第37話 そこには愛しかなかった

 残りのコンテナはすぐに地下倉庫に保管された。スーパードームの力で、完全に四季を温度をコントロールしているスロランスフォードではあるけれど、何が起きるかわかない。銀河でも一二を争う人口を持つこの惑星にはいざという時のための二重三重の備えが必要だ。
 その役割を担うのが地下倉庫。総督府の地下深くには、まさに地下都市とも言える階層が作られている。通常は厳重な監視下に置かれたほぼ無人に近い場所。けれどその一部では様々な実験も始まっていた。その一つが外部から完全に遮断された状態での植物栽培だ。
 自然界においても過酷な状況はあるわけで、まずはそんな地域に自生するものたちが選ばれた。そこから日照条件や必要水分量などのデータを取りながら、その空間を管理する各機器に学ばせていく。無人で完全管理される農場が最終目的だ。
 それは人の排除という意味ではない。その反対だ。自然を愛しながらも、年老いたり障害があったり、様々な理由で菜園や花畑の自力管理が難しい人たちを助けるためにもこのシステムは開発された。もちろん地上で何かあった時のバックアップが一番ではあったけれど。


「あそこなら外部からの影響はゼロだ。高周波を完全にシャットアウトできる」


 ボスの言葉に私は顔を上げた。きっぱりと宣言する。絶対に引く気はなかった。


「私が行きます。マローネ3の能力、上限があれなら相殺するのが何よりです。下手な爆発は起こすべきではありません。施設を守るためにもそれがベストです」


 ボスは返事をしない。だから私は重ねて言った。


「他の高周波を完全に遮断しているのなら問題はありません。それに、ボスなら銀河一の義手を発注できるんですよね。だったら心配はいりません」

「ティナ……、お前なあ……」


 マローネ3の持つ高周波は凶器に等しい。その花その花にあったギリギリの力を計算して押さえ込むしかない。それゆえ無傷というわけにはいかないだろうけれど、私にも意地があった。マローネ3には、中尉には、負けたくない。もちろんこんなこと、口が裂けてもボスには言えないけれど、それは私の密かなる決意だったのだ。


「でもこれ、何個あるんですよね。永遠に追いかけっことか、さすがにそれは……」

「ああ、全部回収するまでには相当だろうな。俺はこのマローネ3が闇取引ルートにおける580番目だと思ったけれど……そのカウントの仕方は間違ってたようだ」

「どう言うことですか?」

「銀河内に流出したものはあくまでも試作品で、マローネ3とは似ても似つかない代物だった。マローネ3はマローネ3。そしてこの種こそが580個なんじゃないかと思ってる。俺はあの時、悪を580重ねて地獄に落ちる気だと思ったが、どうやらそうじゃなかったみたいだ。種が580なんだよ。あいつはやっぱり天使だった。希望を捨ててない。マローネ3が白い花だったというのが、その何よりの証拠だ」


 首をかしげる私にボスは笑った。その瞳は遠くを見つめているかのように切なげで、私はなんだか泣きたくなってきた。


「前にも言ったな。マローネとはヴェッラ・デ・ラ・マロネリオン。フェルの故郷に咲く聖母に捧げる白き花だ。その色はフェルにとって何よりも特別な色だ。天界へと続く色なんだよ」

 

 だったらなぜ、そんな清らかなものを殺人兵器に……。私は喉元まで出かかった言葉を飲み込んでボスを見上げた。


「聖歌隊で歌えなくなったフェルは、自分と一緒に歌う花を作ると言った。それがマローネ2だ。フェルが自分自身に捧げる花、フェルの分身」

「もしかして、ボスがラボに回した例の数字がいっぱいの……」

「ああ、きっとあれが2だろう。あいつはとっくに作り上げていたんだよ。故郷を離れても咲くことのできるマローネをな。そしてマローネ3は……俺に捧げられた花だ」

「……どうして。どうしてそんな大事な花を、兵器になんかするんです!」


 言わずにはいられなかった。だって、あんまりだ。愛する者に捧げられる特別な色が、そんな業を負うなんて考えたくもない。けれどボスはあくまでも穏やかだった。


「だからだよ。罪を徳に代えるんだ。俺に580を回収させてそれを徳とする。天界への道を開いたのさ。やっぱりあいつは無垢なんだよ。人を憎んだり、苦しめたりはできないのさ。たとえ俺が本当にあいつを裏切って、あいつを傷つけ、怒らせたんだとしても、それでも最後は俺を許すと、あいつはそう思ってるんだよ……」


 ボスの顔にひどく苦しげな影が差した。痛みを耐える影だ。あまりにも悲しい事実を知った時、多くの人がそんな表情を見せる……。


「ティナ、誰にも言うなよ。俺はお前が握ってきた花を見た。お前の血が染み込んでぐちゃぐちゃで白かどうかなんてわからなかったよ。回路の中にある数値がそう教えてくれただけでな。だがな、お前の服の袖に花びらが一つ残ってたんだ。……白じゃなかった。いや、白だったよ。なんて言うか……」

「……氷河みたいな白でしたか?」


 唇を噛み締めるボスに私は畳み掛ける。


「私の目みたいな、ボスの目みたいな……」

 

 黙ったまま、何度も何度も頷くボスを私は見つめた。


(許すも何も……、愛しかないじゃない!)


 どんなに傷つけられても、自分を愛してくれた人を憎むことなんかできないのだ。そしてそれが大きな誤解であるということに、私は今日ほど苦しみを覚えたことはなかった。


「あの日、フェルが言ったんだ。白はずっとマローネの色だと思っていたけど、こう言う白もあったんだねって。あいつの生まれ故郷にはもちろん氷河なんてないけど、トレーニング中に一度、極海に出向くことがあって二人で見たんだ。綺麗な白だって大喜びだった。新しい白を見つけたってな。リックの瞳の色だって……」


 もう、胸がいっぱいだった。けれど泣きたいとは思わなかった。超えていくんだ、元に戻すんだという気持ちが、心の底から沸き起こるのを感じずにはいられなかったからだ。


「……そんな思い出色の花は憎しみでなんか作れません」

「そう思いたいな」

「そうに決まってます! 種はボスの言う通り580だと私も思います。爆発を引き起こしたのは2度です。残りの578個を探しましょう。まずは今回のコンテナに蒔かれたものから。あとはおいおい探査装置で。完全に見つけてみせますよ。ボス、天界の花園への鍵をしっかり受け取りましょう。こんなに苦労したんです、しくじって579個だなんて絶対に嫌ですからね」


 私は、中尉と一緒に笑っていた日のボスを取り戻すんだと固く心に誓いながら、澄み切った氷河のような、綺麗な白銀の瞳を揺らすボスに笑いかけた。

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