【WEB版】捨てられ聖女ですが、今さら戻れと言われてもお断りです!〜婚約破棄されたので、魔王城でスローライフを満喫します〜
yocco
第一章 捨てられた聖女
第1話 プロローグ
「ユリア。貴様との婚約は破棄させてもらう」
ここは王宮の広間。私は、突然大衆の面前で婚約破棄を言い渡された。相手はこの国の王子、エドワード・フォン・ノインシュタット、十五歳。私の婚約者であった男性だ。
「謹んで承ります」
私は、すでにこの日が来ることを悟っていたから、せめて、見苦しい姿だけは見せないようにしよう、その思いだけで、静かに婚約解消の申し出を素直に受け入れることにした。
私は、男爵家の一人娘として生まれ、十歳のころに、この国の聖女として認定された。それとともに、将来は五歳も年下の第一王子の婚約者に据えられた。家格は釣り合わなかったけれど、聖女という私の存在を外に逃さないため、国に縛り付けるための婚約だったのだろう。
彼が私を労わりに、教会へ来たことなど、ほとんどなかった。
そして、私は、十年間聖女として国のために働いてきた。その間に、私の後ろ盾となる家は、父母の馬車事故による死去によって既になくなってしまった。
また、十年間の聖女としての奉仕は過酷で、私の体にもともとあった聖なる魔力を、じわじわと、そして根こそぎ奪い尽くして行った。やがては、魔法を行使すると、すぐに倒れてしまうようになったのだ。
そんな頃に、「新たな聖女が認定された」というニュースが国を賑わせた。エリアーデ・フォン・ダリアス。公爵家の生まれで、まだ十五歳と若い少女。家格、年齢とも王子と釣り合いだ。聞くところによると、冷たい印象を与える私の銀髪とは対照的に、蜂蜜のような波打つ黄金色で、その容姿もとても愛らしいものだという。
「……新たに聖女に認定されたというお噂の方と、新たにご婚約をなさるのですか?」
そう問いかけた私の言葉に、エドワード殿下は忌々しげに顔を顰める。
「それを答える義務が私にあるか?」
そう言って、物理的に高い位置にある上座から、見下ろし睨めつけられる。
――しまった、図星であり、彼の癇に障ったのだろう。
「そもそもだ。二十歳という行き遅れで、後ろ盾すらない。男爵家という身分の低い生まれだがその家すらもうない。聖女だと言ってもその力はもはや枯渇しようとしている。そんな女を我が国の王妃に迎える価値がどこにある!」
私が二十歳まで結婚できなかったのは、五歳年下のあなたの成人を待たされたため。
後ろ盾がないのも、不慮の事故で父母が亡くなったせい。聖女の勤めが優先と言われ、その葬儀にも出ることは叶わなかった。その悲しい思い出を、咎められるのは、辛い。
聖女の能力が枯渇しようとしているのも、その過酷な十年間の任務を誠実に全うしたからではないか!
「――っ!」
反論をしようとして、その言葉をかろうじて喉の際で抑える。頭を垂れたその下で、きり、と私は唇を噛み締めた。
……反論したとて、利用価値のない私に待つのは、死か幽閉と言ったところか。
「そなたには、魔王領との友好の証として、かの国へ行ってもらう。魔王は結婚していないというし、輿入れという形が良いかな。行き遅れに、国が嫁ぎ先を斡旋してやるのだ。感謝するといい。力は枯れかけたとは言っても聖女。その肩書に価値はあるだろう」
ニヤリと笑って、王子は宣言する。
けれど、そこまで王子が宣言できるということは、すでに、国として国王にも、教会にも了承済みのことなのだろう。
「……そんな!」
恐ろしい魔族たちが治めると言われている魔王領。それを統べる魔王への輿入れ……。その恐怖に、私は気を失った。
――夢を見た。
私はなぜか黒髪黒目の、手入れもろくにしていない、しかも、スーツというシンプルな服を着て、パソコンを前に、日々仕事に明け暮れていた(何故それらの名前がわかるのだろう?)。
――朝から晩まで仕事漬け。それは、夢の中でも、今でも同じね。
夢だというのに、心の中で苦笑いをしたくなった。
その、立花千花という名前の私は、ある夜、いつものように最終電車で自宅の一人暮らしのアパートに帰ってきて、靴を脱いで、部屋に足を踏み入れようとした。ちょうどその時、膝に力が入らずぐらりと倒れ、そのまま視界が黒くなった。
――あれ。これって私の、記憶?
私は、ようやく目を覚ました。
そうだ、あの日私は会社帰りにフラフラに疲れて帰ってきて、玄関で倒れたじゃない!
「あれは、……死んだの? 前世ってこと?」
そうだ。千花として生きてきた二十九歳までの記憶がある。
目覚めた私には、立花千花として生きてきた、前世の記憶が戻っていた。
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