第15話 第1の事故発生

 週末のウィルとの時間の中で発見したものを報告書としてあげれば、すかさず必要な人員が手配された。

 より一層自然な景観を作るという目標を掲げた、昆虫学者や鳥類学者などを含む公園管理事務所軸の新たなプロジェクトチームの発足だ。中央の森の生態系を調べ、今まで以上に有益な植物や環境を導入するのだ。もちろんヘッドは私、チーフ補佐オーウェン。


「さすがですね、もうこんな大きなプロジェクトを立ち上げて。補佐の目の付け所は見習うべき点が満載です!」


 褒められれば褒められるほどむず痒い。確かに学者のみなさんにとっては真面目な仕事で、フィールドワークを考えていた矢先だったと喜ばれた。そう、彼らはまさにコンセプト通り生態系の調査に勤しむわけだ。そしてその傍らで私はおこぼれに預かる。

 自然界におかしな動きがないかどうか、一人で調査するなんて至難の技。けれど学者のみなさんがお弟子さんやスタッフを連れて回ってくれれば、毎日多くの情報を得ることができる。


「未来を見据えての一大プロジェクトだ。予算はいくらでも出すと言っておけ。ハッタリじゃないぞ、本当だ。彼らは欲がないからな。張り切って数字を出してきても俺たちの見積もりには全然届かない。いや、届いたとしても問題ない。俺は本気だ。それで士気が上がるなら大歓迎。常々思ってたんだよ。平和に投資する予算が低すぎるんじゃないかって。いい機会だ」


 いつになく真面目な顔をしたボスの言葉を思い出す。確かに。内戦時に流れただろう天文学的な数字に比べれば、フィールドワークに出かける人たちのサポート分など大したことはない。私は部隊の計画に巻き込むことになってしまったみなさんに、少しでも返すものができてよかったと思った。


『今週はコース3に行って、来週はシェリルベルを見にまたコース2に行きましょう。コース1は紅葉の季節に歩いてもいいかもしれませんね』


 ウィルから送られてきたメッセージに思わず笑ってしまう。二週間先の予定でも気が早いと思うのに、盛夏も通り越して秋、それも晩秋のお誘いだなんて……彼は私をいつまで必要としてくれるのだろうか。


「仕事よ、仕事。私だって見回り時間ができてありがたいし……」


 大事な週末を拘束されていると言うのに、気がつけばどこかで心待ちにしている自分がいた。何度打ち消しても、ウィルの笑顔が浮かんできてしまう。顔面偏差値が高すぎるから仕方がないのだ、これは世間一般的な感情と感想のはず、とキーボードを打つ手に力を込めた。


「オーウェンチーフ補佐、秘書室から内線入っています」


 デスクに備え付けられたスピーカーからの声に返事をして接続ボタンを押せば、「ご案内します」と言う総督付き秘書さんの後にボスの声が続く。なんだろう、珍しい。


「ああ、オーウェンチーフ補佐、図書館前に出ているカートの花を買ってきてくれないだろうか。特別な花が出ているようなんだ。きみなら種類を見分けられるだろうから適任だと思ってね。忙しいところ悪いが、午後最後の会議に使いたいんだ。出られるか?」

「問題ありません、お任せください」


 私はバッグと上着をつかんで立ち上がった。足早にオフィスを抜けながら、急ぎの用で出ると近くのスタッフに声をかける。そう、緊急事態だ。ボス直々の。これは急がなくては。

 現場は図書館前。カートがあるのは本当だろう。けれどそこで私が見つけなければいけないものはなにか……。

 ドアを押して進み、車寄せに止まっていたハイヤーをつかまえて乗り込む。それほど遠い場所ではないからトラムでだって行ける。けれどいかに早くつけるかが今は大事だ。IDもそのままに早口で行き先を告げれば、場所柄か運転手さんも慣れたもの、車はすぐに滑らかに発進した。もしかしたらボスが手配してくれていたのかもしれない。

 数分ののち、運転手さんに総督府が発行している交通費清算用チケットを渡して車を降り、図書館前へと急げば……やっぱり! 人だかりができている。救急車も来ているけれど物々しい雰囲気ではないので、そこまで慌てることはなさそうだ。でも何かあったのは間違いない。

