第46話 悪意の町③

「エリー!下がってっ!」


 アーベルがそう言って剣を抜いた瞬間、リーノの槍が生き物の様にアーベルに向かって伸びて来た。


 速い!


 身体を開いて辛うじて躱すが、リーノの槍がスッと引くと、再び高速でアーベルに迫ってくる。

 アーベルは剣で槍を跳ね上げると小さくステップして躱すが、リーノの槍は物凄い速さで次々とアーベルを襲い、アーベルは槍に追い立てられるようにエリーと離されてしまった。


(いったいなんで!?)


 リーノが突然襲い掛かって来た理由が分からず、ただ槍を躱し続けているアーベルの視界の隅にエリーが映り、そしてエリーの後ろからロビンが身を躍らせたのが見えた。


「エリーーー!!」


 アーベルが叫んだ瞬間、ロビンがエリーの右手を掴んで後ろに捻り上げてそのまま地面に押し倒した。


「アーベ―――うぐっ!」


 ロビンは、押し倒したエリーに馬乗りになると、エリーの口に布を押し当てて上からロープで縛り上げて、うつ伏せに組み敷いたエリーの首元に剣を当てた。


「エリーッ!!」


 アーベルは咄嗟にエリーに駆け寄ろうとするが、アーベルの横からリーノの槍が伸びてくる。


「おっと、アーベル君。彼女の首が飛ばない様にこれ以上動かない方が良いよ」

「クッ!」


 エリーの首筋に当てられた剣を見て足を止めたアーベルに、リーノの槍が向けられる。


「剣を捨てろ!」


 エリーを人質に取られたアーベルは、リーノに向けて中段に構えていた剣の柄からゆっくりと手を離した。


「ついでに腰のナイフもだ」


 アーベルはエリーをチラリと見てから腰のナイフも外して落とす。


「リーノさん!いったいこれはどういう事ですか!」

「そのまま腕を頭の後ろに組んで、ゆっくり下がれ」


 リーノはアーベルの問いに答えず、アーベルに向けた穂先を突き出してきた。

 アーベルは頭の後ろで腕を組むと、リーノの槍に追い立てられながら少しづつ後ろに下がって行く。

 リーノはアーベルを追い立てつつ、アーベルの剣の所まで来るとアーベルの剣を拾って遠くに投げ飛ばした。

 その様子を見ていたロビンはエリーの首から剣を離すと、ロープを取り出して必死に藻掻くエリーの両手を後ろ手に縛り上げ、両足首もロープで縛り上げてから軽々と肩に担ぎあげた。


「クスター、オーケーだ!」


(馬鹿が!)


 本名で呼ばれて苦虫を嚙み潰したような顔をしたリーノは、ロビンに顎で「行け」と合図を送ると、ロビンはエリーを担いだまま走り出した。


「エリー!!」

「おっと!余計な口は利くんじゃねえぞ。そのまま腹ばいになれ」


 エリーが連れ去られて行くのを見ながら、鼻先に突き付けられた槍の為に何も出来ないアーベルは、リーノの指示通りに地面に膝を付いてから腹ばいになり、リーノは腹ばいになったアーベルの右横に立つと、再びニヤリと笑った。


「どういう事ですかだっけ?知ってもしょうがねーだろお前は今から―――」


 そう言って槍をリーノは構えた。


(このままじゃエリーが!何か武器は?武器―――)


「死ぬんだからよ!」


(あった!)


 リーノの槍が振り下ろされる瞬間、アーベルは頭の後ろで組んでいた腕を解き、右手をバックパックに突っ込んで身体を捻った。


 ザシュッ


「ぐっ!!」


 振り下ろされた槍は、体を捻ったアーベルの右肩に突き刺さるが、アーベルは槍の刺さった右手をバックパックから抜くと、握りしめた矢をリーノの左足に突き立てた。


「グアァァーー!!」


 リーノは突然左足に走った痛みに声を上げると、アーベルの肩に刺さった槍を引き抜いてから再びアーベルを突き殺そうと槍を構えたが、アーベルはそのまま転がり、素早く立ち上がると後ろに飛び下がって槍の攻撃範囲から逃れ、左手でバックパックから新たな矢を抜いて構えた。


