第46話 天上の花園へ行くきみ1
コンテナで最後の花が咲き終わるのと同時に、探知システムが本格的に動き始めた。私は萎れて地面に伏せた花たちにお礼を言い、地下倉庫に別れを告げた。この数カ月で予想以上に多くの数を集めることができた。すべて破壊してしまったことは残念だけれど、肩の荷が降りたことは事実だ。
私の能力は一部の人にしか明かされていないため、表立って働きを労われることはなかったけれど、それでもボスや少佐、ウィルはわかってくれている。それだけで十分だった。
ところがだ。今回の極秘任務のメンバーたちも、詳細は伏せられているものの、私が体を張って任務を全うしたことを聞かされたらしい。「やったな、シャーロット! 誇りに思うぞ!」と力強く肩を叩かれ、思わずほろりとなった。
もちろんさっと横を向いて取り繕った。私はアイスプリセンスだから! 嫌味ではない。感謝の気持ちだ。鬱陶しいと思っていたこの二つ名に、どれだけ励まされていたかに気がついたのだ。自分らしくあろうとするとき、それは常に私を支えてくれた。
だから私はそんな鉄壁のポーカーフェイスを崩すつもりはなかった。けれど目の前で喜んでいる同僚たちを見た瞬間、どうにも嬉しくて、ついいつもより大判振る舞いの笑顔を見せてしまった。途端、おおっとどよめきが上がる。
(……あれ? やりすぎた……?)
どうもウィルと過ごすようになってから緩んでしようがない。でも、いいか。人間らしくなったなんてボスも喜んでくれたし、そんな変化もなんだか悪くない。とにもかくにも、長かったような短かったような、私の孤独な戦いは一段落したのだ。
時を置かずして、銀河ポートに感知センサーが導入され、今まで以上に出入りの物品が厳しくコントロールされることとなった。このマシーンはマローネ3に特化したものだ。それはすなわち、たとえこの先マローネ3の模造品を作る輩が現れたとしても、完璧に抑え込めるということ。なぜなら、それらは決して中尉の作り出したものの上をいくことはできないからだ。マローネ3は色々な意味で傑作だと、対マローネ3システムを開発したエンジニアリングチームは断言した。
マローネ3はフェルナンド・デスペランサなのだ。組み込まれた特別な遺伝子はこの世界にたった一つのもの。どんなに精巧にコピーしようが、同じものにはなることは決してない。これ以上のものは出てこない。そんな相手用のマシーンは無敵といっても過言ではなかった。
「ボス、中尉は最初から負ける気でっておっしゃいましたが、この選択もまたその一つなんでしょうか」
「己の遺伝子を使って分身を作ったこと、か?」
「はい。これだけ明らかなもの……あまりにも……」
「いや、そんなことは考えてもないだろう。それが最強だから使った、それだけだ。結果、俺たちにはありがたいものになったというだけで。天才というのはな、無邪気すぎる、残酷すぎるんだ。世にいう正義や正論からは程遠い。いつだって自分の欲求に忠実に生きているのさ。それで苦しむことになってもな。それが彼らにとって生きるということなんだよ」
「ああ……だからボスみたいに正反対の人が必要なんですね。よくわかった気がします」
「こらっ!」
ボスの顔にようやく微笑みが現れた。私はほっとする。院長先生が教えてくれた内戦後のボスを彷彿とさせるようなここ数週間はそばにいるのが辛かった。それでも黙々と仕事を続けるボスのために、私がしっかりしなくてはと何度も自分を叱咤したのだ。見守ることしかできなくても、いつもそばにいるんだと知らせたかった。
冬の終わり、研究所に集まったマローネ3特別班の面々は、地下倉庫から運ばれた種を次々とスキャンニングしていく装置を言葉もなく見つめた。指の間からこぼれそうな小さな種にさえ、その力が埋め込まれていたことに驚きが隠せない。
結果がわかるまでには休むことなく稼働して一日半から二日かかる。メンバーは数時間のちにその場を離れたけれど、私はできなかった。きっと戻っても仕事が手につかないだろう。だったらここで待ちたい、そう思ったのだ。
