第3話 惑星にはびこる闇

「ティナ、悪いが一緒にスロランスフォードに来てくれ。任期は……正直言って未定だ」

 

 数週間前の大佐執務室。いつになく歯切れの悪いボスの一言に、けれど私は笑顔で答えた。


「どこへでも。いつまででも。私はボスのお役に立つためにいるわけですから」

「ありがとう、ティナ。しかし今回はいつもとはちょっと訳が違うぞ。かなり厳しい状況で、それも本当の意味で立場を理解しているのは俺とお前だけ。かなり孤独な戦いになるけ」

「大丈夫です。ボスがいるんでしたら、それで十分です。何の問題もありません」


 上官の言葉を遮るなどもってのほかだ。けれどそうすべきだと思った。この人にこれ以上の重荷を背負わせてはいけない。いつだって矢面に立っている。もう十分だろう。ボスができないのなら私がやるまでだ。生意気にもしゃしゃり出て、呆れられるくらいでちょうどいい。そうは言っても、結局は全てお見通しで、私たちはみんなボスの手のひらで転がされているようなものだろうけれど、それでも、一時でも、ボスの気持ちが軽くなるならば……。

 勧められた椅子に座れば、目の前に資料が山と積まれた。ここ数年、銀河内で問題になっている裏取引についてのものだ。

 

 シベランス銀河におけるカスターグナー統治の歴史は長い。母星に近い半分はもうずっと前に統一され、平和になって数百年だ。これらは旧惑星区と呼ばれている。けれど全ての惑星が統一されるにはつい最近までかかった。そして、新惑星区と呼ばれる新たな星々は今もまだ不安定な状況下にある。

 

 母星から遠く監視の目が届きにくいこともあって、様々な違法行為がいまだ行われているのだ。それは連邦政府にとって悩みの種だったけれど、特に問題なのは闇ルートによる兵器武器の取引。
 

 内戦が激しかった頃ならいざ知らず、平和になったはずの現在、それは平和ゆえの保身からだ。旧惑星区の裕福層が己の財産と地位を守るため、さらなる資産拡大の強硬手段に出た結果だった。

 今や武器の売買は違法であり、固く禁止されている。新たな火種を防ぐためにはもっともなことだ。けれど、それほど金になる商売はないことも事実。組織、企業、個人、武器を欲しがるものたちは後を絶たなかった。

 

 その闇取引を押さえる為、私の所属するDF部隊が動き出して数年が経つ。しかし事態は一向に収束する兆しを見せず、最近になってさらに物騒な話を聞くことが増えてきた。

 取引されていると予想されるものは武器だけでない。実には様々で、さらにどれもこれもが公にはできないようなものばかりだった。それらをめぐって時には死傷者が出ることもあり、一日も早い取り締まりが必要だと、新たなチームがまた各地に派遣されたばかりだった。

 けれど、小規模なものはどうにか処理できても、それはトカゲの尻尾切りのようなもので埒が明かない。それどころか、あろうことか多くの惑星の管理上層部までもを巻き込んでますます加熱し、血なまぐさい事件の報告は絶え間なくなっている。そしてついに衝撃の要人暗殺未遂までもが起きた。
 

 

 研究チームによる解析の結果、爆発が起こった会場で奇跡的に発見された小さな破片が何であるかが告げられた時、誰もが言葉を失った。周波数増幅装置。それは一見小さなチップだ。けれど恐るべき殺傷能力を持つものだった。
 

 ターゲットの近くに設置されれば、スイッチのような役割を果たす。自らが出す超音波で辺りの高周波数を自分に共振させるのだ。やがて、チップという一点に結び付けられた超音波の集合は、ターゲットを狙撃する力となる。

 人の耳には聞こえず目には見えず、ターゲットは白昼堂々狙い撃ちされる。至近距離からの攻撃だ。脳へのダメージは大きく、かなりの確率で致命傷となる。さらに、辺り一帯の物体爆発も誘引する力さえも持つ。今までにない殺人兵器だった。
 


 チップの発見後、DF部隊はすぐさまそのルートを追って作戦を展開した。今まで手をこまねいていたわけではない。確固たる証拠を待っていたのだ。それを手にした部隊の動きは素早かった。前線には出ず、別の任務を請け負っていた私には詳細は知らされていないけれど、色々な意味で、闇ルート壊滅チームはかなり敵方を追い詰めていたと思う。



「そして……見つけたんだよ。ついに有益な情報を持つ売人の一人をね」


「本当ですか!」



 ほっとしてボスを見上げたけれど、その顔は思うほど晴れ晴れとしていなかった。どうしたのかと口を開こうとした時、ボスがそっとタブレットを差し出した。



「ティナ、これを聞いてくれないか。美しい声なんだ。天使の歌声だ」
 


 意味がわからないまま、私はそれに従った。映し出されていたのは、今の私よりも若いのではないだろうかと思われるボスだった。そして一緒にいるのは……まさか! 私は弾かれるようにボスを見た。



「そうだ、フェルナンド・デスペランサ。元連邦軍第三部隊中尉で天才科学者であり参謀、俺の相棒だな」



 最後の内戦を終結に導いたのはこの若き二人だった。双頭の獅子と言われたこのペアは、内戦を知らない私たちでさえその名を知る英雄だ。腰を浮かしかけた私の耳に、信じられないような透明感のある声が届いた。
 

 ボスの誕生会でその歌声を披露する中尉。澄んだソプラノは心の琴線にふれ、涙腺をかき乱さんばかりの素晴らしいものだったけれど、最も高いパートに差し掛かった瞬間、私はとっさにパールのピアスをつけた耳たぶを握りこんだ。


「やっぱりお前にはわかるんだな、ティナ……」


 何も起こってはいない。けれどそこに秘められたものを確実に感じていた。同じだからわかる……。私を見るボスの瞳にはいつにない切なさが滲んでいた。

 画面の中で抱き合い笑っている二人。中尉の耳にはその瞳の色と同じような美しい青のピアスが輝いていた。

 その若き天才は、あの内戦の最後に戦死した。残った敵艦全てを吹き飛ばす大爆発に巻き込まれたのだ。その名誉の死はすぐさま銀河中に伝わり、多くの人が早すぎる死を悼んだと言われている。


「……だがフェルは生きていた。別人となってな。……そして俺を憎んでる。その憎しみがこの事件の始まりなんだよ、ティナ。売買された特殊兵器はフェルが作り出したものだ。超音波増幅装置、その意味がわかるな?」


 私は自分が震えていることに気がついた。信じたくなかった。聞きたくなかった。それでもまっすぐに私を見るボスに嘘はつきたくない。私は声を振り絞った。


「……あのピアスはやっぱり……」


 ボスは静かに頷いた。その瞳にはもう迷いの色はなかった。切なさも悲しみも何もかもが消えてしまって、だからこそボスの心の叫びが伝わってくるようだ。大きく息を吐き出したボスは微かに笑った。それは胸を締め付けられるような微笑みだった。


「そうだティナ。今お前が思い描いているものが、まさにその答えだよ。ティナ、俺は……、俺の責任でもあるこの事件をこの手で終わらせなくてはいけない。そのためにも、お前の力が必要なんだ」

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