第12話 精霊の丘
四日間の黒毛熊狩りから帰った翌日から、僕はスキルの練習を始めた。
練習と言っても、スキルの覚え方はハンナさんにも分からないらしいので、素振りの回数を増やして、小鳥の風車の小鳥を二倍にして、あとは狼相手にひたすら実戦を行った。
ハンナさんが言うには、父親の仇を取ろうと、毎日毎日敵を求めて森の中でずっと黒毛熊や狼を狩っていたそうだ。
そんな事を何年か続けているうちに、いつの間にか使えるようになったらしい。
もしかしたら、才能が無ければ一生スキルを使えないかもしれないけど、それでもスキルを手に入れるにはひたすら努力する必要があるのかも知れない。
因みに、ハンナさんのスキル、
僕は毎日ハンナさんのあの時のスキルを頭に描きながら、ひたすら訓練を続けた。
そんなある日、朝の訓練と水汲みを終えて、今日も狩りに行くために部屋から出ると、ハンナさんが居間のテーブルに座って一生懸命に何か作業を行っていた。
「ハンナさん、今日の狩りは?」
真剣そうなハンナさんに悪いと思いながらも声を掛けた。
「ああ、今日は......済まない、アーベル一人で行ってくれ」
ハンナさんは僕に顔を向けずに、作業を続けたまま答えた。
一人で狩りに行くのは構わないけど、何をやっているのか気になった僕が真剣なハンナさんの手元を覗くと、ハンナさんはナイフで小さな木片を削っているようだった。
「それって、何をしてるんですか?」
僕が尋ねると、ハンナさんは手を止めて顔を上げると、風車だ、と少し恥ずかしそうに答えた。
「風車って、あの?」
僕も子供の頃、草の茎に葉っぱで作った羽を刺した風車を作って兄さんと遊んだことがある。
どうやら、ハンナさんが一生懸命削っているのは風車の羽の部分らしい。
同じ形をした木片が数枚テーブルに置いてある。
なんでハンナさんが狩りや畑仕事を休んでおもちゃの風車作りに夢中になっているのか聞こうとして―――ハッと気が付いた。
僕は横の壁に飾られているおもちゃの風車に目を向ける。
すると、ハンナさんは顔を落として羽を削り始めて僕が思った事を口にした。
「今日は息子、オリヴェルの命日でな......毎年この日だけは狩りをしない事にしているんだ」
「じゃあ、その風車は......」
「あの子は小さい頃このおもちゃが大好きでな、いっつも作ってくれ作ってくれって......でも乱暴に扱うからすぐ壊してしまって。それでまた作ってって......」
ハンナさんはその時の様子を思い出したのか、嬉しそうに微笑みながらゆっくりと羽を削りだしている。
「だから毎年こうやって、新しい風車を作ってお墓に供えてるんだよ」
「そうなんですね......」
その話を聞いて、僕は狩りの装備を外すと、ハンナさんの向かいに座った。
「ん?どうした?」
「僕も子供の頃、兄さんとよく風車を作って遊んでいたんです。だから懐かしくなっちゃって......僕も作っていいですか?」
僕がそう言うと、ハンナさんは余っている木片を僕の前に置いて嬉しそうに笑った。
「じゃあ、先ずは羽の削り方から教えよう。剣の訓練より厳しいから覚悟しろよ」
ハンナさんの息子さん―――オリヴェルくんがどうして亡くなったのか、ハンナさんは語らないし、僕も聞こうとは思わない。
ただ、たまには狩りを休んで色々な出来事に思いを馳せる。
たまにはそんな日があっても良いかなって思ったんだ。
♢♢♢
「出来た!ハンナさん、出来ました」
ハンナさんに教わりつつ、一時間も掛かってやっと風車を作ることが出来た。軽く左右に振るとちゃんと羽も回る。
よーく見ると羽の形が歪な所もあるけれど、不器用な僕にしては上出来だ。
僕が夢中になって風車を作っている間に、一足先に完成させたハンナさんは台所に立って何かを作っていたけど、僕の所まで来て僕が作った風車を手に取った。
「へー、初めて作ったにしては良く出来てるじゃないか」
「ですよね!僕もそう思います」
「まあ、私の教え方が上手かったからだろうな」
「でも、覚えが早かった僕の実力ですよね」
そうやってハンナさんと二人で笑いあっていると、ハンナさんは、そう言えば、と話題を変えた。
「アーベルは昼飯って知っているか?」
「ひるめし?」
何だろう?初めて聞く言葉だけど、言葉を聞く限りはお昼に食べる飯、食事のことだろうか。
「この前町に言った時に聞いたんだが、町では最近、昼に飯を食うのが流行っているらしい」
「そうなんですか」
僕は今日まで生きてきて、朝と晩にしか食事をしたことが無い。
狩りの時もお昼に大きな休憩ぐらいはするけど、水を飲んだりその辺になっている木の実を少し食べたりするくらいだ。
多分ハンナさんもずっとそんな感じだと思う。
「でな、今日はその昼飯って奴を作ってみたんだ」
さっきからハンナさんが台所で何かしていたのは、昼に食べる食事を作っていたのか。
「だから今日は昼飯って奴を食べようと思ってな。アーベルも付き合え」
昼から食事なんて贅沢な気がするけど、せっかくハンナさんが作ってくれたんだし、僕も少し興味があったのでハンナさんの誘いに乗ることにした。
♢♢♢
「あの、ハンナさん......ホントにこっちに行って良いんですか?」
僕は不安になって、森の中の道なき道を軽い足取りで前を歩くハンナさんに声を掛けた。
今、僕がハンナさんに連れられて向かっているのは、ハンナさんに行っては駄目だと言われていた小高い丘がある南東方向だからだ。