一袋丸々何も示さないものもあり、そのたび、その信ぴょう性を疑いたくなる気持ちも沸き起こったけれど、ぐっと堪えて作業を見守る。残っている私に気づき、エンジニアリングチームのチーフが声をかけてきた。最後の一粒が見つかるまでそばにいたいと私は申し出た。
「マシーンの能力を疑っているとか、そんなんじゃないんです。何かの影響で種から力が放出されるようなことがあったら、その時は私の力が役に立ちますから」
「わかってますよ、オーウェンさん。あなたがマローネ3と同じだけの力を持つことは僕らには知らされていますから。そりゃあ、気になりますよね。僕らだって同じ気持ちです。お待たせしてすいませんでした。ずっと一人で戦ってくださったんですよね。みな感謝しています。おかげで十分なものができました。最後は一緒に見守りましょう」
そっと手渡してくれたブランケットを膝に腰掛けた私は、廊下からガラス向こうの計器を見つめた。一日二日寝なくても問題ない。そんなことはしょっちゅうだった。食事もできて温度も快適で、文句なんかない、ありがたいほどだ。
人気のない廊下で私は待った。異常を察知するランプ点灯を確認する以外には何もすることはない。ただ待つだけが私に許されたこと。けれど苦ではなかった。それに少し前に聞いた嬉しい言葉が心を温めてくれた。
「そうそう、実はこの部屋の入り口にはすでに一つ探知機が取り付けられていて、オーウェンさんの到着と同時に見たい数値を弾き出してくれました。そしてそれだけじゃない、すごいこともわかったんです。オーウェンさんの力の反応具合を描く曲線、これがマローネ3とは明らかに違ったんです。大きさはほぼ一緒ですが。これって、オーウェンさんがマローネ3以上の何かを秘めていることじゃないかと思うんです。このシステム、今後も改良を重ねていくつもりですから、協力していただければ嬉しいです」
能力についてあれこれ言われるのは好きではない。小さい頃のことを思い出すからだ。中尉と同じように私も、自分は隠され利用されるだけの人間だと思ってきた。危険なものを外に出さないようにとコントロールされているのだ。目の前にいる人たちの顔にはいつだって、要らぬ同情や厄介者を見る煩わしさが漂っていた。彼らにとって私は人ではなく物、数ある兵器の一つにすぎなかった。
でも今、チームの人たちは私を奇異の目でなんか見ない。純粋に素晴らしい可能性を探りたいのだと、その瞳はキラキラしていて、私はなんともくすぐったく温かい気持ちになった。これがボスの言う天才は無邪気だと言うことなのか。だとしたら同時に残酷さを持ち合わせているのだろうけれど、私を一個人として見てくれる彼らから嘘は感じられない。これなら何かが起きても、嫌になることなく対応できるはずだと思った。
気持ちを言葉にすることの難しさ、それによる思い違いやすれ違い、いつだってそんなことは起きるのだ。けれど認めあおうという気持ちがあれば、なんやかんや言いながらも乗り越えていける。放置すれば溝に傷になるけれど、真摯に向き合えばそれは強固な絆となる。
それには労力が必要だ。そうしたいという意欲も。かつての私にはそのどちらもなかった。相手を信頼することなんか考えもしなかった。だからずっと人と接することを避けてきた。けれどそんな私も、今回ばかりはこの天才たちに付き合ってみたいと思った。
そうすれば少しは中尉のことがわかるかもしれないと感じたからだ。ボスは大切な人を失ってしまう。そしてそれに代わるものはない。私がどんなに頑張ったところで中尉にはなれないのだ。それは分かっている。けれど、ボスがそこまで想った人を少しでも理解できたら、もっとボスの気持ちの寄り添えるはずだと、希望を込めてそう願った。
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