第8話 椿オイル作り①
「ちょっとアスタロト! 私の肌を見てよ!」
アスタロトがルシファーの執務室に立ち寄ると、すぐさまアドラメレクに捕まった。
「いやにご機嫌じゃなぁい?」
アドラメレクは、アスタロトの両手を取って、彼女を自分の近くに引き寄せる。そして、彼の頬を寄せてきてこう言うのだ。
「ユリアちゃんに、私の肌質に合う化粧水を提案してもらったんだ! それがすごく肌に合ってね。化粧ノリもいいし、化粧浮きの悩みが改善されたんだよ!」
アスタロトは近くに寄せられたアドラメレクの肌をじっと見る。
確かに、いつもより化粧が綺麗に肌にのっている。そう、肌……、毛穴が引き締まっていたから、近くで見ても化粧ノリが良いのだ。そして、彼は男性ゆえ、時間が経つとテカリが出てしまっていたが、それもない。
「目の前で、タイムとレモングラスっていうハーブを私のために、種子から創り出して、畑に蒔いて、あっという間に青々と茂らせたんだ。あれ、すごい能力じゃないか?」
アスタロトは、薔薇の化粧水をプレゼントされただけだったから、そこまでの能力とは知らなかった。
「ん? 種子を作れると言ったか?」
そこに、書類作業中のルシファーが手を止めて、顔を上げる。
「ああ、目の前で、『種子作成、タイム』とかって言うだけで、種子を創っていたよ、彼女は。ああそうだ! 彼女の庭は、それは見事な花とハーブとバラの庭になっていてね。しかも、私が見たこともないような植物も植わっていたな……」
アドラメレクは、見たことをそのまま彼の上司に答えた。
「あら? ということは……」
アスタロトが、ふ、と思いついたようで、ルシファーと顔を合わせる。
「もし、彼女が、作物の実りにくい荒地が多い魔王領でも育つような作物を知っていたら……」
「我が領の一部地域の食糧不足が解消する可能性がある、というわけか……」
一度彼女のもとを訪れてみたいと思いながらも、ルシファーは目の前の業務に忙殺されるのだったが……。
◆
そんな上層部の思いとは他所に、私は次の『女子力アップ計画』を実行したいと思っていた。
「椿オイルが欲しいわ!」
昔は、実際に実行する時間もなかったが、いろんなものを添加物なしに手作りする方法を、インターネットで調べていたのだ。まぁ、調べて夢想して満足していたというか……。
「種子生成、椿。えーっと、たくさん!」
すると、私の掌に収まり切れない量の種子が溢れ出てきて、ころころと床に転がってしまった。
「きゃあっ!」
ちょうどそんな時、ルリが私の部屋にやってきた。
「まあ! 大変」
慌てて転がった種子を拾うのを手伝ってくれようとするルリを静止して、私は彼女に別のお願い事をした。
「ルリ、これは大切な種子なんだけれど、これが全部入るような容器を持ってきてくれないかしら?」
「あ、確かに! すぐに持って参りますね」
そして、しばらくして、厨房から持ってきてくれたボウルの中に、二人で拾い集めた椿の種子を収めるのだった。
「で、これをまた植えるのですか?」
それにしても多いですね……、と彼女は首を傾げている。
「違うのよ。今度はこの種子から、良質な油をとるのよ。髪にとても良いオイルが出来るの。まずは、この殻をトンカチか何かで叩いて割って、中身を出したいのだけれど……」
そういうと、ルリは、種子を一つ摘んでみる。
「これ、とても硬いじゃないですか! ユリア様がお怪我されたら大変ですから、手の空いたメイドや男達を呼んで参ります!」
――うーん。人にやってもらうのは、スローライフなのかしら?
あと、私は怪我をしても回復魔法があるから大丈夫なのに。
ちょっと疑問も浮かんだけれど、私が怪我をしないようにと思いやってくれる心遣いは、人の世界にいた頃に与えられなかったもので、とても嬉しくて心が暖かくなった。
やがて、ルリは男女十数名を連れて戻ってきた。その中には、いつも畑仕事を請け負ってくれる庭師のアランや、厨房のハンスもいた。
「殻むきを請け負うという男衆と、作業自体に興味があるのでお手伝いしたいというメイド達を連れて参りました」
人を呼びに行ってくれるルリも優しいが、アランを筆頭にお手伝いを名乗り出てくれる人たちがこんなにいるなんて。魔族が怖いなんて思い込みだわ。みんな、こんなに優しいのだもの。
私はとても嬉しくなって、みんなに笑顔を向ける。
「ありがとう。とっても嬉しいわ。じゃあ、私が指示をするから、そのとおりに作業をお願いね」
私は、集まったそれぞれの人たちに笑顔を向けながらお願いする。
「「「はい!」」」
「まず、堅そうなこの殻を割るのは、私とハンスでやりましょう」
そう申し出てくれたのはアランだ。
力のある男性がテキパキとやってくれたおかげで、たくさんあった種子達は、あっという間に中身だけになった。
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