昼飯って奴を家で食べると思っていたら、ハンナさんは作った料理や水筒を手提げ籠に詰めて外に出たのにも驚いたけど、その向かった先が僕が行くなと言われていた丘だったから更に驚いた。
「別に大丈夫だ。ついて来い」
ハンナさんは昼飯と水筒と風車が入った籠を振りながらドンドン進んで行ってしまう。
まあ、ハンナさんがそう言うんなら大丈夫かと思い直して、僕も遅れないように後を追いかけて森の中を十分程歩いていると、急に森が開けて小高い丘が見えてきた。
小高いといっても、周りから七~八メートル程高いだけだ。
スープボウルを伏せたような丘には木が一本も生えて居なくて、丘全体が膝までの高さの草で覆われている。
そして丘のふもとには何やら洞窟のような横穴が開いていて、ハンナさんはその横穴に向かってズンズンと進んでいったので、僕もハンナさんの後を追った。
ハンナさんは洞窟らしき横穴の前まで来ると、立ったまま洞窟に向かって一礼したので、僕も慌てて一礼をすると、ハンナさんは今度はどんどん丘を登り始めた。
僕もハンナさんに続いて丘の頂上まで登ると、そこには見渡す限りの森が広がっていた。
「わぁ......すごい!」
後ろを振り返ると、ハンナさんの家や庭が小さく見えているだけで、それ以外は前後左右どこを見渡しても森と空しか見えない。村の見張り櫓から見る景色と似た光景に、僕は思わず声をあげていた。
「どうだ?良いところだろう」
横に立つハンナさんが遠くを見ながら呟いた。
「はい、すごく!」
時々吹き抜けて行く爽やかな風が心地よくて、風の丘って感じがする。
僕が景色を眺めていると、ハンナさんが歩き出し、少し先でしゃがんで何やら草の中を手でごそごそやっている。
僕はハンナさんが何をやっているのか不思議に思って近づくと、ハンナさんの手元には高さ二十センチほどの楕円形をした石が置いてあり、石の正面には、オリヴェルと刻まれていた。
ハンナさんはその石、オリヴェルくんの墓石の周りの草を抜くと、また少し横に移動して草をむしり始める。
すると、そこにも三十センチほどの高さの同じような石が置いてあって、イェスタフと刻まれていた。
ハンナさんの旦那さんの墓石だろうか。
僕が注意深く周りを見渡すと、草に埋もれてそこかしこに同じような墓石が置かれているのが目に入った。
「ここはな、精霊の丘って呼んでいる」
ハンナさんは、また別の墓石の周りの草をむしりながら話を始めた。
「丘の下に洞窟があっただろう?あそこに風の精霊が住んでいると言われていてな、それで代々精霊の丘って呼ばれている」
「風の精霊の・・・・・・精霊の丘」
「そう、そして私の一族は死んだら皆この丘に埋葬されてきたんだ」
ハンナさんはまた別の墓石の周りの草をむしりながら話を続けた。
その墓石にはアクセリナと刻まれている。
「代々この森に住んでいるのは、森全体を守るというよりも、この丘を守るためなんだ。精霊なんているかどうかは私にも分からんが、そうして暮らしてきた」
以前、ハンナさんが教えてくれた、風車の森に住み続ける理由。
「まあ、今じゃ森の番人というより墓守と言った方が正しいかもな」
ハンナさんはそう言って笑うと、オリヴェルくんの墓石の前まで戻ってきて、籠から焼いた猪の肉を挟んだパンを取り出して置いた。
そして、午前中に作った風車を墓石の傍に突き立てると、僕が作った風車を取り出して僕に見せてきた。
僕は頷いて、ハンナさんの手から手渡された風車をハンナさんの風車の隣に突き立てた。
「ありがとう。アーベル」
風が吹くたびにカラカラと音を立てて回る二つの風車の音を聞きながら、ハンナさんは静かに目を閉じたので、僕はこんな時にどうやってお祈りすればいいか知らないけど、ハンナさんと同じように黙って目を閉じた。
その後、僕は丘の上でハンナさんと一緒に昼飯という物を初めて食べた。
パンに肉や野菜を挟んだもので本当においしかったけど、僕もハンナさんも食べた後に少し眠くなってしまったので、これは狩りの時は止めておいた方が良いだろう。と二人で笑った。
そして昼飯を食べた後、二人で丘の上から景色を眺めて座っていた時、ハンナさんが突然びっくりすることを言い出した。
「ここは私の一族しか立ち入ってはいけない場所なんだ」
「えっ!じゃあ、僕が居たらマズイじゃないですか!」
今更遅いかも知れないけど、僕は慌てて立ち上がった。
ハンナさんはそんな僕を見て、いつもの悪い笑顔―――ではなく、優しい笑顔を浮かべて言ったんだ。
「アーベルと私は家族だから......な」
僕は今でもあの時のハンナさんの言葉を、母さんと同じ穏やかな笑顔を、何があっても一生忘れる事は無いだろう。
その日は僕にとって大切な思い出の一日になった。
♢♢♢
その後、僕は少しづつ成長を実感しながらも変わらぬ毎日を過ごしていた。
ハンナさんが町に行った時に今の僕にピッタリの剣を買ってきてくれて、素振りもその剣でするようになったり、初めて一人で黒毛熊を倒してハンナさんに褒めてもらったり、ハンナさんと対人戦の訓練をするようになったり。
スキルはまだ使えないけど、僕は旅に出る日が近づいているのを日に日に感じるようになっていった。
そうして時間はあっという間に過ぎ去っていき、僕が突然この森に来てから四年が経とうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます