第30話 最後のリクエスト

 倒された魔物は魔核晶という光る水晶のような物を落とす。

 魔物の種類によって大きさ、色や明るさ、魔核晶の中の模様が異なっていて、魔核晶自体には何の価値もないけど、これを拾って討伐した証明としてギルドに提出しなければ報酬が受けられない。


「ほら、あと一個だ。見つけらんねーと五千ギール損しちまうぞ」


 ゴブリンの魔核晶は小指の先程の大きさで、淡いグレーに光っていた。

 マルシオさんから魔核晶の説明を受けた僕は、雨の中、ゴブリン達の残した魔核晶を拾い集めるのに結局三十分も掛かってしまい、リエル村に戻ったのは日が暮れる頃だった。


 リエル村に戻った僕らは、村長さんに無事リクエストが完了したことを告げると、村長夫妻はホッとした様子でお礼を言ってきた。

 その後、使っていない農作業小屋を借りて一晩を明かし、(村長さんは家に泊まってくれと言ったけど、マルシオさんは固辞したし、僕は屋根があればどこでも良かった)翌朝、昨日の土砂降りが嘘のような快晴の空の下を、お昼過ぎにはウェントワースの町に戻り、その足でギルドに出向いてリクエスト完了の報告をした。


 リンネさんは僕達の顔を見るとホッとした様子で労ってくれたけど、その後マルシオさんに「無理やりこんな事して!二人共無事だったからよかったものの」と、怒り始め、マルシオさんも「事前調査ぐらいちゃんとしろ!ゴブリン相手だからって手を抜いてんじゃねー」と言い争いを始めたので、僕は二人に挟まれてオロオロするしか無かった。


 討伐報酬はゴブリン八体で合計四万ギール。

 提出した魔核晶に間違いない事が確認できれば明日にも支払われるらしい。

 ゴブリンだったら僕にも戦えることが分かったし、もし旅の途中で八級に上がるような事になったら、またゴブリン討伐のリクエストを受けてみようかな。なんて少し考えたけど、その頃にはエンビ村に帰ってるだろうし、そうであって欲しいとも思う。


「俺は酒代さえ出れば良いんだが、ま、取り決め通り折半にしよう」


 初日に取り決めた通り、マルシオさんとの折半で、僕は二日で二万ギールも稼ぐことができた。


「マルシオさん、ありがとうございました。色々勉強になりました」


 マルシオさんにお礼を言ってギルドを出ようとした時、マルシオさんに呼び止められた。


「おい、ボウズ!お前いつも何処の宿に泊まってんだ?」


 何故そんなことを聞いて来るのか分からず、言うべきか少し迷ったけど、僕が正直に野宿している事を伝えると、マルシオさんは少し呆れたような顔をし、リンネさんは驚いた様子で僕を睨みつけて来た。やっぱり野宿はルール違反だったのだろうか?


「冒険者は体が資本だ。俺が昔世話になった宿を紹介してやるから今日からそこに泊まれ。金がなけりゃ貸してやる」

「えっ!?」


 毎日野宿だと、正直どうしても疲れが抜けきれないけど、薬草採取のリクエストで旅の路銀を貯めるには無駄遣いはなるべくしたくない。

 今回のリクエスト報酬で二万ギール貰えるとは言え、ただでさえシャツとズボンを買って手持ちが一万ギール程しかない僕に、毎日宿に泊まるのは無理だ。

 マルシオさんのせっかくの好意を無下にするのも気が引けるけど......


「あの、せっかくの―――」


 僕が断ろうと口を開いた時、マルシオさんは少し僕から目を逸らしながら続けた。


「また明日から俺と一緒に魔物討伐だ!しっかり休んで体調を整えておけ」

「マルシオさん!また勝手な事言わないで下さい!!ギルドは許可できません!!」


 リンネさんはその発言に驚いてマルシオさんに食って掛かるが、マルシオさんは「ギルドじゃなくてお前が、だろ?ボウズが誰とパーティーを組もうがお前にゃ関係ねぇ」と言い返し、また言い争いが始まった。


 また魔物討伐に行ける?僕が?

 確かに魔物討伐のリクエストを受けられれば、毎日宿に泊まっても旅の路銀を貯められる。それにマルシオさんからも僕がまだまだ知らない冒険者や世の中の事を色々聞けるかもしれない。

 僕が冒険者になった理由や今後の予定も伝えなきゃいけないけど、それでも良ければ僕はまたマルシオさんとリクエストを受けてみたい。


「はい!明日から宜しくお願いします!」


 僕は言い争う二人に聞こえるように大きな声で返事を返した。



 ♢♢♢


 その後、僕は毎日のようにマルシオさんと魔物討伐リクエストを受けて一か月が過ぎた。

 初めはゴブリンがメインの十級や九級のリクエストばかりだったけど、最近はオークという魔物も討伐対象になることもある八級のリクエストも受けるようになってきた。


 旅の路銀も順調に貯まっていて、十五万ギール程になっている。

 町に居る時はマルシオさんが紹介してくれた一泊朝食付きでシャワーも無料の千六百ギールの宿に泊まっているし、ブーツも買い替える事が出来た。

 更に二週間程前には、防具もあった方が良いと言うマルシオさんに、半ば強制的に連れられて行った武器屋さんで、マルシオさんと同じような二万五千ギールもする黒い塗装の鉄の胸当ても買ってしまった。というか、買わされてしまった。


