第18話 種芋

「陛下、そのお手伝い、させてください!」

 私が前のめりになって申し出る。

「良いのか? 我々魔族はそなたを人質同然に預かっている身だが……」

 気遣わしげに、ルシファー様は私を労ってくださる。

「私は人質などと扱われた記憶は、この城に来てからございません。むしろ、離宮を与えられ、客人として自由に過ごさせていただき、感謝したいくらいです」

 それに……、と私は言葉を続ける。

「私は仮にも『聖女』です。誰かが飢えて苦しんでいるのを、力があるのに手を差し伸べないのは嫌なのです」

 それは本音だ。

 千花の頃には、NPO団体に寄付するくらいしか力はなかったけれど、今は、彼らの境遇を食料だけでも改善してあげられるかもしれない。


「……ありがとう。あなたの慈愛の心に感謝する」

 陛下は、ゆっくりと瞼を伏せて、軽く私に頭を下げた。

「陛下が頭を下げてはなりませんわ。早速、どんな種子があるか、出してお見せしましょう」


 そう言って、私は、両手を揃えて、その上に種子が出来るように祈る。

「種子生成、じゃがいも」

 すると、立派なじゃがいもが一つ手のひらに現れる。それを、テーブルの上において、手を空にする。

「種子生成、さつまいも」

 すると、大ぶりなさつまいもが一本手のひらに現れた。


「こちらはじゃがいもと言います。寒冷で荒れた土地でも、恵みを与えてくれるでしょう」

 丸いじゃがいもを手に取り、陛下が頷かれる。

「こちらはさつまいもと言います。通年暖かい土地でも、実を実らせることが可能です」


「陛下」

 私は、横に座る陛下に声をかける。

「まだ、お時間おありでしょうか?」

 私が、首を傾げて問うと、さらりと銀糸が私の肩から流れ落ちる。

 陛下が、それに一瞬目を奪われて目で追う。

「……っと、ああ、今日は公務はアドラメレクに任せてある。大丈夫だ」

 視線を私の方へ戻して、返事をしてくださった。


 種芋二種を持って、二人で畑へ移動する。

 そして、庭師のアランには、あえて、まだ土に肥料などを与えていない土地を教えてもらった。

 私は、アランに頼んで、種芋を間隔を空けてそれぞれ植えてもらった。

「成長促進!」

 種芋を植えた畑に私が手をかざすと、私の手のひらから緑色の細やかな光が霧のようにチラチラと輝きながら降っていく。

「アラン、芋がどうなっているか、それぞれ掘り起こしてみてもらえないかしら?」

 陛下のおそばで、そう、アランにお願いする。


「おおっ! さっきの芋がこんなに増えています!」

 アランが、まず、じゃがいもの茎を引っ張る。すると、数を増やしたじゃがいもがごろごろと土の中から姿を表した。

 そしてさつまいも。さつまいもは土の中の蔓が繋がっているので、少し切ってから、丁寧に掘り起こしてもらった。すると、1つの株から複数個のさつまいもが次から次へと出てくる。

「ユリア様! こちらも大収穫です!」

 私の横にいる陛下は、物珍しそうに、「ほう」と呟きながら、物珍しそうに鑑賞している。


「陛下、土地に合う合わないは他にも要因はあるかもしれませんが、これらはかなり逞しい植物です。きっと、痩せた土地に住まう者たちのパンの代わりとなってくれるでしょう」

 私は、陛下に向かってにっこりと微笑んだ。


「ユリア嬢、これはどうやって食べるのだ?」

 確かにそれはごもっともな質問かもしれない。


 うーん。じゃがいもの定番はふかし芋にバターとちょっぴりお塩で美味しいわよね。揚げたものも美味しい。

 そして、さつまいもは……甘煮や砂糖で甘く味付けをするものが多いけれど、貧しい村じゃやはり入手困難だよね。

「陛下、魔族領も、油や砂糖というものは貴重品でしょうか?」

 この領は私はまだ初心者なのだから、わからないことは素直に陛下に聞いてしまえばいいわ。

 すると、意外な回答が返ってきた。

「砂糖は、おばけ甜菜という、根っこの部分が二本足で巨大化した植物タイプの魔物がいてな。それを討伐ついでに砂糖が取れるので、庶民でも普通に使うことができるな。それから、油についても、植物性のものであれば、油木の実という巨大な実を実らす植物からたっぷり取れるので、困っていないな。ああ、塩も大丈夫だぞ」

「まあ! 人間の世界では砂糖や塩を巡って争うようなものですのに。魔族領は贅沢ですね!」

「まぁ、それでも主食になるものに欠けば、食うに困るし、砂糖なんかも買えないからな」

 ああ、それはそうか。貧しい人たちは贅沢品どころではないし……。


「では陛下、これらは掘り起こしてから少しおいた方が良いので、また後日、遊びにいらしてくださいませんか? これらを使った料理をご提案しましょう」

 気づくと、すっかり私たちは打ち解けていて、次回の約束までしてしまったのだった。

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