第8話 ヘパさん武器の性能えぐいっす

慌てて周りに集まっていた他の人を見ると、クズのアレスがボコられてスカッとしたといったような表情が半分で残りの半分の人は私に対して『ちょっとやりすぎでは…』といった感情が含まれているような気がした。


「まあ、痛覚を抑える設定を全くしてないアレスも悪いんだけどね…」

「へ?痛覚を抑える設定って?」

「え…。もしかしてサキちゃんもやってないの?」


コクコクとうなずくと、シルビアさんは頭を抱えた。


「あのね…いくらダメージを受けても簡単に回復できるとはいえ現実世界と同じように痛みを感じてたらプレイできないでしょ?サキちゃん、お腹に敵の剣が刺さっててもそれを意に介さず行動できる?」

「いや…そんなこと絶対無理ですけど…」


絶対痛い。余裕で死ねる。


「そう。だから痛みを感じにくくするの。設定画面からいじれるようになってるから早めにしといたほうがいいわ」

「ふむふむ…ありがとうございます!」


有益なことを教えてもらったのでシルビアさんにお礼を言うと、シルビアさんは僅かに頬を紅潮させて…


「デュフっ…こ、こんなこと当然よ!美少女…じゃなくて初心者を助けるなんて当たり前のことだからね!」

「…?」


シルビアさんの喋り方に僅かに違和感を覚えたが、ヘパさんとの約束もあるので軽く挨拶だけ交わしてから未だ変な雰囲気漂う人混みを抜けてギルドへと向かうのだった。



「ほおー、それっぽい…」


『GUILD』という看板のついた大きな木造の建物の両開きの木の扉を押し開けて中に入ると、私の目に飛び込んできたのはとにかく人、人、人。

依頼を受けに来た人や達成報告に来た人、現実世界ではもう仕事の終わる時間だからか併設された酒場で宴会をしている人。

とにかく人混みに酔ってしまいそうなほどギルド内は人で埋め尽くされていた。


「ああ、えっと…登録は…」


ちなみに、ヘパさんの話だとモンスターの素材なんかはギルドでもその辺の武器屋やら道具屋やらでも売却することができる。

だが、ギルドに登録していると討伐報酬込みで高めに買い取ってくれるそうだ。また、プレイヤーが経営している店への卸売もしているそうな。


ただ、もちろん売却価格よりも割高になっているため素材がほしいプレイヤーからしたら自分たちに直接売ってくれって感じらしい。

ちなみにウルフの牙の買取価格は、普通の店だと50円、ギルドだと80円。ヘパさんの店では100円だったが、ギルドでウルフの牙を買おうと思うと120円するそうな。


家系の厳しい主婦でもないんだからそんなの誤差…なんて思うかもしれないが、やっぱり大量に売るとなるとかなりの違いになってくる。単純計算で、ウルフの牙を普通の店に売るのとプレイヤーに売るのでは倍の違いがある。それが何十個、何百個、もしくはもっと高い素材ならどうだろうか。誤差なんてレベルじゃない。

なら全部プレイヤーに直接売れば?って思うかもしれないが当然そうはいかない。だって需要がなければ買い取るわけないじゃん。


てなわけで『Registration』と書かれたカウンターへ向かう。


「ようこそ!冒険者ギルドフィッツ支部へ!本日は新規登録ということでよろしいですか?」

「あ、はい」


受付で元気よく挨拶してくれたのはNPCのお姉さん。マニュアル通り…じゃないな、プログラム通りの接客ってやつだ。


「それでは、SAKI様の職業ジョブを登録させていただきます。ご希望の職業を選んで下さい」


お姉さんがそう言うと、目の前にホログラムのタッチパネルが現れる。

そこには、


戦士 武道家 魔法使い 僧侶 盗賊 レンジャー


の6つの職業が表示されている。


「えっと、職業によって何が違うんですか?」

「戦士はHPとSTRが上がり、MPとINTが下がります。武道家はSTRとAGIが上がり、MPとDEFが下がります。魔法使いはMPとINTが上がり、DEFとATKが下がります。僧侶はMPとAGIが上がり、DEFとHPが下がります。盗賊はDEXとAGIとLUKが上がり、それ以外のステータスが少し下がります。レンジャーは全てのパラメータは少しずつ上がります。他にもいくつかの上級職がありますが、それらは今後のアップデートで実装予定です」

「レンジャーで」


即答。迷う暇などあるわけがない。まるで私のために用意されたかのような職業じゃないか。


「では、こちらがギルドカードになります。依頼の達成回数、難易度によってポイントが溜まり、一定のポイントに達しますとランクアップとなります。ランクはSSSからFまで。現在のSAKI様のランクはFですので、SSSランク目指して頑張って下さい!」


手渡された小さなカード(VISAカードぐらい)には、『SAKI Fランク レンジャー』と表記されている。また、下部にはゲージのようなものがある。きっと、依頼をこなすとこのゲージが溜まっていくんだろう。


「うーん…依頼は…ま、いっか」


ヘパさんとの約束もあるし、ゴミアレスとの決闘で時間を食ってしまった。待たせるのも悪いので先にヘパさんの店に行くとしよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ただいまー」

「おかえりーって、ここはお前の家じゃねえよ」


ノリツッコミだ。もしかしてヘパさんは関西の鍛冶屋さんだった?