「剣の鞘も防具も、やたら派手にピカピカ光る物を身に付けたがる冒険者がいるが、あんなもの自分の居場所をわざわざ敵に知らせているようなもんだ」


 マルシオさんはそう言った後、僕が使っているこげ茶色の牛革の鞘―――ハンナさんが買ってくれた―――を見て満足そうに頷いたあと、僕の防具をその黒い胸当てに勝手に決めてしまった。


 マルシオさんはぶっきらぼうで基本的に無口だけど、冒険者や魔物討伐の事になると急にスイッチが入ったように饒舌になったりする。


「あの一本だけ高い木の形と太陽の位置をよく覚えておけ。仮に今回のリクエストで俺が死んだら、お前一人で町に戻らなきゃいけねぇ。冒険者だったらサポーターに頼らなくても、一人になっても生きて帰れるよう常に頭の中に地図を作っておけ」


「ボウズ、お前の弱点は二つだ。一つはフェイントや次の技の繋ぎで出す攻撃と、本気で仕留めに行った時の攻撃に僅かな差があることだ。動物相手だったら誤魔化せるが、魔物や人間相手じゃ見抜かれちまう事もある。もう一つは相手のフェイントに弱い事だ。こっちのフェイントに馬鹿正直に反応しちまってる。まあ、動物はフェイントなんて仕掛けて来ないから仕方ねえが、逆にフェイントに掛かった振りしてやり返すようになってみろ」


「何で焚火を焚いたか分かるか?目的はもちろん暖を取る為と湯を沸かす事だ。が、俺が焚火を焚いても大丈夫だと判断した理由を考えてみろ。野生動物は火を見ると近寄ってこねえが、魔物は逆に寄ってくることが多い。「人間がいるぞ」ってな。それを利用してわざと火を焚く事もあるし、どんなに寒かろうが我慢しなきゃいけねえ時もある。普段何気なくやっている事でもリクエストに出たら、その行動がどんな事態を引き起こすか常に考えろ」


 リクエストの最中にマルシオさんの色々な話を聞いている時、僕は時々ハンナさんと過ごした日々を思い出す。


 ハンナさんは訓練には厳しかった。

 間違っては叱られ、失敗しては怒られ、それでも僕が出来るようになるまでずっと叱ってくれて、最後に上手く出来ると褒めてくれた。

 今思えばあれはハンナさんの優しさだったんだと思う。

 大事な時に失敗して怪我をしないよう、ただ僕の事を心配してくれていたんだろう。

 それを思うと、叱ってくれたハンナさんの優しさが今更嬉しくなってくる。


 それに比べてマルシオさんは僕が失敗しても間違った行動をとっても、決して怒ったりしない。

 ただ、何でそうなったか、どうすればいいのかを淡々と説明するだけだ。

 そして一度説明したことは二度と口にしない。


 命のやり取りに二度目はない。一度言って分からなければお前が死ぬだけだ。

 冒険者とはそういう物だと言われている気がする。

 態度で示すマルシオさんの厳しさが、僕を猟師でなく、一人の冒険者として見てくれているようで嬉しかった。


 マルシオさんとそんな風に過ごす時間が何だか心地よくて、もうそろそろこの町を出なきゃいけないと思いながらいつの間にか一か月が過ぎてしまった。


 だけど僕には目的がある。路銀も十分・・・・・・とは言えないけど、暫くは生活できる程度には貯まった。


 だからもう、この町を出る事を決心しなきゃいけない。



 ♢♢♢


 僕とマルシオさんはリクエストから帰ったその足でギルドに完了報告に来ていた。

 そして、明日から受ける良いリクエストが無いか、掲示板を見て話し合っていたのだけど、あまり僕達に合ったリクエストが貼りだされてなかったので、僕は嫌がるマルシオさんを引きずってリンネさんの窓口に相談に行った。


