第6話 フローラルウォーター①

 そして、ようやくフローラルウォーター作りに取り掛かれる。

 私はルリに案内されて、厨房に向かった。

「おや、ルリと……」

「離宮の主のユリア様です。薔薇から化粧水をお作りになりたいとのことで、お連れしました。ユリア様、こちらは、厨房の責任者のハンスと、その手伝いのマリアです」

 離宮の主人と聞いて慌てて大袈裟にお辞儀をする彼らに、私はその必要はないと、頭を上げてくれるようにお願いする。


「薔薇とお水で化粧水を作りたいのよ。それには、蒸し器を使って『蒸留』する必要があるの。場所と道具をかしていただけないかしら?」

 私が来た理由を説明すると、ハンス達は快くその希望を受け入れてくれた、が。

「もちろんです、ユリア様。それにしても厨房で化粧水ができるなんて聞いたら、手の空いている女達はこぞって見たがるでしょう」

「確かに……」

 ルリのその最後の言葉に頷いた。

「じゃあ、見学希望者を募ってみる?」

 そうか、ここにはフローラルウォーターってないのね。

「はい! メイドの皆も喜びます!」


 そうして集まった女性のギャラリーがすごい。私の周りをぐるりと覆っている。

 私は、蒸し器の底にお水をたっぷり入れる。そして、蒸し器の穴の空いたお皿を置き、その真ん中に安定感のあるコップを載せる。そしてコップの周りにたっぷりの薔薇の花を散らす。

 そして、半円の取っ手がついていて、少し取っ手部分に向けて丸み(高さ)があるものがいいわ。その蒸し器の蓋を、『逆さ』にして蓋をする。蓋の上には、蒸気を冷やすために、たっぷり氷を載せる。溶けたら急いで氷を足すのよ。

 これで準備は完了。


 レンジに火をつけて、中のお水を沸騰させる。

 すると、半刻ほど蒸発させ続けると、お花の芳香成分を含んだフローラルウォーターが、コップに溜まるって仕組みよ。

「「「うわぁ、薔薇の香りが素敵です!」」」

 水が沸騰して、薔薇の花びらが蒸され始めると、ギャラリーの女性たちから感動の声が上がる。

 空焚きにならない様に気をつけて火を止める。そして、十分蒸気が液化するまで待って、蓋を開ける。

 すると、出来上がったフローラルウォーターの上に、少し油分が分離して浮くの。これが貴重なローズオイルってわけ!


 これを、何度か繰り返して、摘んだ花を使い切るまでフローラルウォーターを作った。

「あとは、これに少し蜂蜜を入れると殺菌効果と保湿効果が出るのよね」

 私は、出来上がったフローラルウォーターの中に、蜂蜜を分けてもらって、少量を加えた。これで、化粧水は完成!


 初回分は、化粧瓶に入れた三瓶を、私とアスタロト、ルリの分とした。アロマオイルは、私がまた別途使いたいので、これも私用。

 残りは、集まったメイド達に小瓶に分けてちょっとずつ試してもらったんだけれど、かなり評判が良かったらしい。


「こんなに簡単に、でもしっかり肌をケアできるものをお作りになれるなんて。ユリア様はすごい博識な方だわ!」

「少し分けていただいたけれど、あれ、私たちも欲しいわよね……」

「でもユリア様のお手を煩わせるのは申し訳ないわね」

「じゃあ、ユリア様達の分も含めて、私達で作る許可をいただきましょうよ!」

 メイド達を中心に、上へ嘆願が上がったんだとか。


 ◆


 ところ変わって、ここはルシファーの執務室である。

「メイド達による化粧水作成許可の嘆願書……。なんだこれは」

 ルシファーが、メイド達からの嘆願書に首を捻っていた。その書類をそばに控えるアドラメレクが覗き込む。


 そこに、ユリアから化粧水を受け取り、数日使ったアスタロトがやって来た。

「ユリアちゃんが、『フローラルウォーター』っていう、花やハーブの成分を抽出した、肌を整える効果のある化粧水を作ってね〜。それを作るところをメイド達にも見学させてくれた上に、少しずつ分けてあげたのよぉ。そうしたら、メイド達が是非自分達で作りたいって、大騒ぎ」


 そして、ルシファーとアドラメレクの顔のそばに、自分の頬を寄せる。

「ほら見て! 私にも、お世話になっているからって一瓶くれたんだけれど、毎日使っていたら肌が本当にぷりぷり調子良くて〜! 化粧のノリも良いのよ〜。ど〜ぉ? アドラメレク?」

 男性ながら美意識が高く、化粧をしているアドラメレクに、アスタロトが美肌自慢をする。


 ふふ〜ん、と自慢するアスタロトと、その効果を見て、ユリアの元に尋ねに行こうか思案し始めるアドラメレク。

 それを横目に見ながら、『この流れは止められんな』とため息をつきながら、嘆願書にサインをするルシファー。


「あ、そうだ。ユリアちゃんのことなんだけれど。なんだか、植物を自在に育てたり花を咲かせたり、不思議な力があるみたいよ?」


 聖女というだけでなく、植物を自由に育てたり、他の者の知らない『フローラルウォーター』なるものを作り出してみたり。不思議な女だな。

 ――どんな女性なんだろう?


 ルシファーにも、その心にユリアの存在が気にかかり始めるのだった。

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