「…何か下らない事考えてるな?まあいい、一応完成したぞ。こっちがウルフの短剣でこっちがトレントとアラクネの弓だ」

「おー!かっこいい!」


そう言ってヘパさんが差し出してきた二本の短剣は、当てるだけで紙どころか木でも切り裂けそうななめらかで鋭い刃。綺麗な刃物は水で濡らしたかのように見えると聞いたことがあるが、これは短剣そのものが水なんじゃないかってぐらいに滑らかな輝きを放っている。


《『ウルフの短剣++』

種別:短剣

等級:エピック

詳細:ウルフの牙と玉鋼を材料に作られた短剣。腕利きの鍛冶師による作品で、本来の素材の性能を遥かに凌駕する切れ味を誇る。


ATK +38》


エピックて。

多分だけど、レア度の等級ってよくあるやつだとノーマル、レア、エピック、レジェンダリーとかそんな感じだろう。

しかも、最初の方のフィールドとはいえ裏ボスのドロップした鎧が『DEF +12』なのにこっちは38て。どう考えてもオーバースペックなのでは…


「もしかしてヘパさんってすごい人?」

「だから、上級者も相手にするぐらいだしこう見えて俺自身も結構戦えるんだよ」

「こう見えてって…その筋肉で実は支援専門ですって言われた方が驚きなんですけど?」


だってこの坊主のオッサン、ムキムキマッチョさんなんだよ?鍛冶屋さんらしいっちゃらしいんだけど、でっかい武器とか持ってモンスターを叩きのめしてる方がそれっぽい。


「はあ…で、こっちがトレントとアラクネの弓だ。矢は…そうだな、アローの魔法でも作ったらどうだ?」

「アロー?」

「あー…トップ層に一人だけ弓使いの女がいるんだよ。んで、そいつが矢を買う金がもったいないってことで作ったのがアロー魔法だ。今じゃ結構な割合の弓使いが同系統の魔法を自分で作ってるな。基本は土魔法で土を固めて作った『アロー』で、そっから敵の属性に合わせて付与エンチャントするんだとよ。…って、なんだよじっと見て…」

「いや、色々詳しいから実はチュートリアル用のNPCなんじゃないかと思って」

「自分でもなんとなく思ってたよ!!そう思うなら俺から情報搾取するだけじゃなくてちったぁモンスター倒して素材持ってこい!」


いきなりヘパさんにどっかのボスもかくやって勢いで怒鳴られた私は、とりあえず弓と短剣二本をインベントリに。

…と、


「あ、そうだ。外で使ってる連絡先とかちゃんと登録しとけよ。家族からのメールに気づけなくてバトル中にいきなりヘッドギア外されるなんてことになったら最悪だからな」

「やっぱり親切なNPCっぽいね」

「まだ言うか!?」


ヘパさんの言った通りに設定画面を開いて電話番号、メールアドレス、RINEアカウントを登録する。早速確認すると、RINEの方にお母さんから


まっま:そろそろ晩ごはんだからゲームやめて降りてきなさい


って来ていた。


「あ、もうこんな時間かぁ」

時計を見るともうすぐ20時になろうかというところ。知らぬ間にお母さんが仕事から帰ってきていたようだ。

あ、ちなみにお父さんは一緒に住んでいるわけではないがシングルマザーというわけでもない。仕事の都合でしばらくイギリスにいるだけ。

もしかしたらお父さんもIWOやってたらゲーム内とはいえ久しぶりに会えるのかな…なんてとりとめのないことを考えながらも、メニューからログアウトボタンを押してゲームを終了する。


もちろんアバターがその場に倒れてダメージを負うなんてこともない。シュンッと消えて、再びプレイするときは最初にログインしたときのように戻ってくるだけだ。

まあ、それは町中などの安全なフィールドに限った話なのでモンスターがいるところやダンジョンなんかだと棒立ちのアバターがずっと放置されるっていう事態になるのだが。


《ゲームを終了しています》


《プレイデータをセーブしています》


《データ送信中…》


《データの保存が完了しました。UTOPIA VRを取り外して下さい》


最後のメッセージが表示されたのを確認し、頭から被っているヘッドギアを掴んで外す。


「ふぃ〜…」


いやー、楽しかった。


「…あれ?」


思い出せない。私、何したっけ。


「えーと…」


あ、ログインしてオオカミ倒してボスウルフ倒して…


「あ、なるほど…」


以前どこかの記事で読んだ『圧縮ファイルでの脳への焼き付け』ってのはこういうことだったのか。

失われた記憶が一気に戻ったり誰かと記憶が混合したりで一気に脳に情報が詰め込まれたらえげつない頭痛がするってのはラノベなんかでもよくある話だ。それを防ぐためのこの方式。理にかなっている。気がする。

つまりは、プレイした記憶を追体験するような形で少しずつ思い出していくというわけだ。


「早紀ー?ご飯だっつってんでしょ!殺すぞ!?」

「あ、はい!すぐ行きます!」


お母さん怖いよ…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

器用貧乏な私、VRゲームを始めて… ユエ・マル・ガメ @yue-twitter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