「このクソガキゃ!舐め腐ったことしやがって」


 右肩から血を流しながら自分に対峙する少年に向かって悪態を付きながらも、リーノは自分の判断に甘さがあった事は認めざるを得ない。


 予定では二人を襲う場所はもう少し人目に付きにくい場所にするはずだったが、アーベルに感づかれそうになったため急遽作戦を変更した。

 そして人目が無いとはいえ、万が一女を攫っている所を誰かに目撃されるのは不味いと思い、アーベルを殺す前に女を運ばせたが、女の前で抵抗できない状態でさっさと殺すべきだった。

 それに、リーノ―――クスターは、今まで一度も殺しをしたことが無かったことも判断に影響を及ぼしていた。


(だが、ここまでだ。あの右手じゃ剣も弓も持つことは出来ねえだろう。今度はキッチリ仕留めてやる)


 クスターはアーベルがロビン―――カストを追いかけられないように位置をゆっくりと変えながら再び槍を構えた。


 ♢♢♢


(何とかあの状態から逃げる事は出来たけど......)


 アーベルの右肩の傷は深く、動かすことが出来なかった。

 それに早く止血しないと不味いことになる。


(剣を、マルシオさんの剣を取り戻さなきゃ)


 今のアーベルの武器は矢が数本あるだけで、マルシオの剣もナイフも手元にはない。

 左手だけで剣を使えるか分からないが、武器を手に入れない事にはいつかやられてしまうだろう。


 初めての対人戦。

 最初、突然クスターが襲い掛かってきた時は咄嗟の事で状況がつかめず、また心の何処かで模擬戦かも知れないという甘えがアーベルの動きを硬くしていたが、今はクスターをはっきりと敵と認識した。


 アーベルはクスターが剣を投げ捨てた場所とクスターの位置を頭の中で確認する。

 クスターはアーベルがエリーを追いかけると見て、そっちの方向を塞ぐように位置取りをしている。


(だったら!)


 アーベルがユラリと身体を動かした。と、クスターに見えたその瞬間、七メートル程の距離を一瞬で詰めたアーベルがクスターの目の前に現れた。


 はやっ―――!!


 最初に戦った時とは別人のようなアーベルの動き。そして、てっきり逃げ出すと思っていたアーベルが真っすぐに向かってきた事にクスターは意表を突かれる。

 それでも顔面に迫ってきたアーベルの矢をギリギリで躱す。が、次の瞬間、アーベルの膝がクスターの鳩尾にめり込んでいた。


「ゲボォォォーー!!」


 胃の内容物を盛大に吐き出しながら膝を付いて倒れた為に、偶然上から降って来た矢から逃れたクスターが苦痛に歪む顔を上げたときには、アーベルはすでにクスターから離れ、マルシオの剣を握って立っていた。


(糞、が......九級のガキが何で......あんなに強えんだ?)


 アーベルの膝に全く気付けなかった事に背筋に悪寒が走り、立ち上がれずに再び逆流してきた内容物を吐き出したクスターだが、アーベルはクスターに止めを刺そうとはせず、背中を見せて走り出そうとしていた。


(俺も甘かった......コリーの言う通り無駄なリスクを負うんじゃなかったぜ......だが、ガキ!お前も甘えな。音が響くからこいつは使いたくなかったが......)


 クスターは膝を付いたまま懐から拳銃を抜くと、アーベルの背中に狙いを付けて引き金を引いた。


 パンッ!パンッ!パンッ!