 IDを見せながら進んでいくと、小さなブーケを積んだカートの前に座り込んだ二人の女性が見えた。辺り一面にガラスの破片。


「総督府の者です。どうしました?」

「あ、はい。実は……」


 腕を切ったらしい観光客の女性に簡単な処置を施しながら、救急隊のメンバーが答えてくれる。どうやら図書館のガラスのドームの一部が破損して落下。運よく真下に通行客はいなかったものの、近くのカートで買い物中の女性たちが飛び散った破片で怪我をした、ということらしい。


「ガラスの破損?」

「ええ、老朽化している訳ではなかったのでみな不思議がっています。たまたま小石や金属が飛んだということもないとは言い切れませんが、そこそこの大きさがなければ……」

「ですね。ありがとうございます、引き続き調べてみます。念の為、そちらの女性を病院へ。必要経費は総督府が持ちますので連絡してください」


 名刺を渡して救急車を見送った後、図書館スタッフと一緒にガラスの破片を片付けた。ここでもまた名刺を渡し、修繕のための手配を依頼する。

 最後に、カートの売り子である女の子を労い雑談を交わす。今日の目玉のブーケはボスのご所望通り、スロランスフォードでは見かけない花だ。これが森の中で揺れていると可愛いのではないだろうか。聞けば種もあるらしく、私が笑顔で大いに興味を示せば、彼女の表情も和らいだ。


「ああ、そう言えばさっき、ガラスドームに何かがぶつかったような気がするんです。花をくるんでいて見てなかったんですが、変な音が聞こえたような……、で次の瞬間にバラバラってガラスが降ってきて……」

「車のブレーキ音とではなくて?」

「いえ、うまく言えないんですけど……何か硬いものがぶつかった感じ」

「硬いもの?」

「はい、金属みたいな……。まあ、そんな気がするだけかもしれませんが」

「いいえ、参考になります。ありがとう。それにしても可愛い花ですね。案内をいただいても。来季分として検討しますね」

「はい! ありがとうございます」


 名刺と引き換えにブーケをいくつか受け取った私はさりげなく辺りを見渡す。違和感はないだろうか、音、匂い、色……。その時、歩道脇のブッシュの中で何かが動いた。すかさず移動して無言のうちにそれを確認する。

 鳥だ。結構な大きさ。猛禽類の一種。外傷はない。気を失っているだけだろうか、かすかに痙攣している。

 確かこの鳥……、ちょっと前にニュースになっていた。なんだっけ、なんだったけ、そう、あれだ。レールのボルトを抜く鳥。形態なのか色なのか、とにかくボルトが気に入って巣に持ち帰る鳥だ。

 じっと観察すると、その鉤爪に何かをつかんでいる。割れてしまって半分位になっているそれは……やはりボルトだった。ドームに刺さったのはこれか! 錆びているとはいえ、金属が折れるほどの衝撃が加われば、さすがにガラスも割れるだろう。しかし一体何があったのか。

 私は上着に鳥を包み、さっと抱き上げると総督府へ急いだ。玄関先でちょうどフィールドワークから戻ってきた鳥類チームに出くわし、これ幸いと会議室へ引っ張り込む。鳥を託してあらましを説明し、疑問を投げかける。


「ぶつかる、即ちそれは方向感覚を失っていたということですよね。自然界ではよくあることですか?」

「まあ、ないとはいえません。ソナーレベルの高周波なんかが出ていればそういうことも起こり得ます。実際、自らそういう音を出すものもありますし……だけど、これほどのことはちょっと」

「この鳥が回復次第、調査することはできますか? 総督府としても、観光客のみなさんに害があると大変ですから、気になります」

「そうですね、行動範囲を探ることは有益かと思います。発信機をつけてしばらく様子を見てみましょう」


 マローネ3なら共鳴によってガラスくらい簡単に爆破できる。今回の事故は鳥の単独行動だろう。しかし明らかに鳥は強い影響を受けていた。それも高周波の可能性が高い。

 握っていたボルトは、現役で走る蒸気機関車のレールとは別に、印象的な景観の一つとして、森の中に作られた廃線のものだ。それは湖の奥に位置する。そしてその場所を超えた先にあるのが、この鳥の生息地。ボルトを掴んで巣に帰る間に何かに影響され正反対の図書館へと飛んできた……。マローネ3があった? 調べてみる価値はありそうだ。

 

 総督室に足を運び、ブーケと書類を秘書さんに手渡せば、総督がお礼にランチを用意していますと声がかかる。おまけの花を彼女たちにプレゼントした私は軽く頷いて、勝手知ったる奥の扉を開けた。



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