第31話 パレン山地

 ギルドに入りいつもの席に座る。

 いつもの酒を注文し、一口飲んでからテーブルに叩きつけるようにジョッキを置く。


 酒が美味いと思わなくなったのはいつからだろうな。


 周りの冒険者バカどもの憐れんだ視線を感じるからか?

 ―――そんなの気にしたことはねぇ。


 言う事を聞かなくなった身体に苛立っているからか?

 ―――そんなのは今更だ。


 仲間がいなくなり、こうやって一人でいるからか?

 ―――そんなのはもう慣れたさ。


 あいつがあそこに座っているからか?

 ―――だったら店を変えりゃいい。


 俺はいつの間にか空になったジョッキを置くと、くそ不味い酒をまた注文する。


 十五で冒険者になって二十四年。

 もう十分じゃねーか。もう思い残す事なんて何もないだろう。


 分かってるさ、自分でも。


 じゃあ、何で今もそこに座っているの?―――


 カウンターの向こうから俺を見つめてくるアイツの瞳に毎日問い詰められる。


 さあな......ここに座ってくそ不味い酒を煽るだけの老後。

 まあ、俺にはちょうどいいかも知れねぇな。


 そんなの嘘。私は知っているもの―――


 知ってるからってどうする。

 お前に何ができるんだ?


 また空になったジョッキを店員に渡し、くそ不味い酒を頼んだ時に、ボロボロの格好をした一人の冒険者が目に入った。


 エイミィさんだってそんなことは望んでいないわ―――


 その瞬間、無くなった左足がいまだに痛みを訴えてくる。


 エイミィの望みじゃねえ......俺の望みだ。

 俺は冒険者だ、死ぬその瞬間までな。

 じゃねぇとエイミィが死んだ意味が無くなっちまうじゃねえか。


 でも、あなたのやろうとしている事にはもっと意味がないわ。また誰かが悲しむだけ―――


 はっ!誰かって誰だ?

 俺にはもう誰もいない。何もないんだ。


 ......―――



「おい!そこの坊主っ!」


 俺は自分でも気が付かないうちに、そのボロボロの、まだあどけない顔をした冒険者に声を掛けていた。



 ♢♢♢



 オーク討伐のリクエストに出た僕とマルシオさんは、途中、数日前の大雨で道が崩れていて迂回をしたため大分時間が掛かってしまい、パレン山地の入り口の着いた頃には夕方になってしまったので、山に入るのは明日にすることにして、見晴らしの良い丘で野宿をすることになった。


 今回のリクエストを最後に、ウェントワースの町を出る事にしたのをマルシオさんにまだ話していなかった僕は、焚火を挟んで向かいに座っているマルシオさんにそれを切り出した。


「マルシオさん、僕、このリクエストが無事に終わったら町を出ます」

「......そうか」


 僕が冒険者になった理由を前に話してあったので、マルシオさんは驚かずに少し僕を見ると、ただ一言だけ呟いた。


 僕が冒険者になった理由は、目的じゃなく手段だったけど、それでもマルシオさんのお陰で冒険者や魔物について色々経験することができたし、路銀も短時間で溜める事が出来た。


「はい。マルシオさんが僕のような半人前の冒険者とパーティーを組んでくれたお陰で色々と勉強になりました。ありがとうございました」


 僕はそう言ってマルシオさんに頭を下げた。

 この先の旅で、またソロになる僕が、魔物討伐のリクエストを受ける事は多分無いと思うけど、それでもマルシオさんがこの一か月で僕に教えてくれた事は、僕の財産になったと思う。


「エンビ村だったか?」


 暫く黙っていたマルシオさんが焚火に枝を放り込むと、乾燥していない枝はパチンと大きな音を立てて爆ぜた。


「はい」


 僕はだいぶ前にエンビ村について何か知っていないか、マルシオさんやリンネさんにも聞いたんだけど、やっぱり二人共知らなかった。

「せめてお金の単位でも覚えてれば絞り込めるんだけどね」とリンネさんが言っていたけど、ほぼ自給自足の村に居た頃は、僕はお金なんか使わなかったし、父さんが偶に町に行った後にお金らしき物を持っているのを二、三回見た事があるだけだったから、それも手掛かりにならなかった。


 結局、二人の結論は、雪が積もるのは北にある二つの大陸か、南の大陸じゃないかという、ハンナさんに聞かされていたのと同じだった。


「で?北に向かうか南に向かうか決めたのか?」

「北の大陸に向かおうと思ってます」

「そうか、それがいいかもな......」


 リンネさんが言うには、南の大陸はここ数年、魔物の数が増え、しかも複数の国が戦争に明け暮れていてこの大陸から出る定期便の船も無いらしい。

 それに比べて北の大陸はプリズレン帝国という大きな国が治めていて、最近は魔物の数も減少傾向にあり、治安も安定していてこの大陸からも定期便が出ているそうだから、僕は先ず北の大陸に向かおうと思っている。


「また薬草採取か?」


 ギルドがソロ冒険者の魔物討伐リクエストに厳しい制限を設けている理由は、以前マルシオさんから聞いた。

 一つは単純に危険だから。単純に戦力が少ない事もそうだけど、今回のように僻地のリクエストだと、その道のりだけでもソロだと危険が多いからだ。

 魔物と戦う前に遭難したり、崖から転落したりして命を落とす冒険者は、今でも毎年かなりの数に上るそうだ。


 そしてもう一つは、ソロでそのまま帰って来ない冒険者が出た場合の結果確認に手間とお金が掛かるという事だ。

 戦って死んだのか、途中で行き倒れたのか、戦ったとしたら魔物をせん滅したのか、どれくらいの魔物を残して死んだのか。

 パーティーでも全滅することはままあるが、その場合でもサポーターの一人や二人位は逃げ帰ってくることが多い。が、ソロの場合、その経緯と結果が全く分からなくなってしまう。

 その為ギルドは状況確認の為に、少なくないお金を払ってそれなりの冒険者に新たな確認リクエストを依頼しなければいけなくなる。


 依頼者から討伐完了確認のオプションを受けていれば、完了後確認費用は依頼者が支払うが、結果不明の為の状況確認はギルドの責任でギルドの持ち出しとなる。

 その為、ソロ冒険者には厳しい制限が設けられているとのことだった。


 だからこの町を出れば、ソロの僕が魔物討伐のリクエストを受ける事は出来なくなる。

 いつまで続くか分からない旅だから、路銀が少なくなればまた何かのリクエストを受けながら路銀を貯めることになるだろう。


「そうですね......森に住んでいた頃、僕を育ててくれた人とよく一緒に薬草を取りに行ったんです。だから薬草採取をしている時はその時の事を思い出したりして楽しいですし......」

「そうか......お前の目的は生まれた村に帰る事だしな。無駄に危険に身を晒す事はねぇしな」


 それから暫く黙っていたマルシオさんは、また木の枝を掴んで焚火に放り込むと、急に話題を変えてきた。


「もし仮に、だ。この先、ボウズがどこかのパーティーに入ったり、誰かと組むことがあればな、その時はそいつらを信用できるかじゃなく、信頼できるかどうかで決めろ」

「信用じゃなく......信頼。ですか?」

「ああ、実力があるとか、実績があるとか、そういうことじゃねぇ。お互いにこの先も苦楽を共に出来るか、命を預けて戦う事が出来るか、自分の勘を頼りにお前自身がそれを見極めるんだ」

「自分自身で決める......」

「そうだ。本当の仲間は自分で見つけ出せ。金でも名誉でもねぇ。俺は冒険者になって大分経つが、最高の仲間に出会えて一緒に戦ってこれた事が冒険者として過ごしてきた意味であり理由だと思ってる。たまたま気が合ったから。条件が良かったから。出会いは何でもいい。が、少しでも信頼が薄れたと思ったらその時は決断しろ......過去に縛られて流されると......後悔するぞ」

「マルシオさん......」


 僕はその時のマルシオさんの言った意味は理解したつもりだったし、納得もしていた。だけどその言葉の意味が将来の僕にどう関わってくるのかなんて分からない。


「俺がお前に教えられる事はこれが最後だ」


 そう言って、午前二時の交代の時間までの見張りを僕に任せて、マルシオさんは僕に背中を向けて横になった。


 僕は、後悔という言葉を口にした時の、焚火に照らされたマルシオさんの顔に一瞬浮かんだ、悲しそうな表情が何だったのか、その事を考えていた。



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