第24話 リリス

 私がケットシーを謎進化させたその日の午後、陛下とアスタロトさん、アドラメレクさん、そして、見た目十歳くらいの一人の少女が、早速私の離宮を訪れた。


 十歳くらいの少女は、髪は濃いピンクの髪をツインテールにして、瞳は真紅。笑うとチラリと覗く小さなキバ(八重歯?)。ツノは二本。服はいわゆるゴスロリかと見紛う真っ黒のレースたっぷりのスカートにボリュームのあるワンピース、靴底の厚いヒールという出立ちだった。

「アタシは、リリス。四天王の一人にして、魔王軍の将軍。そして、アドラメレク最愛の可愛い幼妻じゃ!」

 ビシッと私を指差しながら、仁王立ちで自己紹介をする。


「リリス……。その自己紹介の後半はおかしいよ。自分で最愛とか、可愛い幼妻なんて言わないから」

 がくりと肩を落としながら、彼女の夫であるというアドラメレクがツッコミを入れる。

「だって、正しいことじゃろう? アドラメレクはアタシと決闘して負けて、『アタシを可愛い幼妻として一生プロデュースする』という条件を飲んだんじゃから!」

「君からのおかしな逆プロポーズのセリフを、初対面のお嬢さんに暴露するんじゃない。確かに、私は君からの逆プロポーズ兼決闘に負けて夫となった身ですけどね」

 アドラメレクは、やれやれ、と両手をあげて肩を竦める。


 要約すると、アドラメレクさんとリリスさんは夫婦である。

 馴れ初めは、リリスからの逆プロポーズ(決闘)であった。

 リリスさんのお目当ては、アドラメレクさんのファッションセンスである。

 多分、思いっきり嫁の尻に敷かれている。


 ――大変そうだわ。


 と、呆けていないでご挨拶返しが必要ね。

「は、初めまして、リリス様。私はユリアと申します。よろしくお願いいたします」

 カーテシーをして、リリス様に対して礼を執る。

「あ、アタシは堅苦しいのはキライだから、リリスで良いのじゃ。とりあえず、全員で立ってるのも何じゃから、そこのソファに座って良いか?」

 リリスの言葉をきっかけにして、全員がソファに腰を下ろす。

 そして、オディーがにゃっと鳴いて部屋のどこからか走ってきて、私の膝の上に丸まった。


「それが問題のケットシーか」

 私の隣に腰を下ろすルシファー陛下が、オディーに触ろうとする。

 その気配に、オディーは金色の瞳を開けて、ちろりと陛下を一瞥すると、フシャッとしっぽを膨らませて私の膝から飛び降りて二本足で立つ。

「これは陛下。ボクはケットシーのオーディンと申しますにゃ。ユリア様に名前をいただき、ユリア様の眷属となりましたにゃ」

 ぺこり、と胸に手を添えてお辞儀をする。


「ああ、其方のことは報告を受けている。とても強力な風魔法と雷魔法を行使するらしいな」

 陛下が尋ねると、再びオディーはぺこりとお辞儀をしてから話し始める。

「ユリア様が、とある物語において『風と雷の神』の意味を持つ偉大な名前を授けてくださったので、そうなったと聞いてますにゃ」

 そこで、私はオディーの説明に補足をする。

「オディーは、私の浅い考えで大層な力を急に与えられてしまったので、どうも、魔力を上手にコントロールできないようなのです。それで、今は戻っていますが、離宮の庭を風と雷でひどく荒らしてしまって……」

 ふむ、と陛下を筆頭に四天王の三人が頷かれる。そして、三人が目配せをしてもう一度頷いた。


「オーディン。其方が眷属としてユリアの側に仕えたいというのなら、魔法訓練を受けてもらう。これは魔王としての命令だ」

「訓練、にゃ?」

 首を傾げるオディーの前に、リリスが懐から取り出した水晶玉を差し出す。

「これは魔力計じゃ。前足をこれに乗せてみよ」

 リリスがそう命じると、オディーはトコトコと二本足で歩いて行って、水晶玉の上に前足をかざす。

 すると、水晶玉の中で、濃い黄色と緑の渦が交互にぐるぐると渦巻いて見えた。

「これはすごい!宮廷魔導師の上級者にも匹敵するほどの魔力じゃ。これは訓練しがいがありそうじゃの」

 ニヤリ、と口角をあげてリリスが笑う。小さな八重歯にも見えるキバがチラリとのぞき、ピンクの艶やかな唇は弧を描く。


 ――幼くても妖艶、って両立するんだ。

 一瞬、女の私でもリリスの、幼さと色香という真逆の性質を併せ持つ笑みに、吸い込まれそうになった。

「リリスは魅了チャーム持ちだから、惑わされるなよ」

 そうおっしゃる陛下に、私は肩をくいっと引き寄せられた。

「はっ、はい」

 私は、はっと我に返る。

「陛下に睨まれたくないのでな、アタシに魅了されぬようにな。陛下との三角関係なんてゴメンなのじゃ」

 リリスはそう言って空いた手をひらひらと振って泳がす。

 そして、彼女は懐に水晶玉を仕舞い込む。

「ということで決まりじゃ。この猫は暫くアタシが預かるのじゃ。魔法のコントロール方法を仕込んだら、返すぞ」

 そう言うと、リリスがヒョイっとオディーを抱き上げて、扉を開けて出て行ってしまった。

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