第35話 敵を欺くにはまず……

 復帰した私を待っていたのは衝撃の事実だった。


「ロブがやりやがった」

「え? ……少佐がスパイだったということですか?」


 ロバート・ハリソン少佐。公園管理事務所チーフの正体だ。私と同じように部隊とのつながりを持っている。しかし部隊メンバーではない。その立場はもっと複雑で、幾重にもベールに包まれている。少佐の本当の姿を知る人は少ないだろう。なぜなら彼は内戦時からのボスの同僚であり、連邦政府直属の諜報部トップだからだ。

 表向きには、ボスの総督就任前からこのスロランスフォードの建設部に身を置いて、密かに活動を続けていたその人がなぜ……私は混乱した。


「少佐が私たちを裏切ったんですか?」

「ある意味な」

「ある意味?」

「ああ。あいつはな、しれっと嘘八百並べて、敵も味方もみんな欺いたわけだ」


 思いもしなかった言葉に思考がついていかない。


(敵も味方もって……二重スパイ? みんな欺くって……誰が得するわけ?)


 長らく連邦政府を悩ませてきた闇ルートには、実は銀河内の富裕層が関わっている。地位も名声も資金も持ち合わせる彼らは本来、銀河統一のための大きな力であり、人々の指針となるべき立場だ。けれどどこでどう間違ってしまったのか、己の財に執拗にしがみつき、過激なまでの保身に走る者たちがじわじわと増えてきていた。

 スロランスフォードには、銀河内でもトップクラスの豊かさを保持する家々が集まる。彼らは代々、この星に多大なる貢献をしてきた。そのおかげで総督府は多種多様な事業展開をなしえた。もちろん結果として彼らの利益になる事も多く、持ちつ持たれつの蜜月というわけだ。それゆえに、そのプライベートを詮索しないということが暗黙のルールになっていた。

 しかし、度が過ぎればやはり……。長い付き合いだからといって許されるものではない。スロランスフォードの名を共有するものだからこそ、徹底的なテコ入れが必要だと総督府は判断した。


 要請を受けた連邦政府は動き出した。自治領であるスロランスフォードとは犬猿の仲だと思っている人も多いだろうが、実際にはその逆だ。銀河内のバランスを保つために絶対に欠かせないパートナーだと互いに尊重しあっている。それだけに、今回の件に関して政府は支援を惜しまなかった。少佐はそのために着任したのだ。


「食えない狸親父だぜ、まったく」

「は?」

「これはな、あいつ独自の作戦だ。勝手に納得して、一人で切り込みやがった。俺たちを裏切ったように見せかけて、其の実敵を引きつけたんだよ」


 ボスの話は想像の遥か上をいった。ここにもまた、ボスを救うため一身をかけて向き合った人がいる。私は胸がいっぱいになった。


 ハリソン少佐は闇ルート壊滅の密令を受けているけれど、マローネ3特別班ではない。もちろん立場上、マローネ3の存在も、それが種であってこのスロランスフォードに流れてくるだろうことも知らされている。そしてそれがフェルナンド中尉に関係している事も……。

 マローネ3はボスの指揮下、私を中心とした少人数の調査対象だ。少佐が口を挟むことはなかったけれど、未だ種を特定できず、事故を誘発することでしか手がかりをつかめない状況だということは筒抜けだっただろう。

 日々焦りを感じていた私たちにとって、いかに突破口を見出すかは急を要する課題だった。突破口……。あれもこれもと試した結果、それは正攻法では得られないだろうと私は思い始めていた。どうやら少佐も同意見だったようだ。


「まさか!」

「ああ、そのまさかだ」


 追いかけるのではない。鉄壁の守りの総督府に招き入れるのだ。それには美味しそうなひびが、ほころびが必要。だから少佐は自らを囮として差し出した。

 立場は総督に限りなく近く、ある現場ではそれ以上の権力を持つ。この惑星における全流通を管理し、何かあった時にもその名一つで処理できてしまう人間。それが公園管理事務所チーフ。

 取引上の関係者でその実態を知らない者はいないだろう。そんな男が、実は連邦政府に不満を持ち、私利私欲にまみれていると知ったら、どれほどの者が飛びついてくるだろう……。

 それは、銀河に名をはせる英雄で、誰よりも公正でありクリーンであるボスには絶対できない芸当だ。その正体が明らかにされていない少佐だからこその作戦。


 マローネ3の闇ルートには思った以上に多くの人間が関係していることがわかっている。そしてその大半が、マローネ3とは何かを理解していないことも。彼らの仕事は、最新兵器である種を表立って活動できない者に売りつけることだ。契約が成立すれば、組織と購入者の両方から報酬を受け取ることができる。

