第23話 ケットシーの名付け

 マヨネーズを作った翌朝、私は離宮のベッドで目を覚ました。

 ソファでは、シルバーグレーのケットシーが丸くなって眠っている。

 ケットシーは妖精というだけあって気ままなのだが、ケットシー側に気に入られた場合には、飼うことができるらしい。そして、このケットシーは、私を気に入ったようで、昨日、私が畑から離宮に戻っても離れなかった。

 そういうわけで、ルリに許可を取ってもらい、私の離宮で飼えることになった。というわけで、この子は私の部屋ですやすやと眠っているのだ。


 と、事情は置いといて。


 名前がないのは不便だわ。

 私が起き出した気配に気がついて、ケットシーも目を開ける。そして、ちらりと私を目で確認する。

「ねえ、あなたに名前はないの?」

 ケットシーにそう尋ねると、彼は首を傾げて答えた。

「ボクは、『ネームド』というほど大層な身分じゃないからにゃ。名前はないにゃん。妖精は普通そうだぞ」

 そんなことも知らないのか、とでも言いたそうな小生意気な口ぶりで答えてくる。


「でも、名前がないと不便なのよねえ……」

『ネームド』とかは意味がわからないけれど、一般常識など関係ない。私が呼ぶのに不便なのよ。

 シルバーグレーの長毛猫。一人称はボク。どうするかなあ。

 かっこいい名前で、可愛い愛称がいいわ。


「名前はオーディン、愛称はオディーでどうかしら? 私が知っている物語(異世界の神話だけどね)の中で、凄く強い風や雷を操る神様の名前よ!(白髭のお爺さんだけど)」

 そう私がケットシーに告げると、二本足で仁王立ちしたケットシーが、カッと金色の目を見開く。そして、私から魔力が彼に向かって流れ出し、彼の体が発光する。

「我がにゃはオーディン。聖女ユリア様に名を与えりゃれ、眷属とにゃりしもにょなり。我が風と雷の力をもって貴女あにゃたを守護するにゃ!」


 ――あれ?


 そこに、ちょうど私の朝の支度のためにやってきたルリが一声かけて、ドアを開ける。

 高らかに宣言したケットシー改めオディーは、四つ足で走っていくと、そのドアの隙間から走り去っていった。

 そして、外から、大きな風の音や、雷が落ちる音がする。

 あ、木が倒れた。


 ――え? どういうこと?


 入り口にいたルリは、振り返って庭の惨状を見て叫び声をあげる。

「ケットシーにはあんな力はないはずです! 何があったんですか!」

 ルリが大慌てで私に事情を聞こうとする。

「ちょっと、まずはあの子を止めなきゃ!」

 私は、まだ着替えが済んでいないので薄着だから、ひとまず羽織りものを羽織って外に飛び出した。

「オディー! 力を無闇に使ってはダメよ!」

 私が大きな声で叱ると、ゆらゆらと機嫌よく揺れていたしっぽがストンと下に下がった。心なしか、耳も少し下がっている。そして、庭の嵐が収まった。


「おいで」

 しゃがんで手招きをすると、とぼとぼと、でも素直に私の腕の中に収まったので、私はオディーを抱き留めながら立ち上がった。

「オディー。名前を付けた結果が、これですか……」

 庭の惨状にルリが呆れと驚きの入り混じった複雑な顔をしていた。


 私は、部屋に戻り、まず身支度を済ませる。そして、丸まったオディーを膝に乗せながら、ソファに座って、ルリに今朝の騒ぎの事情を話すことになった。

 ケットシーに、物語とはいえ、神の名前を付けてしまったこと、名付けたと思ったら、私からオディーに魔力が流れ込み、オディーは私の眷属になったなどと言っていたことなどを説明する。

 ルリは頭を抱えて溜息をついた。

「『言霊』というものがあります。物語とはいえ、流石に神ともなれば、その名前はとても強いものとなるのです。そして、名付けたのが類稀なるお力をお持ちのユリア様ですから、その子はあそこまでの力を見せるようになったのでしょう」

 ふう、と溜息をついてから、ルリは暫く思案げな顔をして少し沈黙する。対応を考えているようだ。


 そうして、ルリがようやく口を開く。

「まず、私はこの件を陛下と四天王の皆様にご報告してきます。暫く、その子から目を離さないでください」

 そう言って立ち上がり、一礼すると、報告をすべく離宮から出て行った。


「ごめんにゃさいなのにゃ。自分が急に強くにゃったのを感じて、嬉しくなって、ついやっちゃったにゃ」

 顔をあげて、金色の瞳をうるうるさせながら、膝にいるオディーが私を見上げてくる。

「あなただけのせいじゃないわ。私も、名前をつけるということの大切さをわかっていなかったんだもの。私の方こそ、ごめんなさいね」

 そう言って、オディーの頭をひと撫でしてやると、オディーは甘えるように顎を擦り付けてくる。

「ユリア様は優しいにゃ。ボク、いい子にするから、ユリア様の側にいたいにゃん」

 そう言って、再びすりすりと顎を私の手に擦り付けてくる。

「じゃあ、私は荒れてしまった庭を癒しに行くから、ついて来てくれるかしら?」

 すると、オディーはぴょんと膝から飛びりて二本足立ちになる。

 そうして、私は、オディーを伴いながら、雷で倒れてしまった木をパーフェクトヒールで治したり、荒れてしまった庭全体も、範囲回復を使って癒して歩いたのだった。

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