第45話 ある冬の日のこと

 私はナーサリーに出向き、総督の就任一周年記念に贈りたいからと協力を仰いだ。


「総督とゆかりのある地の自生植物を改良したものです。ただ、できたばかりで発芽するどうかはわからなくて……正直いって実験段階です。でも作った方は天才ですし、やってみる価値はあるかと……。そういうわけなので、まだ内密にお願いします」


 私が神妙な顔で説明すれば、ナーサリーの女性職員もまた真剣な眼差しで種を見つめつつ、こくこくと頷いた。改良の難しさを彼女たち以上に知る者はいないだろう。私の気持ちも十二分に伝わったと思いたい。実際、彼女は私の両手をしっかと握りこう言ったのだ。


「やりましょう、オーウェンチーフ補佐! ぜひともに。立派に咲かせて総督を驚かせましょう。これはですね、私だけではありません。公園管理事務所職員の総意だと思っていただいて結構です!」


 熱い宣言に微笑み返し、丁寧にお礼を言ってナーサリーを後にした。


 私とボスが着任して以来、建設部、それも緑化推進課は色々と忙しくなった。DF部隊がマローネ3壊滅のために公園管理事務所を隠れ蓑にして、種の輸出入や栽培コントロール、さらには生態系に働きかける行動などを起こしたからだ。

 任務とは言えやりたい放題。けれど職員たちにとっては、新たな種に対する精力的な改良や栽培、自然に優しい環境作りなど、どれもが非常に喜ばしいことで、実は士気が上がっていたのだ。総督さまさまだと、彼らは思ってくれていたらしい。

 そんな私たちのためにみんなが力を貸してくれる。嬉しくもあり切なくもあった。本当のチーフ補佐だったらどんなに良かっただろう。教授や博士と一緒に森へ出かけて調べ考え、自然と共存する最先端の街づくりに参加することができたなら……。


 けれど、それは考えても仕方がないことだ。この任務が終わればまた新たな任務につく。それが何でどこへ行くのかは想像もできない。いつだってそうやって戦ってきたのに、今回ばかりはなんだか離れがたかった。

 ウィルと出会って、守られることや甘えることの心地よさを知ってしまった私は、ある意味前よりも弱くなったのかもしれない。だけどそれが真の力につながるのではとも感じていた。それは、最後の最後まで生きることを諦めない強さだ。帰る場所を見つけたからこそ生まれたもの。


「中尉もきっと同じだったんだろうなあ。想う人がいるからこそ、人は生きられるんだね」


 私は雪が降り始めた空を見上げた。結局ウィルとは紅葉を見に行くこともなく冬になってしまった。怪我のこともあったけれど、すぐに始まったオペラハウスの工事や私の地下倉庫での任務や、とにかくお互いに忙しくてそれどころではなかったのだ。


「また来年って、言えないことが辛いわね」

「何が来年?」


 総督府の入り口にウィルが立っていた。現場から帰ってきたのだろう。本来ならデザインが出来上がった時点でカスターグナーに帰還してもおかしくはなかったのだが、彼自身がそれを断った。確かに工事中に何があるかわからない、今すぐアドバイスが欲しいと現場が思うかもしれない。だけどそんなものはタブレットを通せばどうにでもなるのだ。忙しいトップデザイナーがわざわざ現場に留まる必要はない。それでもウィルは完成を見届けたいと希望した。


「おかえりなさい、ハモンドさん。現場視察だったんですか?」

「ええ、今日も順調ですよ、オーウェンチーフ補佐。やっぱり自分の目で見ないと落ち着きません。あっ、お昼もう済ませました?」

「いいえ、まだですが」

「じゃあ、ご一緒しませんか? ちょっと先にいい感じのカフェがあるんです」


 微かに流れている音楽が心地よいその店は、ランチタームのピークを過ぎたようですんなりと入ることができた。黒光りする古木の床、レンガの壁、窓の木枠やレースのカーテン、キャビネットに並ぶ本や飾られたドライフラワー。自然光を取り入れた室内にはノスタルジックな雰囲気が漂っていて、温かく包まれるその感じに心がほぐれていくのがよくわかった。


「で、何が来年だって、ロティ?」

「え? それは……」

「来年のことはわからないって、そう思ってたのかい?」


 ウィルの問いかけに素直に頷く。弱い自分をさらけ出すような気もしたけれど、この人に本心を隠す必要はない。離れ離れになってしまうからこそ、嘘偽りのない関係を、なんでも言える間柄を作りたいと、そう思った。


「確かにね。でもきみだけじゃない。僕だって。どこか遠いところからのオファーが来たら受けないとは言い切れないからね。きみのことを大事に思っているのは本当で、いつだって一緒にいたいけど、だけどそれが原因で僕が僕でなくなってしまったら本末転倒だ。そしてそれはきみにも言えることだよね」


 そう、私たちはともに自分の仕事に並々ならぬ熱意を傾けている。そんな相手だから好きになったとも言える。絶対に譲れないものを持ち、それをきちんと優先できて、なおかつ言い訳にしたりしない。その場の気分に流された選択などはもってのほかだ。


「紅葉をね、見たいと思ったの。行けなかったでしょ、だから……。でも、来年のことはわからないから。それで残念だなって」

「辞令が出たの?」

「いいえ、まだよ。まだ完全には終わっていないから。もしかしたらまた紅葉だって見れるかもしれないし雪だって……」


 でもそれは手放しで喜べるものではない。この地に留まるということは、任務の進行が思わしくないということなのだから。それにもし私が残ったとしても、ウィルにはウィルのスケジュールがある。


「でもあなたはオペラハウスが完成したら帰ってしまうんでしょ? カスターグナーでの生活もあるし、そう簡単じゃないわよね」

「ロティ……」


 淡々と言ったつもりだったのに。またしても失敗してしまったようだ。どうもウィルの前では自分がコントロールできない。歪んだ微笑みが、寂しい切ないと訴えかけたに違い。テーブル越しに手を伸ばし、ウィルがそっと私の頬を撫でた。指を滑らせ頬にかかる髪を耳にかけ、優しく微笑む。


「明日のことは明日のこと。大切なのは今だよ? 今を愛することが未来を作るって総督もおっしゃってたじゃないか。わからないことは悩まない。今は美味しいスープをまず飲もう」


 私はその言葉に驚き、目を瞬かせた。

 

(ウィルったらいつの間にボス信仰に鞍替えしたの)


 確かに、あの難しい中尉を虜にしたボスなのだ。今も変わらずその人たらしぶりが発揮されていると言っても過言ではないだろう。それにしてもウィルさえも味方にするとはなんとも恐ろしい力だ。


(ん? もしかして逆なの? これは、ボスを味方につけた方が何かといいだろうというウィルの作戦?)


「ロティ? さあ、早く。冷めちゃうよ。まあ、可愛い百面相を見てられるのは楽しいけどね」


 思わず額を抑える。またやってしまった。午後はより強固なポーカーフェイスを装備して頑張らねば思いつつ、気を張る必要のない時間に心から癒される。ウィルおすすめのスープを口に運べば、柔らかな野菜の香りが、まだ遠い春を感じさせてくれた。


 その日の午後、一日二回の地下倉庫作業を終えて総督室に向かえば、ちょうどボスは通話を終えたところだった。


「ティナ、やったぞ! ほぼほぼ完成だ。春を待たずにここまでたどり着くなんてさすがだな! 給料を倍額にしてやるかな」

「落ち着いてください、ボス。何が完成? まさか探査装置ですか?」

「ああ、そうだ、システムができたんだよ」


 深い深い安堵に力が抜けて崩れ落ちそうになった。地下での作業によって、すでに予想数の半分近くは確認できていた。けれどそれらはすべて破壊されて跡形もない。けれどこの装置によって種の段階で察知できれば、大いに役立つ資料になるだろう。

 それに、栽培はすでに二期目になっていた。それでも種はまだまだあった。オペラハウスの周りを覆い尽くすほどに咲かせる用なのだ、当然である。けれどさすがに気が遠くなりかけていた。エンジニアリングチームの頑張りに私は心から拍手を贈った。


「よし。一気に方をつけるぞ。地下倉庫はこれで栽培打ち止めだ。ナーサリーからもデータは十分にとれたと連絡が入っている。スロランスフォードの新しい花たちをオペラハウスの周りに咲かせられる日も近いな! それと銀河ポートにおける探査システムの導入だ。マローネ3、他にあったとしても絶対入れさせんからな。ティナ、休ませてやりたいがもう一息だ。頑張ってくれ」


 私はボスの言葉に頷いた。私だけじゃない、ボスだって少佐だって、寝る時間を惜しんで仕事をしている。戦い方は人それぞれ。己の役割が何かきちんとわかっているからこそDF部隊は機能する。いよいよ大詰めを迎えるのだ。嬉しさとともに一抹の寂しもあるけれど、今は一層気を引き締めて取り組むだけだと、私は自分を励ました。

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