第36話 大いなる作戦の行方

 ハリソン少佐にとってもフェルナンド中尉は可愛い弟のようであり、良き同士であり、心許せる仲間だった。その彼が人間らしさを保っていられるのは、絶対的な信頼を寄せるボスという存在があったから。そのことについてもよく理解していただろう。

 今、その二人がこんな形で対峙する……。少佐がマローネ3に直接関わっていないのは、上からの指示だけではないような気がした。ボスを見るのが辛すぎたのかもしれない。自分が感情的になってかき乱してもいけないと、そんな風に考えてくれたのかもしれない。けれど一方で、全てを放り出してでも、ボスを助けたいと思っていてくれたのだ。だから少佐は囮作戦に踏み切った。


「偽の書類、仕入れルート、設置場所、発芽までの準備、全部あいつ一人で仕切った。あの天性の人たらしで、何もかもうまくやったんだよ。とんだ才能だな」


 そうして運び込まれた種はそれこそ星の数だった。それはそうだろう。オペラハウスにふさわしい野草の群生地ともなれば、その種も天文学的な数字になって当然。莫大な量の仕入れにも誰も異論はなかったようだ。けれど問題はその中に紛れ込んでいるマローネ3をいかに探し当てるかだ。

 咲かせるしかないのだ。しかし爆発させるわけにはいかない。迅速かつ慎重で丁寧な対応が必要だった。少佐は、それらが銀河スペシャルとでもいうような、希少種を集めた夏花のミックスだったことに注目する。データのないものばかり、まずはナーサリーで実験的に育ててみようと持ちかければ諸手を挙げて歓迎された。

 実験観察のため、使うのは取り分けた一部だ。開花までは問題ないとは言え、危険分子であることには違いないから、小規模での発進は悪くはない選択だった。


 こうして第一回目の発芽は順調に進み、少佐は次なる手を打つ。育った苗をオペラハウス予定地へと運び込むのだ。それは観察と景観を兼ねたもの。観光客たちに建設現場の殺風景な様子を見せるのは忍びないと、もっともらしい理由があげれば反対する者はいなかった。

 そこなら十分な広さがある。観光客は対岸にいるため安全だ。プロジェクトチームもデザインの打ち合わせにかかりきりでそう足繁くはやってこないだろう。それにトレーラーが出るとなれば連絡があり、その動向はある程度予想できる。

 少佐は建設部の下請け業者と個人的に連絡を取り、そこに巨大な五つのコンテナを設置した。管理事務所内にはプロジェクトチームが用意したものだと思わせ、プロジェクトチームには事務所の考えだと匂わせておく。誰もが他部署の仕事には口を出さないだろう。



「だけど、どれがマローネ3かなんてわからないんだ……とんだ茶番だな。ロブの焦る顔が見えるよ。申し訳ないけど笑えるな」


 いやいや笑えない。星の数ほどある種を問題の起きない範囲で開花させなていくとか、聞いただけで心が折れそうだ。一人でなんとも無茶な計画。私は心の中で少佐を労った。


 そうしてコンテナに植えつけられた新苗たち。あとは開花を待つのみだ。けれどそれが最も懸念すべきことだ。図書館裏の落石事故から考えても、爆発した場合にはやはりそれ相応の被害が出るだろう。できる限りそれを抑えなくてはいけない。抑える力……ここまでくれば作戦について私たちに打ち明けてもいいのではないだろうかと少佐は思ったようだ。

 けれどできなかった。ほぼ間違いないとは思いつつも、まだ「マローネ3」という単語を運び屋たちから引き出していなかったからだ。もし違ったら……下手な動きを見せて、花を疑っていることが真の敵に知られてしまったらすべて無駄になる。沈黙を貫くしかなかった。純粋に花を設置したと思わせておこうと、少佐は思いとどまったのだ。

  

 しかし、少佐は大事なことを知らされていなかった。発動には高周波が必要であり、そのためにMO波装置を使おうとまでは考えていたけれど、まさかそのオリジナルが蛾だなんて、そんなことは知る由もなかったのだ。

 花が咲き始めたという情報と、プロジェクトチームが視察に出かけるという連絡、さらにはそこで公園管理事務所との打ち合わせがあると聞いて、さすがの少佐も焦った。一度に動き出すとは……自分の予想が外れることを祈るばかりだった。

 けれど救急隊が要請され、そこに私の名前を聞いて天を仰いだ。「で、ロブ、どうしてこうなったんだろうか?」とボスの氷河のような瞳に射抜かれた少佐は観念して両手を挙げ、この計画を白状したのだ。


「まさか蛾が鳥に追われて飛んでくるとはな……。さらにお前だ。どうしようもないな。だがお前だったからよかった。あの時点ですべてが爆発して終われば何一つ残らない。惨事になるだけで、ロブの計画も台無しになるところだった」

 

 私は唖然とするばかりだ。なんて無茶な……。少佐は本当に一人でこれを乗り切るつもりだったのだろうか。MO波装置を使ったとしても、自分が行くしかないのだ。もし手に負えない爆発になったらどうする気だったんだろうか。ボスたちの世代はどうしてこうも勇敢すぎるのか……。私は思わず立ち上がった。


「死んだらどうするんです。普通の人は超音波による爆発なんて抑えられません!」

「ああ、そうだな……だが内戦の時には、そんなことは日常茶飯事だった。食うか食われるか、俺たちにはそんな毎日ばかりだったんだよ。もう平和になったっていうのになあ……。俺もロブもあの日から何一つ変われてないのさ。それしか知らないとも言えるな」

「ボス……」


 首を振る私を横目に、パンパンと手を叩きながら「さあ、仕事だ!」とボスが声を張った。無造作に束ねていた書類を掲げ、顎をしゃくる。受け取った私は素早く目を通した。


 ラボからの報告書。白いシェリルベルはマローネ3でありマローネ3ではなかった。そう、マローネ3は花ではなかったのだ。それは作られた遺伝子そのもので、それを既存の花の細胞に埋め込むことによってランダムに作り上げられる恐ろしいものだったのだ。

 しかし、収穫はあった。壊されずに残された遺伝子回路の中から、咲く花が必ず白になるという情報を見つけたのだ。それとともにその花が持つことになる高周波の上限も。これがわかれば対応策は一気に広がる。

 そしてそれは、この回路が紛れもなくフェルナンド中尉によって作られたものだという証でもあった。連邦政府の中に残されている中尉の資料には、彼しか持ち得ない遺伝子情報ももちろんあって、それが一致したからだ。


 遺伝子レベルでこの高周波に反応する解析装置の開発が急がれた。スロランスフォードにある種、これから入ってくる種、すべてを探るのだ。それだけの高周波を出せるものは今の所、マローネ3しかありえない。いや、実際にはあと二人、フェルナンド・デスペランサと私、シャーロット・ティナ・オーウェン。マローネ3と同じだなんてぞっとするが仕方がない。

 しかし、開花時の出力を相殺することはできても、発動しない状態での感知は私にはできない。残念ながら種に関しては力になれず、私は落胆を隠せなかった。けれどボスは笑っていた。ここはスロランスフォードなのだ。このとんでもない相談に天才たちは嬉々として取り組むだろうと力強く言われ、私は大きくそれに頷き返した。

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