 短く乾いた音がのどかな山里に三回連続して響きわたると、走り出そうとしていたアーベルがゆっくりと崩れ落ちた。


 ♢♢♢


「うーーーんっつ!!ん!」


 カストに担がれて運ばれていくエリーの視界はグラグラと揺れ、大声を上げても布を詰め込まれて塞がれた口からはくぐもった声しか出てこない。

 何とか逃れようと体を暴れさせるが、がっしりとしたカストは走りながらでもびくともしなかった。

 そのまま大きな川の土手まできたカストがその土手を下ると、一台の幌付きの馬車がエリーの目に入った。

 カストは馬車までたどり着くと、幌を捲り上げて荷台の中にエリーを放り込み、自分も荷台に乗り込むと幌を降ろして大きく息を付いた。


「はぁはぁ......上手く行ったぜ」


 薄暗い荷台の中、手足を縛られて身動きの取れないエリーを見下ろしたカストが、ニヤリと笑みを浮かべるのを見たエリーは恐怖で体が硬直してしまう。


「んんんっーーーーー!!」


 必死に悲鳴を上げるエリーを見ながらカストは別のロープを取り出した。


「喚くんじゃねぇ。慌てなくても後でたっぷりと鳴かせてやるからよ!」


 カストは、エリーの背中からバックパックを外して放り投げると、後ろ手に縛られた両手と両足をロープで結びはじめた。


「!んっーー!!」


 手足をロープで繋がれて、弓ぞりになったエリーの背骨が軋み、顔が恐怖と苦痛で歪んだ。

 だけど、心だけは負けるわけにはいかない。

 エリーは恐怖で震える弱い心を押さえつけて、カストを睨み付けた。


 そのエリーの顔を見たカストは左手でエリーの髪の毛を掴んで顔を近づけると、再びニヤリと下卑た笑いを浮かべる。


「いい表情するじゃねーか。俺は気の強い女がヒイヒイ言うのが好きなんだが、お前みたいな上玉がどんな鳴き声をあげるのか楽しみだぜ」


 濁って血走ったカストの目に間近で見つめられたエリーは、目を逸らしたい気持ちを抑えながらカストを睨みつけて必死に藻掻くが、弓ぞりに縛られて髪を掴まれたエリーは僅かに体を捩る事しかできない。

 そんなエリーを見てますます興奮したカストは、クヘヘッヘッ!っと下品な笑い声をあげると、髪を掴んでいた左手でエリーの髪の毛、そして頭をグシャグシャと乱暴にこねくり回し始めた。


「ウゥゥーーーー!!」


「さーて、お嬢ちゃんが危ないものを持っていないか、身体検査をしなきゃな」


 カストはくぐもった悲鳴を上げるエリーの頭から手を離すと、今度はエリーの頬に両手を添えて無理やり自分の方に顔を向けさせ、エリーの目を、鼻を、耳を、唇を撫でるように指を這わせる。


「!!!ーーーーーー」


 カストのゴツゴツとした汚らしい指が顔に触れた瞬間、エリーの全身が総毛立ち、これまで感じた事が無いほどの嫌悪感と恐怖が襲ってきて、再び声にならない悲鳴を上るが、カストはエリーのその様子に更に興奮した様子で、エリーの顔から細い首へとゆっくりと指を這わせ、両手でエリーの細い首を掴んで軽く締め上げる。


「ゲフォ!グエッーーー!!」


 苦しさの余りむせ返ったエリーを見て、カストは再び下品な笑い声を上げると、首から離した両手を更に下に這わせて行き、エリーの胸を服の上から乱暴に鷲掴みにして何回も執拗に揉みしだき、背中に手を回して撫で回した後に今度は下腹部を執拗に撫でまわした。


(いやっーーーー!!誰か!お父さん!お母さん!アーベルっ!!)


 エリーはぎゅっと目を瞑り、頭を振って声にならない悲鳴をあげるが、カストの両手は更に下って行き、ズボンの上からエリーの下半身をゆっくりと、そしてねちっこくたっぷりと時間を掛けて撫でまわした。

 カストは必死の形相で藻掻くエリーを見て少しは満足したのか、ようやく下半身から手を離してエリーの足に手を伸ばすと、何度か上下に撫でまわしてからエリーのブーツを脱がせた。

 そして、今更気が付いたようにエリーの腰に手を伸ばした。


「ヘヘヘッ・・・・・・危ない物を持ってんじゃねーか」


 カストはわざとらしくそう言うと、エリーの腰にあったナイフを取り上げる。

 カストの手が離れた事で、少し安堵して大きく息を付いたエリーは再び金色の双眸でカストを鋭く睨みつけるが、エリーを見下ろしてナイフを見せてきたカストは、そのエリーの瞳に更に興奮し、再び下卑た笑いを浮かべると、エリーの濃いグレーのベストの背中にナイフを当てて一気に引き裂いた。


「!!!!ーーーーーー」


「まだ検査は終わりじゃねーぞ。服の下にもあぶねーもんを隠して無いか調べないとな」

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