第22話 マヨネーズと小さなお客さま
私は泣き疲れて、結局その日は午前中を朝寝して過ごし、その日の昼頃にようやく起き出した。
――私は、陛下のことが好きらしい。
こう言うと他人事のようだと指摘されるかもしれないけれど、私は、自慢じゃないけれど恋愛経験がない。あ、いや、全く自慢にならないわ。
こう、小学生や中学生の頃にバレンタインのチョコを贈るかどうかと、同級生と騒ぐ程度はある。けれど、そこで終わっているのだ。ということで、贈ったこともない(とほほ)。
でも、ルリも、『ゆっくりでいい』と教えてくれたし。
――うん、悩んでいないで、気晴らしに何か作ろうかしら。
じゃがいもとさつまいもを使った料理を、陛下に試食していただくお約束をしているし、その試作品作りをしたいわね。
ん? じゃがいも。
じゃがいもと言ったら……。ポテトサラダよね。
ポテトサラダと言ったら、マヨネーズよね。
異世界転生物お約束のマヨネーズは、基本的に異世界人の胃袋を掴むわよね。
私は、厨房にお邪魔するべく、ルリと一緒に移動した。
「主な材料は卵黄、塩、酢、植物油……。あとは、ボウルと泡立て器が欲しいわ」
そう私が呟くと、私の要望を聞くべく横に控えていたハンスが「ございますよ」と、全てを調理台に揃えてくれた。
「それにしても、泡立て器が魔族領では存在することをよくご存知でしたね」
針金は鍛治師が何度も何度も叩いて金属をとても細くしなければならないので、人間の世界では超希少品。だが、魔族領には鍛治が得意なドワーフ達が大勢いる。なんでも、金属の泡立て器は、ハンスが王宮鍛治師のドワーフに頼んで生まれた、ハンス自慢の調理器具だったのだそうだ。
と、調理器具の誕生話に話が逸れたわ。
マヨネーズを作らなきゃ。
私は、ボウルの中に卵を割り入れて、塩と酢を入れる。そして綺麗にそれをかき混ぜる。
「……そうしたら、分離しないように少しずつ油を入れます、と……」
少しずつ油を混ぜて行くと、卵液の色は濃い黄色からだんだん白みがかってきて淡い黄色いもったりとしたソースになった。
ただし、日本と衛生度が違うから、酢がサルモネラ菌を殺菌してくれるまで、煮沸消毒をした瓶に保存しなければいけないかしらね。
「味見は明日ね」
その理由を説明すると、いつもの周りのギャラリー(いつ集まったのかしら?)達は、納得するとともに、がっかりしたような顔をしていた。
マヨネーズを作り終えると、私は空いた畑へやってきた。
すると、私の背面の色々なハーブが植わっているあたりから、ガサッと葉擦れの音がした。
私は、くるりと向きを変える。そして、小さな金色の瞳と目があった。
二本足で歩くネコだった。毛並みはふわふわの灰色混じりの白。大きめの体長で、シルバーグレーのラグドールって感じかしら?
「あら、ケットシーが紛れ込んでいましたね」
ルリが笑って、その、『ケットシー』とやらに、おいでおいでしている。
「おみゃえは、いつもここで面白そうなことしたり、美味しい物を作ってるにゃん。だから見にきたにゃん!」
そう言って、私を指さした。
「こらこら。ユリア様を『お前』だなんて無礼ですよ」
そう言って、ルリがヒョイっとケットシーを抱き上げて捕まえる。抱っこされている様は、まさにラグドールそのまんまだ。放せ放せと短めの手足をジタバタさせる姿が愛らしい。
「ふむ。その銀色のは、ユリアというのかにゃん。ボクはそっちがいいにゃん」
そう言って、ルリの手から逃れると、私の両腕の中に飛び込んでくる。私は慌てて落っことさないように、彼を抱き留めた。すると、ケットシーはくるくると喉を鳴らせた。
「うーん。ケットシーは、楽しいことや美味しいものに目のない、いたずらな妖精なんですよ。どうやらこの離宮に潜り込んで、覗き見だけでは満足できなくなって出てきたみたいですね」
私の腕の中でご機嫌に喉を鳴らしているケットシーを見て、ルリが笑いながら説明してくれた。
千花の知識だと、ケットシーって、短毛の黒猫で帽子を被ってブーツを履いているようなイメージがあったのだけれど……。
そんなことをルリに告げると、短毛も長毛もいるし、おしゃれ好きな個体は帽子を被る子もいるらしい。
「私は野菜を作りにきたんだけれど、お前も見ていく?」
腕の中のケットシーに尋ねると、「うみゃ」と首を縦に振った。そして、ぽんっと私の腕の中からすり抜けて地面に降りる。
「ボクは猫じゃないから野菜も食べられるぞ。美味しい野菜を作ってボクにプレゼントするといいにゃ」
お願いをするところを、なんだか偉そうに言っているのが、なんだか面白くて可愛い。彼にはバレないように、私は口元を隠して小さく笑う。
明日、ポテトサラダを作りたいので、種子生成と成長促進を使って、きゅうりとにんじんとプチトマトを作った。
「初めて見る野菜にゃん! 赤くて宝石みたいにゃん!」
ケットシーは、プチトマトに興味津々のようだ。
私は、実ったプチトマトを一個もいでハンカチでさっと拭ってから、ケットシーに差し出した。
「どうぞ」
そういうと、カプッとその小さな実にかぶりつく。
「うみゃい!」
よっぽど気に入ったのか、結局、ケットシーに何個かおねだりをされるはめになってしまった。
ちなみに、ポテトサラダって玉ねぎも入れることが多いけれど、生の玉ねぎは馴染めない人もいるだろうし、何より、横に猫っぽいケットシーがいたから、入れないことにして、作らなかった。『猫じゃない』って本人(?)は言うけれど、流石にあの見た目の子に玉ねぎは怖いよね?
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