第29話 初めての魔物討伐

 ウェントワースの町を出てから五時間後、予想した通り空から大粒の雨がバラバラと落ちて来た。

 雲の流れが速いので長くは降らないと思うけど、土砂降りになりそうな空模様だ。


 身体を濡らさない様にフードを出そうか考えた時、マルシオさんが僕を振り返って声を上げた。


「見えたぞ!リエル村だ。濡れる前に急ぐぞ!」


 雨に煙る視界の向こうに、村の物と思われる木柵が薄っすら見えて来た。


 速足になったマルシオさんに続いて村に入り、ヤギを小屋に入れようとしている若い女性にマルシオさんが冒険者であることを伝えると、その女性がたまたま村長さんの奥さんで、僕らを喜んで自宅に招いてくれた。


 迎えてくれた村長さんも若い―――とは言っても三十歳くらいの男性は、すぐ部屋に招き入れてくれて、タオルと暖かいお茶で一息ついた僕らは、ゴブリン討伐のリクエストを受けて、ウェントワースの町から来た冒険者であることを改めて説明し、詳しい内容を村長さんから改めて聞いた。


 村長さんの話によると、最初にゴブリンを見つけたのは七日前で、場所はリエル村からさらに三キロ程南の、隣の村との中間にある森の入り口で、牛の放牧から帰る途中の村の若者が森の中に逃げ込むゴブリンを見たらしい。

 そしてその二日後、今度は隣村の女性が同じ場所で三体のゴブリンを見た事で、危険を感じた両方の村の村長が領主に連絡し、今回のリクエストとなったそうだ。


 その後、ゴブリンを目撃した森の入り口の場所を確認し、僕とマルシオさんは簡単な打ち合わせを行った。


 マルシオさんから改めて聞いた今回のリクエストは、リエル村近郊で目撃されたゴブリン討伐。


 予想魔物はグリーンゴブリン。

 予想数は三~六体

 最低パーティーランクは九級で最低人数は三人。

 推奨パーティーランクは八級で推奨人数は三人以上。

 ギルドの事前調査なし。完了後調査あり。

 特記事項は人里に近いので早急な対応が必要。

 報酬はゴブリン一体につき五千ギール。


 マルシオさんと僕の臨時パーティーのランクは、十級の僕と四級のマルシオさんを足して人数で割った七級なので問題なく受けられたそうだけど、無理やり受けたように見えた気がするのは気のせいだろうか?


 その後、休憩も兼ねてマルシオさんから今回の討伐対象であるゴブリンについてのレクチャーが始まった。


 ゴブリンは身長百二十センチ前後の二足歩行の人型の小型魔物で、痩せ型の体形。

 頭には小さな角が一ないしは二本生えている。

 皮膚の色は暗いグリーンまたはブルーで、ブルーの方が平均十センチほど大型。

 主に夜行性で夜目が利き、嗅覚も鋭いが、力は弱く人間の子供程度。

 武器を使う程度の知能があり、主に石斧やこん棒、稀に人間から奪った刀剣を使用する。

 性格は狂暴かつ残忍で、人や家畜を見ると無差別に襲い掛かり殺戮し、若い女性は連れ去られて死ぬまで犯される。

 但し、数匹程度の少数では臆病で、人間から逃げるように行動するが、数が多くなるに従って、その狂暴性が増してくる。

 繁殖方法や繁殖場所などは、他の魔物同様に未だに一切不明。


 マルシオさんから説明を受けて、ゴブリンについて大体分かった。

 簡単な打ち合わせを終えた僕たちは、村長さんにお礼を言ってから土砂降りの雨のなか、村を出た。


「ボウズ、こっから本番だ。たかがゴブリン、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。だが油断だけはするなよ」


 頭から雨避けのフードをすっぽり被ったマルシオさんが、そう言って僕に向けた視線は、初めて見る鋭いものだった。


「分かりました」


 ハンナさんと一緒に、初めて黒毛熊を狩りに出た時と同じような緊張感に襲われながら僕は頷いた。


 ♢♢♢


 ますます激しくなる雨のザァーっと響く音が、僕の聴覚を占領し、うっすらと出て来た霧が視界を悪くしている。

 リエル村を出てから約一時間半、太陽が出ていないからはっきり分からないけど、時刻は午後二時半ぐらいだろうか。


 村の人がゴブリンを発見した森に入って三十分程進んだ所で、マルシオさんは急に立ち止まると、地面を指さして僕に振り返った。


「雨で消えかかって分かりずらいが、これがゴブリンの足跡だ」


 その言葉に僕も地面をよく観察してみると、確かに分かりずらいが、小さな窪みが地面にいっぱい付いていて森の奥に消えている。


「ボウズ、ハンターの経験から、この足跡で何匹くらいか分かるか?」


 僕はもう一度足跡をよく見るが、子供の足跡程の小さなへこみは雨で流されて原型を留めていないから足跡ごとの違いが分かりにくい。

 ただ、狼でこの数の足跡だったら十匹を超えるくらいだろうか?