「こりゃ駄目だ。俺の足にゃ遠すぎる」

「だったら......これはどうです?一日で済ませられる距離だし、ちょうど良いんじゃない?」

「ゴブリン相手の九級のか......場所は悪かねえが、今更って感じだ」

「はぁ......じゃあ―――」


 掲示板に貼り切れないリクエストを色々見ながら、マルシオさんとリンネさんが話し合っている。

 いつもならもうそろそろリンネさんが煮え切らないマルシオさんに切れて、言い争いになる所だ。

 とばっちりを受けない様に席を少し外そうかな。

 僕はそんな事を考えながら二人のやり取りを眺めていた。


「おっ!これなんか良いんじゃねーか?なあボウズ」


 そう言ってマルシオさんが僕に見せて来たリクエストは、オーク討伐だった。

 場所はウェントワースの町から北東にあるパレン山地。

 パレン山地だったら町から二日あれば行って帰って来られる距離だ。

 予想数は二~四体

 最低パーティーランクは七級で最低人数は二人。

 推奨パーティーランクは六級で推奨人数は二人以上。

 ギルドの事前調査済み。完了後調査なし。

 報酬はオーク一体につき一万三千ギール。


 だけど、このリクエストを見て少し気になる点がある。

 オークの予想数に対して、パーティーランクが一つ高い気がする。

 通常、オークが数体程度だったら、最低パーティーランクは八級で最低人数は三、四人ぐらいだろう。

 疑問に思った僕が特記事項を読もうとしたとき、リンネさんがそのリクエスト用紙をマルシオさんの手からスッっと取り上げた。


「駄目です!このリクエストは許可出来ません!」

「......フラッシュスワローか?」


 フラッシュスワロー?

 やけに真剣な表情でその言葉を口にしたマルシオさんに、リンネさんは頷いた。


「特記事項にある通り、調査したパーティーが発見した魔物は、数体のオークだけだったわ。だけど調査中にそのパーティーの一人が上空にキラッと光る光を見たらしいの」

「らしい?」

「ええ、ほんの一瞬だったし、見たのもその人だけだったから」

「だったら再調査すりゃ良いじゃねーか。全く金をケチりやがって。人が近寄らない山の奥で、緊急性が無いからパーティーランクを高めに設定して、後は誰かお願い、か?」


 いつもと少し違う雰囲気で言い争いを始めた二人に、僕は戸惑いながらも横から口を挟んだ。


「あの、フラッシュスワローって魔物?ですか?」

「ん?ボウズは知らねーか。フラッシュスワローはツバメによく似た鳥型の魔物だ」

「鳥型......」

「翼が刃物の様に鋭くなっててな、人間、いや光る物を見ると上空から高速で突っ込んできてその翼で切り付けてくる。一匹だけだったら七級が数人いれば問題ねぇが、奴らが一匹でいる事は殆どないな、最低でも二、三匹の群れを作っている。で、奴らが危険なのはその数だ。何匹ものフラッシュスワローに四方八方から高速で次々と切り付けられて死んでいった冒険者は数えきれねぇ......」

「そんなに危険なんですね......」


 いつもの元気もなく、マルシオさんは最後は呟くように口にすると、何故かリンネさんも俯いたまま黙ってしまった。


「......五、六匹の群れの場合、最低パーティーランクは六級で五人以上、その内壁役、タンクが最低一人は必要よ」

「そして数が増える程、その危険性が飛躍的に増えていく厄介な魔物だ」


 最低でも六級以上で当たらないといけない危険な魔物。


「だからこのリクエストは―――あっ!」


 何かを言いかけたリンネさんの手からマルシオさんがリクエスト用紙を取り上げた。


「ちょっと!だからそれは―――」

「ボウズ、今回はこいつにしよう」

「えっ!?でも......」

「何言ってるのよ!十級のアーベル君とあなたの足じゃ......マルシオ!まさか......」

「勘違いするな!そんなんじゃねぇ......そんなんじゃな」

「じゃあ、何で......」


 二人のやり取りに僕があっけに取られていると、マルシオさんは僕の方に向き直った。


「フラッシュスワローは魔物の癖に渡り鳥のような性質を持っていてな、春になると北の大陸に渡って行き、秋になって寒くなるとまた戻ってくる。このリクエストの調査が行われたのは二週間も前だ。今この時期にフラッシュスワローがパレン山地に残っている可能性はかなり低い。仮にいたとしても一、二匹程度だろう。その位なら今の俺でも何とかなるし、最悪やり過ごせばいい。まあ、見間違いの可能性も高いし、本来の目的はオークだ」

「駄目です!これは―――」

「だったら再調査しろ」

「それは......私の一存では......」

「再調査する費用をケチってランクで誤魔化すからこうなるんだ。二週間も前の情報で命を掛ける冒険者の身にもなって見ろ!オークの二、三匹倒すのにわざわざあんな山奥まで足を運ぶ六級や七級の冒険者がいるわきゃねえ」

「だけど......」

「いいからさっさと受付するんだな」


 リンネさんは基本的にマルシオさんに討伐リクエストを受けさせたがらないし、他に適当な討伐リクエストが無かったからと言っても、普段のマルシオさんだったら少しでも不確定要素のあるリクエストを受ける事は無いだろう。

 マルシオさんとリンネさんの過去に何があったのかは分からないけど、二人のやり取りを聞いていた僕の心に何か引っかかる物があったのは確かだ。


(フラッシュスワロー......)


 結局マルシオさんは強引にそのリクエストを受けてしまい、翌日、僕はマルシオさんとのパーティーとして、結果的に最後となったリクエストに出発した。



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