第17話 庭園デート
私は、離宮を訪ねてきてくださったルシファー陛下を、庭へ案内する。
すると、自然と二人きり感や閉塞感なんていうプレッシャーが和らいで、心持ちが穏やかになってきた。
「陛下、随分とこの辺りの庭の感じも様変わりしているでしょう?」
そう尋ねて、陛下の方を見ると、彼は穏やかな顔をして庭を眺めていた。
そして、ゆっくりと口を開かれた。
「ここは、前魔王の妃だった、母が住んでいた離宮でね。彼女が薔薇が好きだったから、庭師に薔薇は維持させていたんだよ」
それは初耳だ。そんな大切な庭を変えてしまったとしたら、とても大変なことだ。
私は慌てて、足を止めて、陛下に礼を執る。
「ユリア嬢。急にどうした」
陛下の声音に変化はない。私の慌てている理由にお気づきにならないようだ。
「ここは、陛下にとっても思い出のある大切な庭。それを、私がこのように姿を変えさせてしまいました」
私のその言葉に、陛下は、どうと言う事もないご様子で、「ああ」とだけお答えになる。
「……穏やかになった。そして、それと相反するが、賑やかになった。人も、庭も。……其方が良い方向へと導いてくれる」
そうして、礼を執って下を向いたままの私の顔前に、陛下の大きな手が差し出される。
「手を取れ、ユリア嬢。庭の案内はまだ済んでいないはずだが?」
私は、おずおずと陛下の指先に私の指先を触れさせる。
すると、思わぬ力でその手を引かれる。
――手を、握られてしまった。私と違って、大きくて、厚みがあって、温かい。
私の胸が、ドキンと高鳴った。
「この庭も良い。たくさんの薔薇達とともに、ハーブや小花たちが競うように咲き乱れて、蝶や小鳥達が誘われてくる。まるで天の園のようだ。きっと亡き母上もお喜びだろう」
陛下は、そんな私の気持ちに気づかずに満足そうに辺りを見回す。
でも、私は頬の紅潮が収まらない。
「この先に、東屋があったはずだな。立ち話もなんだし、そちらへ行くとするか」
陛下は私の手を取ったまま、東屋まで二人で歩を進めるのだった。
「そういえば、ユリア嬢は、その手で種子を作れるのだとか?」
東屋に案内され、二人で腰を下ろし、軽い談笑を交わした後、そう陛下に尋ねられた。
「あ、はい。具体的に私が想像できるものに限られますが、可能です」
話しやすい話題になったので、私はパッと顔を上げる。
すると、陛下の瞳と私の瞳が真っ直ぐ見つめ合う形になってしまった。
――綺麗で力強い黄金の瞳。長い睫毛。
その瞳の輝きは、人間の国で見ることのなかった類のもので、その異質な美しさに引き込まれそうになる。
また、ドキンと私の心臓が跳ね上がる。
◆
私はユリアの手を取った。
それは、細く繊細で、力を入れれば折れてしまいそうな。
彼女はそもそも、隣国の勝手な思惑で、あまりにも痛々しい状態で我が国に輿入れと称して送り込まれてきた。
護ってやりたいと、私の胸の奥で庇護欲が疼く。
初心すぎるのか、やや俯きがちなのは惜しいと思うが、それも何度か通えば変わってもくるだろう。
そんな時、彼女がその手で生み出すことができるという『種子』の話題を振った瞬間、パッと私の方へ顔をあげたのだ。
――繊細な銀糸の髪の冷たさを和らげる、この庭の若葉達のようなその緑の瞳。銀の長い睫毛。
そして、艶のあるほんのりと赤い、柔らかそうな唇。それが誘うように、言葉を紡ぐ度に愛らしく動くのだ。
――塞いでしまいたいと。
と、それを想像するのは、まだ早い。早鐘を打ちそうになる胸を、大きく息を吐き出して宥める。
私は、思考をもとの話題に戻そうと、頭を振った。
◆
「それで、陛下は種子のことで何かお聞きしたいことでもあるのでしょうか?」
陛下が少しぼうっとしていらっしゃるようだけれど……?
私は、陛下の返答をゆっくり待つことにした。慣れなのだろうか。意外とその沈黙も苦痛ではなくなっていることにすら、私は気づいていなかった。
そして、ようやく陛下が口をお開きになる。
「ああ、少しぼうっとしてすまなかったな。そうそう、種子のことなんだが、我らの領地は、痩せた土地が多い。だから不遇を強いている村々も多いんだ。だから、そういった痩せた土地でも実りやすいものを作り出せないかと、相談をしたかった」
なるほど、と思った。
図書館からルリが借りてきてくれた本に、建国の成り立ちが書いてあった。
まず、緑豊かな土地に人が入植し、国を興した。
その後、空いた土地に亜人と呼ばれる今の魔族領の先祖達が住み始め、力の強い魔族を王として、立国したと。
一時期は、豊かな土地を侵略しようと一部種族による侵略行為もあったようだが、今の陛下の先代様の頃に、そういった侵略行為は禁止されたと書かれていた。
魔族は、特に魔王ともなれば、その寿命千年近くととても長いから、二代続いて侵略行為が禁止されているとなると、それは人では気が遠くなるほど長い間、そういう争いは実際にはないということになる。
そして、話は戻って、痩せた土地の問題だ。
私は、日本の歴史に想いを馳せる。痩せた土地を拓くべく導入された種子といえば、北方はじゃがいも。そして、南方はさつまいもだ。
知っているとなれば、作れるはず。
この、人間など容易く蹂躙する力を持っていながらも、血で血を洗う行為を禁止する、その心優しい国の民を飢えさせたくはない。
「陛下、もしかしたら、私にお手伝いできるかもしれません」
私は、そう陛下に進言した。
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