第21話 気づいた想い

 今日は、朝一で陛下から花束が届いた。

 今度は、以前いただいた淡い色合いの合わせではなく、オレンジと黄色の組み合わせの花束だった。

 そして、陛下のサインの入ったカードが差し込まれていた。


『其方の考案したという新種のパンは美味しかった。早速、我が領に広めようと思う。ところで、今回は、私の瞳の色を基調とした花束にした。これを見て、其方が私との逢瀬の記憶と、次に、と言ってくれた約束を思い出してくれることを願う』


 ――えっ。これって……。


 そのカードに書かれたメッセージを読んだ後に、花束を見ると、真っ直ぐに見つめてしまった陛下の、あの強い眼差しを思い出し、自然と胸がドキンと高鳴った。

 それに、この文面、これじゃあまるで……。


「ユリア様? 陛下からの恋文ですか? お顔が真っ赤ですよ!」


 そう、ルリの言うとおり。まるで熱心に口説いている恋文のようだ。

「陛下って、私を花嫁にと押し付けられたのに困って、ひとまず私をここに置いてくださっているだけよね?」

 私は、ドギマギしながらも、私がここにいる理由を再確認する。

「それは、当時陛下が花嫁を迎えるどころではない多忙さだったからです。そして、私の身でそれを口にするのはおこがましいかもしれませんが、陛下は、ユリア様をとても好ましく思われていると思いますよ?」

 そういって、ルリは、まずは、贈り物の花束がダメにならないように、私の手に握られているそれをテーブルの上に置く。そして、動揺して落ち着かないでいる私の手を取って、優しく包み込んでくれた。


 でもどうしよう。私、千花の頃だって、今だって、今まで男性にこんなこと言われたことないし……!

 甘い言葉にコロリと絆されてその気になったら、軽い女と思われるだろうか。それとも、素っ気ない対応をしたら、不敬だと気を害されるのだろうか。


「どうしよう。私、殿方とこういう交流をした経験がないの。……対応を間違えて、陛下に不快な思いをさせてしまったら、……怖いわ」

 ルリに包み込んでもらっている、私の手が小さく震える。


 怖い。

 何が怖いのだろう。

 どうして怖いのだろう。


「ユリア様、落ち着いてください。何がそんなに恐ろしく感じるのでしょう? ルリにお聞かせ願えませんか?」

 目線の高さを合わせて、ルリが優しく尋ねてくれる。そして、両手を包み込んだまま、ゆっくりと私をソファまで誘導して、座らせてくれた。ルリも隣に座って、向かい合うように斜めに体を私に向ける。

「陛下のご不興を買って、お叱りを受けることが怖いのですか?……魔王たる陛下が恐ろしいのですか?」

 ルリが尋ねてくるけれど、それは違う。私は、それにはふるふると首を横に振る。

「では、先日、陛下とお話しされたような関係を失うことは怖いですか?」

 私はコクリと頷く。そして、両の目から涙がはらはらとこぼれ落ちる。

「あ……」

 そうして、その胸の奥底から泉のように湧き出でて止まらない涙に、己の想いを知った。


 ――あのかたの、お姿を、声を、繋いだ手の温もりを思い出すだけで……。

 私は瞼を閉じて、それを理解する。

 ああ、陛下を好きになっていたんだ、と。


「私は、陛下を……」

 私がそう小さく呟くと、ルリが片手で私の肩を抱きしめて、空いた手でゆっくりと私の背を撫でてくれる。

「ユリア様。殿方を恋しいと思うお気持ちを恐れる必要はございません。でも、もし、ユリア様が怖いと思いならば、その想いは、ゆっくりゆっくりと、大切にお二人で育んで行かれれば良いのです」

 ルリが撫でてくれるその手は温かく、私の動揺する心を宥め、穏やかなものにしてくれる。

「ユリア様、今は少し感情が昂ってお疲れでしょう」

 そう言って、私の涙で濡れてしまった顔を、ルリがそっとハンカチを押し付けて吸い取ってくれる。

「少し、お休みされませんか?」

 ルリに尋ねられて、私は母親に抱かれる子供のように、こくんとただ頷いた。

 ルリは、私の肩を支えながら、ゆっくりとした足取りで、私を寝室のベッドに誘導してくれる。


 私はルリに支えられながら、ゆっくりとベッドに横になる。

「何か、心穏やかになれる香りを焚きましょうか?」

 ルリが、ベッド脇のチェストにあるアロマオイルの瓶を見繕って尋ねてくれた。

「ラベンダーが、いいわ」

 私は、そう答えて、薄い肌触りの良いシーツを被る。

 やがて、ラベンダーの優しい香りが私のもとに漂ってくる。


 とても、眠いわ。

 感情を昂らせて泣くことは、大人になっても疲れるものなのね。

 遠いどこかで、ルリが「陛下からのお花は私が生けておきますね」と言う声が聞こえる。

 でも、意識はそんなに長くは保たず、私はあっという間に眠りに落ちていくのだった。

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