第7話 フローラルウォーター②
「この国の宰相を務めております、アドラメレクと申します。ユリア嬢は御在室中かな?」
ある日、私の離宮に、アドラメレク様がやって来た。
ルリが、どうするか私に尋ねてくる。
「せっかくいらしてくださったんだもの。お招きして。あと、飲みものの用意をお願いね」
そう私が答えると、ルリが頷いて、ドアを開ける。そして、その外で待っていたアドラメレクを、応接用のソファに案内した。
「ユリアと申します。アドラメレク様、お訪ねいただいて恐縮です」
礼を摂ってから、私も向かいのソファに腰掛けた。
すると、タイミングよくルリが香りの良い紅茶を出してくれる。
けど、私は腰を下ろしたまま、呆気にとられていた。
――化粧をしたド派手な孔雀男が宰相なの?
招き入れた客は、とにかく派手だった。
緩やかな癖を描くショートボブの髪は濃いエメラルド色で、同色のまつ毛は影を落とすほどに長い。片目に泣きボクロをつけた瞳は濃いサファイアのよう。弧を描く唇は女のように赤い。体にフィットした真っ白なスーツ。そして極めつけが、マントの裾一面をレースのように飾る孔雀の羽。
そして、胸もとから取り出した扇子も、孔雀の羽でできていた。
まあ、そこまでの色味を取り入れて、下品にならないのは、彼のセンスの良さなのだろうが……。
――ちょっと目に痛いかな(笑)。
「――っと、少々ぼうっとして申し訳ありません。わざわざお訪ねくださったのは、何か私にご用がおありなのでしょうか?」
はっと、気を取り直して用向きを尋ねる私の様子に、まぁ、彼としては見慣れた反応なのだろう。扇子の影でくつくつと笑いながら、私の問いに答える。
「ああ、『様』はいらないよ。ユリア嬢、君が考案した『フローラルウォーター』について、興味があってね」
そう言って、扇子を顔から取り去って、にっこり笑いかけられる。その顔は薄らとだが、化粧がされており、男性とはいえど美容に興味があるのだろう。
「ああ、なるほど。アドラメレク……さんは、男性であっても、美容にご興味がおありなんですね。でも、男性と女性では肌質が異なることも多いですし、今メイド達の間で流行りの薔薇がお肌に合うかどうかは……」
うーん、男性だと、油脂肌だったりすることも多いしね。
「そうなんだよ。試しに、アスタロトの化粧水を借りたんだけれど、私にはいまいち合わなくてね」
あ、やはりそういうことか。
「では、ご自分に合う化粧水を相談しに、私のもとへいらしてくれたということですね」
紅茶が冷めてしまいそうなので、どうぞ、と手で促しながら、確認した。
「そうなんだ。では、お言葉に甘えて」
そう言って、一口口をつける。
「そうすると、アドラメレクさんのお肌がどの様な状態かによりますね。乾燥肌ではありませんね?」
「うん、そうだね」
「そうすると、皮脂が過剰な方でしょうか? 化粧浮きが気になるとか」
「ああ、そうそう! どちらかというと、そっちかな」
なるほど。
「そうすると、やはり薔薇ではなく、別のハーブから作ったものが良さそうですね。うーん、タイムとか、レモングラスとか……。それらであれば、皮脂分泌のバランス調整をしてくれますね」
そう私が答えると、アドラメレクは悩ましげに首を捻る。
「うーん、どちらが良いか、使ってみてもいないから、判断しかねるな……」
「実際、使ってみないと相性はわかりませんから、お悩みになるのは当然ですわ。メイドの手が空いているときに、それぞれ作ってもらってみてはいかがでしょう?」
そして、ルリに、手の空いていそうなメイドがいないか、聞いてもらえるように頼んでみた。すると、少ししてから戻って来たルリから、メイドが一人、しばらく手を空けられるとの回答が返ってきた。
「でも、人手はあったとして、原料のハーブはどうするんだい?」
アドラメレクは不思議そうにしている。
それはそうだろう。普通なら、ハーブを用意してから、蒸留をするのだ。
「そこは、……もう少々、お付き合いいただけますか?」
私は、にこりと笑って、アドラメレクを、庭師のアランに作ってもらっておいた畑へと誘った。
畑へと向かう途中、アドラメレクが驚いた様に呟く。
「……ずいぶんと離宮の周りが様変わりしているね。雑多なようで、それでいて絶妙にバランスが取れている。……美しい」
アドラメレクが、離宮にもともとあった薔薇や、その周囲の様子を見て目を見張る。
そこには、新たに花が植えられたり、ハーブ類が植えられたりしていたからだ。離宮の庭は、日本語的に言えばイングリッシュガーデンの様な姿にグレードアップしていた。
アランに手伝ってもらって、土を耕し腐葉土などを足して土を整えてもらい、私が種子を創り、それを蒔いて、育成する。
「あまり見たことのない植物もあるね……」
アドラメレクは、物珍しげに庭を眺めていた。この国にはない植物も植わっているのだろう。
「私は魔法で種子を創ることができるのです。このように。……種子生成、タイム」
畑に着くと、アランが用意しておいてくれた新しい土に、その種子を撒く。
「種子生成、レモングラス」
そして、その次に場所をずらしてレモングラスの種子を撒く。
「成長促進」
私の言葉に応えるように、タイムとレモングラスは芽を出し、そして、見る見るうちに育っていく。
「……ね。これでハーブができましたわ」
呆気にとられてその様子を眺めていたアドラメレクに、私はにっこりと笑いかけた。
あとは、必要な分ハーブを摘み取って、メイドさんに渡して、フローラルウォーターを作って貰えばいいわ。
こうして、アドラメレクはオイリー肌用のフローラルウォーターを手に入れたのだった。
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