 少佐はそこに狙いを定めた。まずは人物像の捏造。二番手と言うポジションに不満を持ち、総督への激しい対抗心と嫉妬心に身を焦がし、その腹いせに不正を繰り返していることを密かに匂わせるのだ。裏取引にはもってこいの男だと思わせる。

 蛇の道は蛇。腐敗臭はあっという間に嗅ぎつけられた。甘い汁を吸おうという輩がわき始め、少佐はその糸をたぐり寄せる。最初から目的のものが釣れるだなんて思わない。辛抱だ。餌を撒き続け、その時を待つ。じわじわと浸透し、なんともきな臭い取引は増えていけば、きっとマローネ3を持つ組織も接触してくるだろう、そう考えたのだ。

 

 そのためには汚れた金を受け取り悪事に目を瞑る。二度三度……、より良いものを作ろうと精を出す事務所職員たちを横目に、腹の中は煮えたぎる思いだっただろう、けれど少佐は鉄の意志でそれに耐えた。

 スロランスフォードにおける不正を、これまで以上に取り締まるとボスが声高らかに宣言した今、より厳しくなった監視の目をくぐり抜けようと、闇の売人たちは躍起になっていた。副総督の裏ルートはまたとないチャンスだ。そしてついにその時は来た。


「ロブはな、総督がその威信をかけて作ろうとしているオペラハウスを吹き飛ばすための兵器を買わないかと打診されたんだよ」


 なんという恐ろしい話。それは確実に総督の失脚を意味する。嫉妬に狂った二番手にはたまらなく甘い囁きだろう。それにしてもとんでもない代物だ。オペラハウスが吹き飛ぶとは……。しかしこれでマローネ3の可能性が一気に跳ね上がった。

 確実に裏を取りに行こうと少佐は演技を続ける。魅力的な話ではあるが「大型の武器など、そんな誰の目にも明らかなものは無理だ!」と落胆した姿を見せれば、押せば落ちると踏んだのだろう、相手はさらなる声を潜めた。


「大丈夫ですよ、チーフ。運び込むのは種ですから」

 

 それは待ち望んだ答えだった。けれどここからだ。慎重に事を進めなくてはいけない。少佐の目的は相手の持つ分を根こそぎ奪いとること。できる限り多く、できる限り引きつけて一気に叩く。運び屋たちはマローネ3の能力などわかっていない。だとしたら……。彼は憂い顔の下で策略を巡らした。

 眉を寄せ、さらに悩む振りを続ける。「一本の花が建築物を破壊するなど聞いた事もない……。しかし爆発は起こるのだろう? 失敗したらどうする? 分が悪過ぎる。この話はなかったことにしてくれ」と突っぱねれば、相手は慌てた。

 聞きもしないのに、あれこれ喋り始めたのだ。最新の兵器でその威力は計り知れない。しかし事故が起きても絶対に手がかりを残さない。なぜならミックスされた種の中に紛れ込んでいて誰も判別できないからだ。よってあなたも疑われることはないと力説する。それにたとえオペラハウスが吹き飛ばなくても、建設現場で度重なる爆発や事故が起きれば総督の立場も危うくなるだろうと。

 その言葉に少佐が、「そのためには多くの種が必要だ、オペラハウスのために用意した土地を考えてみろ」と嘆けば彼らはここぞとばかりに身を乗り出した。


「チーフ、実は私たちはこの星を担当しているのです。種は分配前で手元にあります。それを全て売っても構いませんよ。壮大なプロジェクトにぴったりの量です。もちろん大幅にサービスできます」


 少佐は心の中で、無知なる者たちを雇った敵に感謝した。フェルナンド中尉が作ったものならば、間違いなくオペラハウスは吹き飛ぶ。ちょっとした事故なんかで済むはずがない。しかし彼らはそれを理解していないのだ。彼らには内容などどうでもいいこと。必要なのは金。契約をまとめることができれば、それは今まで見たこともないような利益を生む。値引きしても大いに潤うだろう。だから軽はずみな取引を持ちかけた。そしてそれは少佐には願ったり叶ったりの展開だった。

 自分を覗き込む運び屋たちに神妙な面持ちで頷いてみせながら、少佐は脳内で次なる展開にコマを進める。手に入れた種の開花。それに伴う被害をいかに抑え込むか……。一か八かの賭けはこうして切って落とされた。

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