁉︎」

 その報が入ってから、魔王城は騒然としていた。

 速報を持ち込んだのは、四天王の残る一人、諜報と暗躍を得意とする、ベルゼブブだった。

 彼が配下としている多数の蠅を使い魔として使い、彼らをありとあらゆるところに忍び込ませ、情報を得てくるのだ。

 ああ、彼自身は蠅の外見じゃないから、見た目的には大丈夫らしいわ。


 その、『勇者が召喚された』という噂話は、城内に瞬く間に広がって、離宮の私の耳にも入ってきた。

 情報の主は、リリスだ。

 今は、試作品として作ったポテトチップスとおさつチップスを、おやつにつまみながら、オディーとルリとリリスと私、四人でおしゃべりをしていた。


「これ、特にポテトチップスがクセになるのじゃ」

 リリスがポテトチップスを摘む手がなかなか止まらない。

「私はおさつチップスの甘さと塩気のバランスがたまりません!」

 ルリはおさつチップス派のようだ。

 オディーは最初にこっちだ! と宣言したとおりに、ポテトチップスをパリパリと無心にかじっている。うーん、君の綺麗な長毛の口周りの毛に、ポテチのかけらがいっぱいついちゃってるよ。


 まあ、ポテトチップスから話を戻して。

 ――うーん。『勇者召喚』っていったら、やっぱり日本人なのかしら?(もしくはジャパニーズラノベ大好きな日本人以外の人)


「ねえ、リリス。勇者ってどんな外見なのか知っている?」

「ベルゼブブに聞いたら、黒髪黒目の黒い半袖の上着に労働者が着るような長パンツじゃったと言ってたぞ?」


 ――それ、黒いTシャツとジーパンっぽいし、日本人のような気がする。


「どうもな、人間どもは、其方、ユリアの奪還を狙っているらしいのじゃ」

 ポテトチップスを摘んだ手で、そのままポテトチップスで指差し(?)された。

「私ですか? いらないっていって、こちらに送ったのでは?」

 突然勇者の話題の矛先が、自分に向かってきたので、驚いて、ポテトチップスを摘もうとした手が止まる。


「その話だったら、我々も加わろう」

 そう言って、不意に現れたのは、ブルーグレーのツンツンと尖った短髪と、同色の瞳を持った、黒いスーツを着た二十五歳くらいの男性だった。

「これ、ベルゼブブ。女子の部屋に勝手に忍び込むのはマナー違反じゃろ」

 そう言って現れた男性を叱りつけているリリスを横目に、ルリは席を立って、部屋のドアを開けに行った。すると、ドア向こうには、陛下とアドラメレクにアスタロトがいた。


 もともとが、陛下のお母様がお住まいだったと言うこともあって、離宮の接客ソファはかなり大きめで余裕がある。皆さんに腰を下ろしてもらって、皆で事態を話し合うことになった。


「なんでも、人の世界にいるもう一人の聖女は、国全体に結界を張るほどの力はなく、彼方の上位陣は、彼女では使い物にならないと判断したらしい。そこで、思いついたのが、貴女、ユリア様の奪還です」

 ベルゼブブがノインシュタットを偵察してきた内容を口にする。

「……いらないから捨てられて、今更戻れとか、……ちょっとあり得ないかな」

 思わず、言葉を選ばずに千花の言葉混じりの本音が口をついてでた。

 膝に置いてあった手を思わず拳にして、怒りで小さく震える。

 隣に座る陛下がそれに気がついて、そっと私の拳の上に手を添えた。その手の温もりに、あまりに理不尽な扱いに対する怒りが、ふっと緩み、私の手の震えがおさまった。


「ユリアの言うとおりじゃ。ユリア、其方はここでの生活、満更でもないんじゃろ? ああ、そうそう。アタシはユリアの作る美味しいものが食べられなくなったら困るのじゃ! な、オディー?」

 リリスがそう言って、オディーにおいでをすると、オディーはそれに応えるように、リリスの膝の上に座る。

「ボクはユリア様がこの城からいなくなるなんて、耐えられないにゃ! 大切な主人なんだからにゃ!」

 オディーが、うるうるした金の目で、私をじっと見つめる。

「……ありがとう、リリスも、オディーも。それに、……陛下も」

 陛下の手はまだ、私の不安を少しでも和らげようとするかのように、まだ私の手の上に重ねられていた。そして、リリスとオディーの言葉。私は、『大切にされている』という実感に、なんだか目頭が熱くなってしまった。


 そんな時、アドラメレクが口を開いた。

「返せと言われて、いまさら返す義理も何もございませんが、一つ申し上げますと、拒否するための理由がいささか弱いのです」

「そうねえ。ユリアちゃんがただの人質だと言うのであれば、どうしても返さないと言う理由に乏しいわねえ」

 アドラメレクの言葉に後追いをするように、アスタロトがニヤリと笑みを浮かべた。


「……理由、か」

 ぽつりと、陛下が言葉をこぼす。

「ユリア、少し、時間をもらえないか?」

 そうして手を取られて、私は陛下と二人で庭に出ることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る