第16話 陛下との初対面

「ねえ、ルリ。緊張するの。逃げちゃだめ?」

 私は、ドレッサーの椅子に腰を下ろしてルリに髪を整えられながら、ダメ元で聞いてみる。

「何を突然。ユリア様らしくもないですわ。……まぁ、少し子供っぽい感じで、それはそれで愛らしくてらっしゃいますけれど」

 ルリは、私の髪を編みながら、くすりと笑う。


「自信を持ってください、ユリア様」

 そういって、私はルリに、両手を添えられて優しく鏡に顔を向けさせられる。

「最初とはまるで見違えるように美しさを取り戻されましたわ。色白でキメの細かい柔らかな張りのある肌。月の女神のように美しく艶のある、上質な銀糸のようなお髪。その髪色の硬質さを和らげる、若葉のような瞳。そして内面は、賢く聡明でお優しくてらっしゃる。ユリア様に惹かれない殿方などおりません。私が保証しますわ」

 肩にそっと手を乗せて、ルリはそう言って、私を励ましてくれた。


 そんな話をしていると、離宮の私の部屋のドアがノックされた。

「ルシファーだ。前触れどおり、ユリア嬢を訪ねてきた」

 その声を聞いて、ルリがドアを開けに向かう。私も、彼を迎えるためにドアの近くまで移動した。

 ルリがドアを開けて、恭しく礼をしている。

「ようこそおいでくださいました」

 そして、私は初めて魔王陛下と対面したのであった。

 ルシファー陛下は、外見は二十五歳程度で、三つのヤギの角を持っていた。

 黒の腰まで届く長い髪に、金の瞳だ。


 ――わ。さすがに施政者だけあって、迫力があるわ。それに男性らしくも美しいかた。特に、金色の瞳が印象的ね。


 背が高く、黒のローブは金糸で編んだ平織りの紐で緩く結んでいて、その上から、黒い光沢のある生地に金糸の刺繍を豪奢に入れたローブを羽織っている。


 ――髪と瞳の色にあわせてお衣装をお作りなのかしら。

 それにしても、うん、あれね。美形のイケメンというのを絵に描いたような方だわ。

 私は若干千花が混じった感想を心の中で呟いた。


「来訪の土産に、花を持ってきた。気にいると良いのだが……」

 そう言ってルシファー陛下から手渡されたのは、白やピンク、薄紫といった淡い色合いの小花をレースでまとめ、紫色のリボンでまとめたものだった。

「可愛い……」

 私は、思わずその花に顔を寄せて、その香りを嗅ぐ。

「まだ会ったこともなかったが、あなたをイメージして庭で花を選んだんだ。今日のユリア嬢の装いにちょうど合うものでよかった。……ちょっと失礼」

 そういうと、陛下は一歩私に近づいて、花束の中から淡い紫の小花を一つ摘み出した。そして、私の緩く編んでいるサイドの髪にそれを差し込んだ。

「ああ、似合う」

 満足そうに、陛下が目を細めて私を眺める。

 その真っ直ぐ見つめる視線に、私は恥ずかしくなって顔を背けてしまった。

 だってだって、千花の時だってユリアだって、こんなふうに男性に見つめられたことなんてなかったのよ!


 ――あ、やだ、頬が熱い!


「あ、すまない。いきなり不躾だったか……」

 陛下が、弾かれたように一歩後ずさる。

「いえ、その、違うのです。……男の方にそのようにしていただくことも、褒めていただくこともなかったもので……。私が不慣れなだけなのです」

 そう言って、私は横を向いてばかりでは失礼だと思い直して、顔を正面に向けるけれど、ちらりと上目遣いで陛下を見上げた。それで精一杯だった。


 ――それ以上は、無理。恥ずかしすぎる!


 あ、嫌だ。沈黙が続く。


 ――やだ。変に汗ばんでいたりはしないかしら。


 私は、会話が続かなくなってしまったことに、心の中で落ち着かずにいた。

 ちなみに、沈黙の理由は、ルシファーはルシファーで、ユリアの初心な態度に惚け、彼もまた何も言えずに頬を染めていたからなのだが。

 その後、私達二人は、互いに頬を染めながら出入口で立ちつくしていた。


「陛下、ユリア様。お部屋で過ごされるのも素敵でしょうが、頂いた花束のご縁もあります。ユリア様、折角ですから、お庭を陛下にご案内差し上げてはどうでしょう。陛下、ユリア様のお庭はそれは花々達が美しいのですよ」

 そんな私達に、ルリが助け舟を出してくれた。

「ほう、それは是非案内してもらいたいものだ。アドラメレク達から噂では聞いていて、興味があったんだ」

「では、庭をご案内しましょう」

 ルリの助け舟に、私はほうっと息を吐く。


 ――助かったわ。


「頂いた花束は、私が生けておきましょう」

 そう申し出てくれたルリに花束を預ける。

 そうして、私と陛下は薔薇を中心としたイングリッシュガーデンの様に変わった庭に向かうのだった。

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