第9話 それは必殺技なのだろうか1

 予想以上に素敵なレストランの、これまた一等席と呼んでも過言ではないだろう窓辺のテーブルで、私は極上の夕食を食べた。それも極上のBGM付きで。舌の上でとろける甘やかさと爽やかさは、初めて見る野菜や果物のせいなのか、それとも対面から降り注ぐ美声のせいなのか……。

 さらにはこのワインだ。ロゼはロゼでも発泡だった。まずはその夢見るような色合いに釘付けとなり、「乾杯」の声と共に喉へと流しこめば、見た目よりもすっきりとした大人な味わいで、弾ける刺激がたまらない。こんなワイン知らなかった……。銀河は思った以上に広いようだ。


「美味しいですか?」

「ええ、とっても。それにとっても綺麗で嬉しいです」

「よかった。オーウェンさんに喜んでもらえて僕も嬉しいです」


 私の目の前には、緩やかに波打つ縁取りも優美なガラスの大皿。透明なその世界の中にはうっすらと薔薇色のラインが入っていて、もしこれが注文したロゼに合わせての演出だとしたら……、ああ、なんて素敵なサービス。そしてそこに盛り付けられているものがこれまた美しかった。旬の野菜と果物を使った爽やかなものをとオーダーして作ってもらったものだ。

 サーブされるときに説明は受けたけれど、知らない惑星の、知らない言語の、知らない野菜や果物の名前はちんぷんかんぷんだった。もちろん、にこやかに笑って相槌は打ったけれど、すべて左から右へと軽やかに流れ去ったのは言うまでもない。詳細を書いたメモを渡されたから帰ったらチェックしなくては。料理を作る趣味も旅行する趣味もないけれど、「総督府のオーウェン」的情報としては有益だろう。


「本当に綺麗な街ですね。銀河中の人が憧れるわけだ」

「ええ、この景観はスロランスフォードの自慢ですから。常に進化し続けながらも自然回帰をテーマにしています。ですから、ただ綺麗なだけではなく癒し度も抜群なんですよ」

 

 感嘆の声を上げるウィルフレッドに、叩き込んだ情報を引き出しながら笑顔で答える。赴任して一週間。情報集めに奔走して夜はばったりの毎日のため、癒されているかどうかなどわかるはずもなかったけれど、とりあえず。


「あの辺りですか? ハモンドさんたちの建設予定地は」


 ちょうど日没。黄金こがね色に輝く水面を指して私は言った。さすがに海はないけれど大きな湖ならある。それも首都のど真ん中。森や丘陵地を有するスロランスフォード自慢の巨大緑地の中だ。

 そしてそれは大きさだけではない。透明度の高さでも有名だった。あの湖には人魚がいて、そのためにあれだけ神秘的な美しさを保っているのだと、まことしやかな都市伝説まで飛び出すほどの観光地なのだ。

 森の中にはすでに美術館や劇場などが配置されているけれど、最近になってこの湖付近に色々と計画が持ち上がっている。新しいレストランもできたばかりではなかっただろうか。そして次なる目玉がウィルフレッドたちのオペラハウスだ。


「ええ、そうです、湖のすぐ脇。あ、ほら、あの大きな木のところです」

「ああ、あそこ……。楽しみですね、もうあれこれ決まっているんですか?」

「そうですね……最終決定にはまだいくつか調整が必要ですが、ほぼ形になってるかな。でも僕としては、もうひと押しなんですよね。なんというかこう……、せっかくのロケーションですからね、それをもっと生かしたものにしたいんです」

「と言うと?」

「いくつかありますが、一つは水です。湖を結び付けたいんです。音と水、波紋が広がるみたいな何か……」

「まあ……。それは素敵ですね」


 お世辞ではない、本気で感動していた。波紋のような建物……。芸術的才能は皆無だが、その言葉から並々ならぬ興奮が押し寄せてきた。美しいものに対する期待というか希望というか、ウィルフレッドは本当に才能ある建築家なんだと心の底から納得する。

 私の任期がどれくらいかはわからないけれど、完成したオペラハウスをぜひ見てみたいものだ。思わず両手を握りしめてウィルフレッドを見上げれば、その目が驚いたように見開かれ、それからゆっくりと口元が弧を描いた。


「ありがとう。そう言ってもらえるとやる気が出るというものです。でも、本当にもう一息、もうひと頑張りなんです。後押ししてくれる力が必要というか……」

「建設部でできることならお手伝いします! なんでもおっしゃってください」

「それなら!」


 突如、ウィルフレッドが前のめりになって、握り合わせていた私の両手を掴んだ。


「それなら、まずはオーウェンさんが僕に協力してくれますか?」

「え? はい? ええ、まあ、私にできることでしたら……」


  言質は取ったと言わんばかりにウィルフレッドは笑みを深めた。


「まずはプライベートの充実ですよね。十分に休めば仕事にも力が入ります」

「……そうですね、その通りです」

「そのためには、よりリラックスした時間を持つべきだと思いませんか?」

「ええ、大事です」

「ですよね。森へ行ったり湖へ行ったり、ここならではの恩恵に預かるのもいい。僕は水が流れている場所が特に好きなんです。おすすめはありますか?」

「そうですね……、大きな川はありませんが、小川の流れているトレッキングコースならありますから、そういうところを回られるのはいいかもしれません。特にコース2は起伏に富むもので、急流も楽しめたりと本格的です」

「さすがですね、オーウェンさん。もうすべて頭に入ってるんですね」

「ええ、まあ、予行演習といいますか、すぐに仕事に入れるよう、赴任前に時間を取りましたから」


 実際、おそるべき枚数の写真をインプットした私には、瞬時にその位置や内容を説明することが可能だった。それが何のために使われるかは別として、管理事務所職員としても完璧だろう。


「うん、やっぱりオーウェンさんに相談してよかった、正解だったな」

「お役に立てたならよかっ」

「それではもう一つ、そのコースのガイドもお願いできますか?」

「はい?」


 なんだか身に覚えのあるこの展開、そうグイグイ押し切られて、のあれだ。嫌な予感しかしなかった。それにひきかえ目の前のウィルフレッドはとてつもなく嬉しそうだ。もちろん、握られた両手はそのまま。たらりと背筋を冷たいものが流れていった。


「一人じゃつまりませんからね、せっかくの休日なんです。リラックするためにも話し相手が必要です。オーウェンさん、協力するって言ってくれましたよね」

「ええ、まあ……私にできることならとは言いましたが」

「うんうん、じゃあ、お願いしますね」


 やられた。またしても……と心の中で地団駄踏んでいると、さらなる爆弾が落とされた。


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