第6話 花咲く日の決意2
若くして両親や故郷や大好きな歌から引き離されたフェルナンドは、政府によって保護され高度な教育を与えられた。そして早々に凌駕する才能を開花させた。天才フェルナンドの誕生だ。
けれどそれは、彼の中に相反する二つの気持ちを生むことになった。驚くべき能力はフェルナンドの中に、知らなかった外界への好奇心を目覚めさせたのだ。平和な世界を望む一方で、彼は自分が思い描く多くのことを実現したいという欲望に駆られた。そして、それを可能にするのが政府であり続ける限り、フェルナンドはそこから離れることはできないのだ。
さらに特殊な能力が彼の枷となる。孤独な戦いは続き、フェルナンドはいつしか心を病んでいった。磨き上げられる才能、切り刻まれる心。そんな時、フェルナンドはリチャードに出会ったのだ。
歴戦の兵士然とした身体能力、ずば抜けたカリスマ性、大胆不敵な行動力、奇想天外なアイデア。自分にはないものを持つリチャードにフェルナンドは一目で惹きつけられ、そのアイデアを実現することこそが己の使命だと感じた。
一見正反対に見える二人。けれど彼らは同じものを持っていた。真っ直ぐすぎる心だ。片方はそれに悩み、片方はそれをコントロールする術を学んでいた。だからリチャードにはフェルナンドの苦しみが手に取るようにわかった。そしてそこからいかに抜け出すかのアドバイスもできた。結局、完全に自分をコントロールすることは叶わなかったけれど、リチャードの隣で仕事をすることがフェルナンドの心に何よりの安定をもたらしたのだ。
そうしてフェルナンドがリチャードの中に揺るぎない安心感を見出したように、リチャードもまた、己が失いかけていた純粋さをフェルナンドによってつなぎとめられた。軍人としての自分が諦めるべきだと思っていたものを、儚げで美しい青年によって取り戻すことができたのだ。それは大いなる喜びだった。二人は二つで一つのように互いを求あった。戦火は迫り、緊迫した時間の中に身を置きながらも、二人は精神的に穏やかで満たされた日々を共有したのだ。
「ある日、聖堂へ行けない代わりに、自分とともに歌う花を作りたいと言ったんだ。いいアイデアだと俺は褒めたよ。夢物語のように聞こえるだろうが、あいつの才能なら可能だと俺には信じられた。いいじゃないか、花と一緒に歌うフェルなんて……美しいぞきっと」
私はふと気がついて口を開いた。
「その花の名前が、もしかしてマローネ?」
「多分な。完成することはなかったから真偽はわからない。だが、あいつならそうするだろう、あんなに愛した花なんだ。実は研究室にな、大事に薄紙で包まれた膨大な書類が残っていて、それを今ラボに出しているんだ」
「設計図か何かですか?」
「う~ん、どうだろう、俺にはよくわからん。数字ばかりだったから……。それを形にしてもらわんことにはどうにも……」
「本当に天才なんですね」
「ああ、そうさ、マローネ3を生み出すほどにな」
愛した花で愛した人を殺すのか。私は絶句するしかなかった。悲しすぎる。そんなことあっていいはずがない。私は言わずにはいられなかった。
「でも、それじゃあ、あんまりにもあけすけじゃないですか。マローネ3って……犯人の名を言っているのも同然ですよ、信じられません」
「だからだよ。あいつらしい。隠すつもりがないんだ。あいつはねじくれようが壊れようがやっぱり純粋なんだよ。真正面からまっすぐ歩いてくるタイプなんだ。内戦時に幾度とあいつの馬鹿正直すぎる作戦が当たったのも、俺たちみたいに裏の裏をかきたがる輩にはそれが読めなかったからだ。まさかそこからくるとはってな。それがフェルなんだ。俺に訴えてるんだよ、真正面から。悔しいって嫌いだって憎らしいって殺したいって。地獄へ道連れにしてやるって、そう宣言してるのさ」
「それ……誤解じゃないですか! ボスは……、ボスの気持ちはどうなるんです!」
「ティナ。結果が全てだ。それは覆せない事実なんだよ。あいつが吹き飛ばされたのは本当で、言い訳してどうなるものじゃない。そしてその原因は俺だ。だったら正々堂々罪は償うさ。だけど俺以外を巻き込んだことは許せない。たとえあいつでもな。だから俺はマローネ3を何があっても叩き潰す」
肉を切らせて骨を断つ。ボスは中尉の憎悪を己の命で包み込もうと考えているのだ。今でも中尉のことを大切に思っている……。そしてそれは中尉の願いでもある。だけどそうはさせない。ボスは生きるべきだ。ボスこそ、平和で美しい世界を生きなくてはいけない。それだけの犠牲を払ってきた。それだけの価値がある。
私は覚悟を決めるしかないと思った。ボスがそれを選択しないなら、中尉の希望通り地獄への道連れになることをよしとするならば、その時こそ私の出番だ。この世界にボスを残してみせる。何がなんでも。中尉には申し訳ないけれど、ボスを必要とする人はこの世界にはまだまだたくさんいるのだ。そうと決めればもう悲しみは感じなかった。自分の能力をフルに使ってやるだけだ。やり遂げるのだ。何年かかろうと、何が起ころうと、絶対にやり遂げる。
「ボス、マローネ3はヴェッラ・デ・ラ・マロネリオンと同じ花だと思いますか?」
「どうだろうか。あいつはそれを望んだかも知れんが、まあ、無理だろうな。言っただろ? 希少種だ、それも自生のな。さすがのあいつでも宇宙の彼方で同じ花を咲かすのは難しいだろう」
私はほっとした。同じ姿をしていなくてよかった。思い出が穢されずに済んだと感じた。けれど同時にそれは、厳しい現実を突きつけられたことを意味する。姿のわからない敵。DF部隊としてはありがたいことではなかった。
「では何を手掛かりに? スロランスフォードに輸入されている花なんて無数にあります!」
「まずは種だと言うことで少しは絞られる。緑化地区に運び込まれる多くは球根か苗だ。それらは対象外だし、花が開いている状態で輸入されるものは、無事に輸送されてきた時点でシロだな。だとすれば、残りは公園管理事務所が管理している種だ」
「もうすでに蒔かれていたとしたら?」
「それでいい。ティナ。花がみんな事故を起こすわけではないということだ。待つしかない」
「なっ! それでは確実に一般人を巻き込みますよ!」
「ああ、そうだな。だがそれが奴の狙いで、俺はそれに乗る」
私は返す言葉を見つけられなかった。けれど静かに怒りが湧き上がってくる。
「ひどい話だ。だからこの責任は全て俺が取る。ティナ、お前は種が蒔かれた場所を絞り込み、花の時期を待て。種の数は予想もできん。だから最初の一つをいかに早く見つけるかが今俺たちにできる全てだ。そのためにも……。やれるな」
私はボスの目をひたと見返した。私の力が鍵なのだ。やるしかない。ボスが大きく頷き、力強く迷いのない声で言い渡した。
「DF部隊第八小隊、特殊技能チーム長 シャーロット・ティナ・オーウェン。惑星スロランスフォード総督府、建設部緑化推進課、公園管理事務所のチーフ補佐として着任だ。作戦の成功を祈る」
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