第19話 ふかし芋

「え? 次の約束を取り付けた?」

 ここは、魔王の執務室。そこで、魔王ルシファーから初デートの結果を聞かされて驚いているアドラメレクだった。

「……正確には、取り付けられたと言った方が正しいかな」

 ルシファーの更なる報告に、アドラメレクはさらに目を剥いた。

「あの、恋愛慣れしていなさそうな、深窓のお嬢さんが? 女慣れしていない陛下に?」

「……お前、流石に口が過ぎないか?」

 自分のことは慣れているとはいえ、ユリアのことにまで及ぶと、ルシファーがギロッとアドラメレクをひと睨みする。

「おおこわ。恋した我が上司はユリア嬢のこととなると、軽いジョークにも過敏になられるらしい」

 アドラメレクが大袈裟に肩をすくめて見せた。


「ところでアドラメレク。私が実際に会ってみて、そのイメージで贈り物を贈るのはありだと言ったな」

 アドラメレクと戯れるのが主題ではない。次に招待されるのであれば、ぜひその時にでも贈り物をしたい物だと思っていた。

「もちろん。彼女に合いそうなドレスでも、アクセサリーでも、なんでもいいと思うよ。ただし、自分色の黒をあしらったアクセサリーは、まだ早いかな? 独占欲が強いと思われるよ」

 やはり、アドラメレクは茶々を入れずにはいられないらしい。最後に一言余計なことを言う。


 そんなアドラメレクを放っておいて、ルシファーは、脳裏にユリアの姿を思い浮かべる。

 緑の瞳ならば、エメラルド……、いや、それは少し強い。若葉色のペリドットか。あの回復したばかりの細い体では、大ぶりな石は悪目立ちするばかりか。


 ――ああ、あれがいいか。最初に贈るものとして気負い過ぎないな。


 そうして、アドラメレクに、王宮お抱えのドワーフの細工師を呼ぶよう指示したのだった。


 ◆


「まあ! ユリア様自らがお料理をお作りになっておもてなしになるんですか?」

 ルリは、離宮の主人(正確には客人なのであるが、ルリはすでに彼女が主人だと思っている)ユリアからその報告を聞いて驚いていた。貴人であるユリアが、料理ができるということだろう、まずそこに驚いた。

「この、痩せた土地でも採れる新種の芋から作れる料理を、ご賞味いただきたいのよ」

 そういって、テーブルの上に乗せている二種類の芋を手で指し示した。

「これは、どちらも蒸すだけでも食べられるわ。でも、それだけしか食べ方がわからない、と現地の人たちはそれに価値をつけて売ったりできないでしょう?」

 そして、ユリアに厨房の使用許可と、余ったエプロンがないかを問われ、ルリは新品のエプロンを探しに倉庫に走るのだった。


「アスタロトさまぁ。ユリア様は自らお料理もなされるそうです。ユリア様用のエプロンを何枚かお贈りして差し上げてください。いくら新品といえど、私どもと同じものなど、恐れ多くて」

 そんな侍女からの報告を聞いて、アスタロトはそれを受諾するとともに、新たなユリアの才能に興味を持つのだった。


「まずは、基本の蒸し芋ね。蒸し器と、鉄串はあるかしら?」

 厨房の面々は興味津々で見学している。勿論、ユリアの許可済である。

 そして、ユリアが魔法で出した水を使ってじゃがいもとさつまいもをきれいに洗っていく。

「水洗いなどされるのですか?」

 侍女や厨房の人たちが心配してくれる。

「うん、久しぶりだから、やってみたいの」

 周りのみんなは不思議そうな顔をする。だって、ユリアはそんな作業はしていない。懐かしく感じているのは千花だった私。


 そして、まな板の上で、さつまいもは適度な大きさにナイフを入れる。

 大きめの蒸し器を借りて、水と蒸し台を入れた上に、皮付きのままじゃがいもとさつまいもを並べる。

 しばらくコトコトと蒸して、様子見に鉄串をさして、火の通り具合を確認する。


 ――うん、いい感じ。


「ねえ、牛の乳の脂肪……バターはあるかしら?」

 周囲の人々に尋ねると、冷蔵庫(魔道具)から、冷えたバターケースとバターナイフを出してきてくれて、私の作業している横に置いてくれた。

 バターは、味見してみたら、無塩バターのようだ。

 最初から用意してくれていたお皿に、じゃがいもを乗せて、半分に割る。そして、その中にお塩を散らしてカットしたバターを載せる。

 すると、とろりとバターがとろけるのだ。


「「「わぁぁっ!」」」

 湯気の立つじゃがいもの割れ目に周囲から歓声が沸き立つ。

「みんなで一個しかないけれど、少しずつ味見してみて」

 すると、押すな押すなとみんなが味見をしていく。

 みんな、ハフハフと熱そうにしながらも、美味しそうに食べる。

「シンプルながら、とても美味しいです!」

「あのぺったんこの硬くて不味いパンだったら、こっちの方が美味しくないか?」

 その声を聞いて、「ああ、そうか」と思いつく。


 ――これが済んだら、パン酵母にも手を出そうかしら。


 そして、次にもう一皿。これは少し塩をまぶすだけで試食に提供した。

「甘い!」

「私、これおやつに食べたいわ!」

 確かに、ふかし芋や焼き芋は女性の大好きな食べ物よね。

 千花時代のことを思い出して、くすりと笑った。

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