 二足歩行のゴブリンだったら。


「はっきりとは分かりませんが・・・・・・大体七、八体だと、思います」


 マルシオさんは僕を見てニヤッと笑う。


「上出来だ。ったく、事前調査してないリクエストはこれだ。ゴブリンだからって手を抜きやがって!ボウズ、この足跡を覚えておけ。冒険者やってりゃ嫌と言うほど見る事になるからな」


 そう言い捨てると、再びゆっくりと森の奥に分け入っていく。


 そのままさらに十五分程、時々見つかるゴブリンと思われる足跡を追いながら、少し木が少ない場所が見えて来た時、森の雰囲気が少し変わった。

 風車の森で鎧の魔物が現れたときのような、あの時よりずっと弱いけど、黒い空気が纏わりつくような、そんな空気だ。


「マルシオさん!」


 僕が小さく声を掛けると、マルシオさんも何か気づいたのか、同時に足を止めた。


「あぁ、いるな」


 マルシオさんはしゃがみ込んで雨避けのフードを脱ぐと、木の陰に隠れるようにゆっくりと足を進めたので、僕もフードを脱いで後に続く。

 慎重に足を進めながら五十メートル程進んだところで少し視界が開け、森の斜面に何か動いた気がした。

 よく観察すると、くすんだ緑色の肌をした小さな人間のような生き物が石斧で木を叩いているのが見えた。


(あれがゴブリン......)


 痩せこけて少し腹が出た胴体から枯れ木の様な手足が生え、小さな布のような物を腰に巻いている。

 暫く様子を見ていると、少し離れた所にも一体、その近くに二体、その奥には四体の合計で八体の姿が確認できた。


「全部で八体のようです......」


 僕が隣でしゃがみ込むマルシオさんに小声で伝えると、マルシオさんは小さく頷いた。


「奴らは基本群れで移動する。多分あれで全部だろう。で、だ。ボウズ、俺達には今二つの選択肢がある」

「選択肢?ですか?」

「そうだ、一つはこのまま突っ込んで奴らを一匹残らずぶった切る。もう一つは一旦戻ってから天候の回復を待って改めて戻ってくる。この雨だ、視界も悪けりゃ足場も最悪だ。戦うには条件が悪い。だが、一旦戻ったら改めて奴らを探し出さなきゃならねぇ。お前だったらどうする?」


 僕だったら......

 ゴブリンの強さは実際戦ってみないと分からないけど、あの様子だとマルシオさんが言うようにたいして強そうには思えない。

 僕はこの状況とマルシオさんから聞いたゴブリンの特徴を考えてから答えを出した。


「僕だったら......このまま戦います」

「ほう?理由は?」


 平坦な声色でマルシオさんは理由を聞いて来る。


「天気は後数時間で回復すると思いますが、一旦出直してる間、再度探している間に村に出られたら大変です。それが夜だったら夜目が利くゴブリンに有利になりますし、迎え撃つ形になるのでどうしても不利になりますから。今だったらまだ辺りは明るいし、この雨がゴブリンの視界と嗅覚を奪ってくれるので奇襲が出来ますから」

「このまま戦うとするとして、どう攻める?」

「......気づかれない様にもう少し近づいてから、ゴブリンの後ろに石を投げます。そして、ゴブリンが気を取られている間に一気に突っ込んで切り伏せます」

「このまま戦うって所までは合格だ。だがその作戦は却下だ」


 僕の案をバッサリと切り捨てたマルシオさんは、そう言って自分の左足を叩いた。


「あっ!そうか......」


 このまま真っすぐ突っ込んでも、走れないマルシオさんを置いて、戦うのは僕一人になってしまう。


「ボウズは右から大きく迂回してゴブリン共の左側面に移動しろ。時間は百八十秒だ。決して気づかれない様に慎重に素早くだ。百八十秒後、俺が声を上げたらタイミングを見計らって奴らの後ろに突っ込め。分かったか?」

「......百八十秒後ですね」

「よし!行け!」


 僕はその掛け声と共に頭の中でカウントダウンを開始しながら、ゴブリンに気づかれない様に慎重に走り出した。


 六十秒―――

 初めての魔物討伐。僕の心臓が緊張でバクバクしている。

 だけど土砂降りの雨が僕の足音も匂いも隠してくれている。


 百二十秒―――

 気は抜けない、けど、風車の森では今日みたいな天候の中、足の速い狼を数えきれないほど追いかけた。


 百八十秒―――

 マルシオさんと九十度の角度でゴブリンたちを挟み込む位置にたどり着いたその時、マルシオさんが大声を上げながら森の藪から歩き出してきた。

 その声にゴブリンたちが一斉にマルシオさんの方を向き、少し怯んだ素振りを見せた後、マルシオさんに向かって一斉に走り出した。


 始まった!


 僕はゆっくりと剣を引き抜いて飛び出すタイミングを見計らう。

 最後尾のゴブリンが石斧を振り上げたまま僕の前を通り過ぎ、マルシオさんに向かって行く。


 今だっ!


 その瞬間、藪から飛び出した僕は、マルシオさんと挟み撃ちするようにゴブリンを追いかける。


 遅い!僕に背中を見せて走るゴブリンにあっという間に追いつき、剣を横なぎに払って首を飛ばすと、ギャッと言う声を最後にゴブリンは黒い霧になって消えてった。


 まず一体!

 大丈夫だ。僕にも戦える!


 すかさず右斜め前のゴブリンの背後に追いつき、袈裟懸けで切り倒す。


 二体!


 視界の先では、先頭を走るゴブリンがマルシオさんに辿り着いた瞬間、一体、二体と連続して黒い霧になって消えて行った。

 他のゴブリンたちは、まだ僕が後ろから来ていることに気が付いていない。


 二体並んで走るゴブリンを後ろから同時に切り伏せる。


 これで四体!

 残り二体。


 だけどその二体は、僕が追いつく前に、マルシオさんが一刀の下切り伏せた。


 終わった......?


 黒い霧となって消えていくゴブリンを見届けた後、緊張が切れて思わず座り込んでしまった僕の頭の上から、マルシオさんの声が降って来た。


「ボウズ、初めてにしちゃ上出来だったな」


 未だ土砂降りの雨が降り続く森の中、僕は初めての、時間にして一分足らずの魔物討伐リクエストを完了した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る