第26話 その頃の王国サイド②

 ノインシュタットの王子エドワードは、彼の婚約者であり、この国の新聖女であるエリアーデの部屋に見舞いに来ていた。


 エリアーデは、魔力枯渇した状態でこんこんと眠りについたままだった。

 先日、エリアーデが国全体にバリアを張ることを枢機卿に求められ、それを行使しようとしたものの、必要魔力量が彼女の最大魔力量を上回っており、彼女は魔法を行使することもできずに、倒れたのである。

 その時、その場に立ち会った彼、エドワードは、この国での『聖女』というものの扱いに疑問を、生まれて初めて持ち、国と教会のことを調べてみることにしたのだ。


 そして判明したことは、彼の前の婚約者であったユリアは、彼の知らないところで、日々この国全体をバリアで覆うという大魔法を行使し、維持し続けることを強要され、魔力枯渇の状態になっていたのだと知った。


 ――そして、その引導を渡したのは、俺自身か。

 彼は、自嘲気味に苦笑いをする。

 なんて愚かで労りの心もない冷たい男だ。きっと俺は、ユリアにとって最低の婚約者だったのだろう。

 エリアーデのことは愛しているから、解消した婚約を元に戻すことは、申し訳ないが、ないと思っている。

 だがそれでも、どこかで謝罪できるものならユリアに謝罪したい。そして、勝手な願いかもしれないが、行った先で幸せであって欲しい、そう、今では思っていた。


 そして、もう一つの願い。それは、せめて、今の婚約者であるエリアーデだけでも、国王おやと教会のいいようにはさせたくないということだった。そもそも父と教会は、傲慢にも聖女を使い捨てることを当たり前だと思っている。

 そして、エリアーデについてあの二人は、彼女の能力がユリアに及ばないことをもって、『無能』呼ばわりし出している。

 この状況下で、どうしたら彼女を守れるのだろう。


 そんなある日のこと。

「おい! 例の追い出した聖女が力を取り戻したらしい」

 そんなことを国王と枢機卿が話しているのを耳にした。

 エドワードは、聞いているのがバレないように、慌てて壁の影に身を隠した。


 なんでも、毎晩魔王領全体にエリアヒールをかけているのだという。

 エリアヒールは決して難易度の高い魔法ではないが、その範囲が異常だ。範囲が広がれば広がるほど、必要魔力量は増えていく。

 そこから推測されるのは、ユリアに、魔力が戻ったということだ。


新聖女あれは使い物にならん。いっそ、魔王領から奪い返してはどうか」


 ――は?

 エドワードは耳を疑った。

 ユリアにその希望があるのならばまだわかる。

 だが、『そちらにやったけど、やはり必要だったから返してくれ』とはどういうことだ。

 そして、ぎり、と拳を握りしめる。

 エリアーデが『使い物にならない』だと?

 その握った拳で壁を殴りつけたい衝動が沸き起こるが、隠れて聞いていることがバレてしまう。彼はそれをかろうじて思いとどまった。


 そんな彼を他所に、まだ二人は話し続けている。

「……魔王領に攻撃を仕掛けるとするなら、ですかな」

 枢機卿が国王に進言する。

「そうだな。『勇者召喚』。勇者しか、魔族達に対抗できる者はおらんだろう」


 ――いやいやいや。

 あれに、どれだけ犠牲が出ると思っている?

 エドワードは彼らの安易な発言に驚愕する。『異世界召喚』は確かに、世界と世界の狭間を行き交うときに、召喚されし者に大きな力を与えられる。

 だが、それには、多大な代償を要するのだ。代償は膨大な人の持つ魔力。そしてそれは根こそぎその呪術に奪われる。

 つまり、大勢の魔術士の命が奪われるのだ。


 意を決して、エドワードは王達の愚行を阻止しようと隠していた身を露わにした。

「父上! 枢機卿猊下! 勇者召喚については思いとどまりください!」

 両手を広げて彼ら二人の前に仁王立ちをし、我が身をかけてでも阻止して見せるという意思を見せつける。


「この謀反者を捕らえよ」

「で、ですが、陛下……」

 だが、彼の決死の意見に対して、彼の父親の答えは非情だった。

 そして、それを命じられた兵士たちも、自分の後継ぎの意見ですら耳を貸さずに、その命を下した自国の王の判断に躊躇する。

 結局エドワードは、父の命じた兵士に取り押さえられて、エリアーデの眠る部屋に一緒に押し込められ、軟禁されることになったのだった。

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