第5話 緑魔法

「ところで、花摘みということでしたら、カゴが必要ですね。少々お待ちくださいね」

 そういって、いったんルリは可動式テーブルを下げながら部屋を出て行った。

 それにしても、フローラルウォーターをそれなりの量作るのなら、もう少し花が咲いていると嬉しいのだけれど……。


 と、私がそう思った時。


 ポポン!

 と薔薇の花の数が増えたのだ。


 ――え? そんなわけないよね? 見間違い?

 私は手のひらで目を擦って確認する。

 いや、確かに少し増えているわ。

 じゃあ、もう一回確かめてみよう。

「もっとたくさん薔薇の花が咲いていたらいいのに!」

 すると、ポポポポポン! とあちこちで薔薇の蕾ができ、膨らんで、たくさんの花が咲いた。


「えーーーー!」

 私は、そのおかしな状況に大きな声をあげてしまった。

「え、えっと、『ステータス』」


【ユリア・フォン・デルタ】

 聖女 LV.99

 体力:150/150   魔力:250/99999

 スキル:聖魔法、光魔法、緑魔法、水魔法、鑑定……


 この中でおかしいものは……。

『緑魔法』

 ――これか!

 そう思って、その文字をタップしてみる。すると、『緑魔法』の後に、さらに情報が展開される。

『植物を自在に操る力。種子生成、育成促進……』

 この、『育成促進』が怪しいわね……。


 やがて部屋に戻ってきたルリは、急ぎ足で帰ってきたのか、わずかに呼吸が上がっていた。

「ユリア様、大きなお声が聞こえましたが、何かございましたか?」

 心配そうに尋ねてくる。きっと、あの声に驚いて急いで来てくれたのだろう。


 ――ここの人は優しいわ。


 と、そこはあとで感動するとして、この状況をルリに説明しようかしら……。

「今まで知らなかった、植物を操る能力があったらしくて……」

 そうして、私は庭の薔薇を指差す。

「え?」

 ルリは唖然とした顔で、満開に咲き乱れる薔薇に目をまん丸にしていた。


「本当にここまでたくさんの花をつけたのを見たことがありません。びっくりです……。素晴らしいお力ですね」

 ルリは、花摘みを手伝ってくれながら、色とりどりに咲き乱れる薔薇の見目と、そのむしろくらくらするほどの芳香に、うっとりしている。


 そんな時、少し粗野とも思える男性の声がした。

「おい! ここの薔薇をこんなんにしたのはお前か!」

「アラン! 離宮の主のユリア様になんて口をきくの!」


 アランと呼ばれた、小さな二本のヤギのツノをつけた黒髪の肌の浅黒い青年が、ルリの嗜める言葉にもめげずに睨みつけてきた。服装や腰に吊るした道具類が、おそらくここの庭師なのだろうと想像させる。

「ルリ、いいの。ねえ、アラン。薔薇をたくさん咲かせたのは私よ。そして、あなたはなぜ怒っているの?」

 私を睨みつけてくるその青年に尋ねた。


「あんたが薔薇を余計に咲かせたおかげで、栄養が花ばかりにいっちまって、葉がこの有様だ。せっかく今まで俺が丹精込めて世話をしていたのに」

 そう言ってアランがつまんで見せた薔薇の葉は、確かに彼の言うとおり葉先がわずかに枯れた色になってしまっていた。


「そうか、花ばかり咲かせたら、他に栄養がいかなくなるわね……。薔薇全体にたっぷり栄養が行き渡ればいいのに。あとヒールもできたらいいわね」

 私がそう口にすると、薔薇の上にキラキラとした緑の光が輝き出し、そして、その光は薔薇の上に降り注いでいった。すると、アランが摘んでいた葉の葉先も、それ以外の葉も、綺麗な濃い緑色を取り戻していた。


「えっ」

「まぁ……」

「こりゃたまげた……」

 三者三様に驚きの声をあげる。


「あの、ユリア様……」

 その後、私は、アランに請われて、庭の調子の悪い植物たちを癒して回ることになった。

 ルリは、客人に頼み事をするなんて図々しいと苦言を呈していたが、私は構わず彼の要請に応じたのだった。結果、アランは私の熱烈なファンになっていた。

 ダメ元で、ゆくゆくは自分で花やハーブを育てたいから、畑を作ってくれないかとお願いしてみたら、どんと自分の胸を叩いて、快く引き受けてくれた。本業の合間に手がけてくれるらしい。

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