第9話 椿オイル作り②
だが、やはり、ハンスもアランも殻で手を切ってしまったようで、指先に血が滲んでいる。
「アラン、ハンス、ありがとう。……でも、やっぱり怪我をさせてしまったわね」
せっかく手伝ってくれた親切な二人に、怪我をさせてしまったことで、しゅんとしてしまった。あ、でもそうだ。もし私のヒールが効くのだったら……。
でも、私の前世の知識だと、お話の設定によるけれど、魔族にとってヒールは、回復ではなくて攻撃になってしまうことがあるのよね……。
確認しなきゃだめよね。
「ねえ、ルリ。私、二人の手の怪我を治してあげたいのだけれど、あなた達魔族には聖魔法のヒールは回復として有効なのかしら? 攻撃になったりしない?」
すると、集まってくれた皆が首を捻る。
「闇属性魔法の『ダークヒール』っていう、ちょっとした回復魔法なら我々にも使い手が多いですが……。『ヒール』だとどうでしょう?」
「でも、私たち魔族って、魔力に長けた亜人種であって、別に邪悪なる存在の悪魔とは違うわよね」
「だったら、ユリア様のヒールも効くかもしれないなあ」
と、口々に意見を言う。
「ユリア様、俺に、『ヒール』をかけてみてください! なあに、攻撃魔法になったとしても、ちょっとしたものくらいには耐えられます!」
ドン、と胸を叩いて、アランが申し出てくれた。
「……えっ」
どうしよう、と思って、ルリに助けを求めて視線を送る。
「大丈夫ですよ。初級魔法くらいでどうにかなるアランではありません」
私を安心させようとしてくれているのか、にっこりと笑って背を押して促してくれた。
「じゃあ……」
私は、アランの傍まで移動する。そして、その指先に手をかざした。
「ヒール」
すると、アランの傷口は端からみるみる傷がふさがっていき、やがて、血液だけを残して綺麗に消え去った。
「大丈夫ですね!」
アランが、傷の治った指先を嬉しそうに眺める。
「うーん、じゃあ、エリアヒール!」
私の体を中心に、円を描くように光が溢れ出る。そして、集まってくれたみんなを、ちょうど光が照らすように魔力を放出した。
「殻で切った傷が治った!」
手伝ってくれたハンスが叫ぶ。
「ひどくなっていた赤切れが治ったわ!」
「仕事の疲れも取れていくわね」
メイド達も口々に体調が良くなったことを教えてくれる。うん、魔族にもヒールは大丈夫みたいね。ということは、良くしてくれるみんなに、お返しできることが増えたということだわ!
「私、みんなの役に立てることがあるのね。嬉しいわ」
私が破顔したように笑顔を浮かべる。
「ユリア様は、優れたお力と知恵をお持ちの、本当に素晴らしい方ですわ!」
ルリが感極まったように両手を胸の前で手を組んで、私をキラキラとした目で見つめていた。
と、まだまだオイル作りは途中だったので、今度はみんなで厨房に移動する。
「次は、中身をすり潰すんだけれど、すり鉢ってあるかしら?」
私が尋ねると、マリアが大きめのものを取ってきてくれた。
「私がやりましょう、さあ、先ほどの種の中身を入れてください」
その言葉に、すり鉢の中に種子の中身が移される。そして、ごりごりと根気よく種を粉々にしてくれるのだった。
「今度は、これを蒸し器で五分から十分くらい蒸したいの」
「じゃあ、私がこのまま作業しましょう」
ハンスが蒸し器をコンロの上に乗せ、水を入れて蒸し網を被せる。そして、マリアが網の上に、さっき砕いた種子の中身を載せる。そして、火にかけはじめ……、蒸気が立ち込めてから、五分ちょっと蒸して火を止めた。
「そうしたら、これを布巾でぎゅーっと硬く絞るの。そうね、これは力自慢の男性にお願いしたいわ」
そう、私がお願いすると、アランが名乗りを上げる。
――最初は、人に手伝ってもらうのがスローライフなのかしらなんて思ったけれど、みんなが手伝ってくれるのって何て頼もしい上に、楽しいのかしら。
アランは、名乗りを上げただけあって、しっかり蒸し上げた種子の中身から、しっかりとオイルを絞り上げてくれる。もともとの種子の量がたくさんだったから、オイルもたくさん採れたわ!
「あとは、茶こしで少し残っているゴミを拾って完成よ!」
すると、それはマリアがささっとやってくれた。
――椿オイルの完成だわ!
「これが、とても髪に良い油なのよ。つけすぎると髪の質感が重くなるから、掌に少量垂らして、それを掌に伸ばして、髪に馴染ませるといいわ。あ、一番最初に、一番傷みやすい毛先に馴染ませてね」
私は、出来立てのオイルを掌に伸ばして、見学に来ていた髪を解く必要のない髪を纏めていない子の髪に馴染ませた。
「「「艶々だわ!」」」
その場にいる女性達が、ヘアモデルになったメイドの周りに群がる。そして、その髪の艶や、髪の毛のまとまり様を口々に褒めそやしていた。
◆
ところ変わって、ここはルシファーの執務室である。
「またか。今度は、メイド達による椿オイル作成許可の嘆願書……。なんだこれは」
ルシファーが、メイド達からの嘆願書に再び首を捻っていた。
それに、ユリアから椿オイルを受け取り、使用してみたアドラメレクとアスタロトが口を添える。
「ユリアちゃん、前の国で、髪の毛のケアをする暇もないほどこき使われていたせいで、せっかく綺麗な銀の髪が傷んじゃっててね。それを治したいって、髪に良い油を使用人達と一緒に作ったのよぉ。私にもくれたんだけれど、髪に馴染んで艶が出て、とってもいいのよ〜」
見てこの艶、と、室内の明かりが当たるようにして自慢して見せる。
「アスタロト、貴女だけじゃないでしょう。私もいただいたんですが、髪のまとまりが良くなってすごくいいんです。これ、我が領で生産しましょうよ。非常に良質な植物油です。ユリア嬢がおっしゃるには、食用にもできるそうですよ」
アドラメレクも、プレゼントされたオイルが気に入ったようで、その嘆願書の承認に積極的である。
――これは、不承認とは行くまい。
ため息をついて、ルシファーはまた一枚嘆願書を承認するのだった。
――ユリア、か。時間ができたら会ってみても良いかな。
稀有な力を持ち、誰も知り得なかった知識を有する博識な娘。ルシファーの興味が深まるのだった。
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