第4話 悲しみの再会

 リチャード・デボンフィールドとフェルナンド・デスペランサのペアは、長きに渡る内戦を戦い抜き、もう一歩という場面まで敵を追い詰めた。けれど最後の最後になって痛恨のミスを犯す。それを覆すためには、一か八かの賭けが必要だった。
 

 それは……敵艦だけではない、自分たちの前線全施設の爆破。貴重な資料の持ち出しとともに部隊全員を退避させたのち、最後のボタンは自分が押すとリチャードは決めていた。しかし手違いでその爆発に巻き込まれ、敵艦もろとも銀河の外へと吹き飛ばされたのはフェルナンドだった。
 

 彼の死をもって内戦は終結。銀河の誰もが、二人の英雄に惜しみない賞賛の言葉を贈ったけれど、リチャードには大きな喪失感しか残らなかった。


 彼はフェルナンドの死を受け入れることができず、密かにその行方を追いかけた。というのも、あれだけの大爆発にもかかわらず銀河外からの報告が上がってこなかったからだ。全てが木っ端微塵に吹き飛んで、何も残っていなかったのだと言われればそうかもしれないけれど、あまりにも無関心すぎる。何かがおかしい。戦地で培われたリチャードの野生の感が、真相はその中に精巧に隠蔽されているのではと告げていた。そこにフェルナンドの生存を感じずにはいられなかったのだ。

 けれど遥か彼方の他銀河。探索は容易ではない。焦るばかりで少しも糸口はつかめない。それでもリチャードは諦めなかった。連邦政府が手を引いた後も己の人脈を使ってフェルナンドを探し続けた。


 そして十数年ののち、ついにリチャードはフェルナンドを発見した。
しかし、母星に帰ることなく別人として生きる彼の中に、大きな誤解が宿っていることは明らかだった。そうでなければフェルナンドがリチャードの元に帰ってこないなどありえない。もしくは大きな怪我で記憶を失っているのか、はたまた保護された政府との間に何かあるのか。とにかく今はこちら側の動きを察知されないよう秘密裏に動くべきだとリチャードは感じた。

 個人情報の保護という盟約があったとしても、フェルナンドは罪人でもなければ難民でもない。もし正式に移民したのであれば、報告があっていいはずだ。明らかに不透明な何かがそこにあった。フェルナンドのことはもう諦めるべきなのか。けれどリチャードにはできなかった。

 

 そこからさらなる十数年が過ぎる。しかし得られたものは何もなかった。もはやただの経過観察にしかすぎない日々が続く頃、その事件は起きた。

 裏取引の密売人逮捕。売人などただの使い捨てだ。それでもいくらかの情報が引き出せるだろうと、チームはおきまりの尋問を開始した。それに対して男は鼻で笑う。


「ものはない。全てさばききった。それに俺たちはただの運び屋だ。何も知らされてはないよ。お生憎様」

 

 今まで何人が同じことを言っただろう。想定内の答えだ。しかし担当官はほくそ笑んだ。運び屋は様々。プロもいればちゃちな小遣い稼ぎもいる。つまるところ烏合の衆。闇ルートならではの抜け道を知っていて黙秘を貫く者もいる中、ベラベラと勝手に喋るこの男は素人に毛が生えたようなものだろう。ちょっとつつけば、慌てて記憶を手繰り寄せるはず。警戒されないよう、あえてだらしのない設定で乗り込んだ彼は、思わぬことが聞けるかもしれないと感じた。


「そうかい、まあ、そうだろうよ。しっかし残念だなあ。あんたが他になにか知ってるなら罪状も多少は軽くなっただろうに。本当、残念だよ。で、あんたの行く先なんだけど……」

 

 パラパラと書類をめくる。微妙に引き伸ばされる時間。そのなんとも言えない間に男は嫌な雰囲気を感じ取る。眉間に皺を寄せ、下から覗き込むように担当官を見やれば、顔を上げたその若手は気の毒そうに肩をすくめてみせた。その仕草に男は思わず息を飲む。


「あんたの行き先……、もう想像はついてるだろうけど、セフォラスの」

「ちょっと待った。なんだよ、セフォラスって。そんなもの想像するか! 俺はただ荷物を運んだだけだ! 誰も殺してないし武器も携帯してない、そんなヤバいところ……嘘だろ」

「あれ、知らなかった? 銀河違反って重罪なんだよ。情報の一つでも拾えればどうにかしてやれなくもないけど、あんた物は持ってないし何も知らされてないし、どうしようもないね」


 男は蒼白になり、何やらぶつぶつと呟き始める。セフォラスといえばほぼ無人の星。過酷な環境下で、あるのは巨大な刑務所とそれに付随する機関のみ。収監されている人間もとんでもない経歴の持ち主ばかり。そんな世界が終わったかのような刑務所で無期懲役など、銀河内でもこれ以上恐ろしいものはないだろう。


「ああ、ああ。そうだ。これが最後だって言われたんだ。刻印があって579だった。それでその時、いかれた科学者は怖いっておっさんが言ったんだよ。恋人を殺すために作ったんだって。本物はチップじゃなくて種で、それを育てて恋人を殺すとか、変態の考えることはわかんねえって。それからええっと、なんだ、そうだ、マーなんとかだ。マーマーマローなんとか。そうだマローネだ、マローネ3。どうだ! おい! これでセフォラス行きどうにかならないか、なあ、にいちゃん!」

「そう……。一応、上司に提出しておくよ。俺じゃあなんとも言えないけど、あんた以外からはこんな話聞いてないから、少なくともセフォラス行きは免れるんじゃないか? また何か思い出したことがあったら教えてよ」

 

 それを聞いて床にへたり込み、ほっとした顔をさらけ出す男をリチャードはミラー越しに見ていた。


「……大佐、579って……」

「ああ、まちがいない。流れた品物は579個。そして作ったのは……フェルだな」

「そんな! なぜ中尉が!」

「もう中尉じゃない、元中尉だ。そして限りなくクロだ」

 

 がっくりとうなだれる部下をリチャードは抱き起こした。DF部隊の主要メンバーの多くは内戦時にリチャードの隊にいた者たちだ。彼らはフェルナンドのことも上司として信頼し、慕い付き従ってきた。


「すまない。全部俺のせいだ。お前たちにこんな思いをさせてしまって。だがなスペンサー、もうあいつはあの頃のあいつじゃない、わかってくれ。だからこそ……きっちり方はつける。それで許してくれ」

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