第2話 ドナドナ
――ちょっと状況を把握しよう。
思考はすっかり前世の千花のものに入れ替わっていた。
魔王への嫁入りと聞いて倒れた私の精神力は、千花の記憶を取り戻すことで図太く……、いや、げふんげふん、たくましくなったらしい。そこには恐れを抱かなくなった。
そこは、ガタガタと揺れる、狭い小部屋の中。ユリアの世界の馬車の中だった。スプリングの利いていないシンプルな作りの椅子が、揺れるたびに私に振動をダイレクトに伝えてくる。まあ、つまりは、痛いということだ。
あの国の人間は、人が気を失っている間に、勝手に馬車に押し込めたらしい。
――王子の話の流れだと、私が馬車に乗せられているのは、魔王領への輿入れのためよね。
付き添いの侍女などは与えられなかったようだ。小窓を少し開けて声をかけてみると、話しかけられた相手はギョッとしていたが、男性らしき声が状況を説明してくれた。私たち一行は、私の他には護衛の騎士数名と御者、という構成らしい。そしてまだ、魔王領には到達していない。
騎士の話によると、私は旅の間ずっと気を失っており、数日が経過しているということ。その間に、国から魔王領へ、聖女を魔王陛下の花嫁として贈るということを、伝えてあるらしい。
――いや、それってかなり一方的で、押し付けがましくない?
結婚相手なんて、愛し合ったもの同士がするもの……、と、そこでユリアの記憶で否定が入る。私の今の世界の結婚など、家によるものが全てだ。私に関してはそこに、さらに国の意思が添えられたもの。
そして、この世界の人間は魔王領に住むという魔族を勝手に恐れている。彼らからの侵略などはないものの、魔族は人に比べて遥かに強い魔法行使力を持つ。それは、上位魔族になればなるほどなのだという。そう、その力の差を恐れているのだ。
だから、私は聖女として、国全体に聖魔法による強固なバリアを張ることを職務とされ、それを維持し続けてきた。あれは私から根こそぎ魔力を奪っていくのだ。そして、最後には、そのバリアを張るたびに倒れ、やがて、その維持もできなくなった。
――あれ? 私追い出されたってことは、それ、やらなくていいんじゃない?
とりあえず、前世のような過労死コースを免れたのではないだろうか? と、図々しくなった私は、開き直ってみる。うん、千花の時の私はかなりポジティブだったはずだ。
――でも、私の後継は誰がやるんだろう? あの王子、愛しい新聖女様にやらせるのかな?
ま、もう他所様のことはいっか。
うん。父様も母様も亡くなって、既にあの国に親類縁者はいない。誰かに優しくされた記憶もないのだ。だから、どうなろうと知ったことじゃない。だって、自分たちで選んだんだから。
と、話を自分のことに戻そう。これって、いわゆる異世界転生ってやつよね?
「まさか、出ないよね〜。『ステータス』」
いや、そのまさかだった。
目の前に、青く透けるホログラムのようなステータス画面が現れたのだ。
「まじか」
思わず、私はその状況に、前世の言葉で突っ込んでいた。
馬車に誰もいなくてよかった。その時初めて、侍女などつけられなかったことに感謝した。
まあ、まさかのステータス画面が出てきたのだから、ちゃんと確認しましょうか。
【ユリア・フォン・デルタ】
聖女 LV.99
体力:150/150 魔力:50/99999
スキル:聖魔法、光魔法、緑魔法、水魔法、鑑定……
――へ?
見覚えのないスキルも色々ついていて驚いたけれど、何より驚いたのは……。
聖女のレベルと最大魔力量って、これ、カンストしてない?
そして、それに対して残った魔力50って何!
そして、しばらくそのステータス画面を眺めて、自分が『聖女の力を失った』とされた理由に思い至るのは早かった。
単純に魔法行使のしすぎで、魔力切れを起こしていただけじゃない!
そうか。この世界に、魔力を回復させるポーション(液体の薬剤ね)というものはない。魔力を回復させるのに必要なものは休息のみだ。でも私は、『国全体にバリアを張る』という極大範囲魔法を何度も繰り返し行使してきた。
それに加えて、『ヒール』と呼ばれる回復魔法の要請が教会にあれば、私はそれにも応じていた。
『ヒール』という、軽い怪我や風邪程度の病気を治す魔法なら、教会の聖職者に行使可能な者はいる。しかし、その上級魔法である『ハイヒール』や『パーフェクトヒール』、そして、個体ではなく回復対象を範囲指定にする、それらの魔法名の頭に『エリア』をつけたものになると、だんだん上級魔法となっていき、行使可能な者の人数は減っていくのだ。
少なくとも、新聖女がどうなのかは知らないが、パーフェクトヒールを使えたのはあの国に私一人しかいなかったはずだ。さらに上級魔法である、国全体を覆う『
パーフェクトヒールまでくるとすごい。先天的なものを除けば、四肢の欠損や失明すら治せるのだ。私のパーフェクトヒールは、教会でお布施一千万マニー以上と値をつけられ、上位貴族などの特権階級にしかその恩恵を与えることは叶わなかった。
ちなみに、マニーというのは通貨で、大体日本の一円=一マニーと思って貰えばいいかな。
と、ここまで状況がわかってくると、まず私がすべきことは休むこと。すなわち、寝る。
だって、私を押し付けられた魔王領側の魔族たちが、私を快く迎えるとは限らない。もしかしたら、殺されるような事態になるかもしれないのだ。その場合、頼りになるのは、私の魔法のみ。
「うん、寝よ」
将来のことについては、考えてもキリがない。それは、無用な恐怖に囚われる結果を招くぐらいだ。それは、二十九歳まで生きた千花が学んだこと。
だから、誰かに呼ばれるまで、私は魔力量回復のために、寝ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。